第46話 いざ、ヘヴンズステップへッ!

「駄目よ!」


 オルフェスの怒声が響き渡る。

 彼女の立場から言えば、怒るのは当然の話である。


「何でウィズがそんなところに行くの!? 今のままでいいじゃない!」


「いいや、僕はヘヴンズステップへ行く。そこに僕の求めるスローライフがあるかもしれない」


「す、スローライフなら! 私が働き口を紹介するわ! そこでのんびりやって、それでたまには私とデートして!」


「……君のその積極性は本当に尊敬するよ」


「だったら結婚?」


「何でそうなる。お断りだ。僕は単純に君のその素直な感情に敬意を払ったまでだ」


「敬意を払ってもいいなら、それすなわち結婚じゃないの?」


「違うだろうが! 何でそうなる!? 君の頭の中はいつもファンタジーだな!」


「ファンタジーよ! ウィズに初めて会ったときから、私はいつもファンタジーよ!」


 これ以上にないくらい、オルフェスは真剣な表情を浮かべていた。

 彼女は両手を握りしめ、強い想いを表に出している。


「ヒューマン、アンタこんないい子を放置しているの? 頭おかしいんじゃないの?」


「クリム……! 君は一切口を挟んでくれるな!」


「はぁ!? 何言ってんのよ! ヒューマンごときが偉そうに!」


「そうっスよ! クリム先輩をバカにするなー!」


「イルウィーン……! どういう奴かと思っていたら、随分とペット根性が染み付いているな」


「ああぁん!? ヒューマンが何か言っているっスねぇ!?」


 どんどんとヒートアップしていく雰囲気。

 ウィズ対その他。そんな構図に異議を唱える者がいた。


「皆さん、少しは落ち着きなさい。天使だヒューマンだのと言う前に、見苦しかったらどうにもなりませんよ」


 ヴァールシアによる大上段の構えからの一刀両断。

 ヴァールシアからすれば、どうでも良かった。彼女はシエル至上主義者。シエルに迷惑がかかるような案件なら、即座に対応してみせる。ただ、それだけのことである。

 それに対し、第一級天使クリムはその殺気に喜びの感情を隠しきれなかった。

 彼女にとって、ヴァールシアとの決着は至上の命題。今すぐにでも双槍を振るいたかったが、鋼の意志で抑え込む。


「ヴァールシアの言うとおりです。皆、ウィズをいじめるのは止めようね」


 三大代行が一翼、心の翼からそう言われてしまえば、全ての天使は従わざるを得なかった。

 ウィズはシエルに礼を言うと、彼女はほんのり顔を赤くし、うつむいた。


「あの、もしかして私、空気を読めなかったでしょうか……? 恋の話をしていたのは理解しています」


「はは、そんなもの――」


 首筋に冷たい感触を確認できた直後、ウィズは妙に饒舌になった。


「全くそんなことないよ、むしろ君にはいつも助けられてばかりだね、ついでに僕の後ろで剣を突きつけているこの無礼者をなんとかしてくれないかな?」


 ウィズはなんと一呼吸でフォローと文句と助けを求めてみせた。

 この距離ならば〈バニシング・シューター〉が間に合う可能性もあるが、ウィズはそんな分の悪い賭け、まっぴらごめんだった。


「ヴァールシア」


「……仕方がありません。ヒューマン、感謝しなさい」


「無礼者が何かさえずっているなぁ」


「シエル様、やはりヒューマンの抹殺を命じてください。確実にこなしてみせましょう」


「それは駄目。力の翼との決着もついていないし、ウィズには死んでほしくない」


「ぐ……! ご、があ……! 口惜しい……! ですがシエル様の頼みならば……!」


「ありがとうヴァールシア。それで、ウィズに聞きたいです」


 シエルは今までにないくらいの低い声で、こう尋ねた。



「ウィズは死ぬことになるかもしれないけど、ヘヴンズステップへ行き、力の翼と決着を付けたいですか?」



 シエルの言葉には、ウィズに対する心配は何もなかった。

 彼女はただ、確認をしたいだけだった。彼が茨の道を歩く覚悟があるのかどうか。



「無論。僕はスローライフを求めるため、そして、僕の限界を探るため、ヘヴンズステップへ行く」



 ウィズの覚悟は既に決まっていた。

 もとより、己の力は常人の域を遥かに超えていた。だからこそ、ウィズはこの力を正確に把握したかった。


「オルフェス、僕の意思は固い。もう何も言うな」


「私との結婚生活はどうなったの!? 頭おかしいのでは!?」


「そんなものいつどこで決めた!? 最初からそんな話はない!」


「嘘でしょう!? わ、分からない!」


「分からないのはこっちのほうなんだよなぁ」


 ヴァールシアが二人の間に入った。


「それでは、オルフェス。貴方も行きますか?」


「おいヴァールシア」


「黙っていてくださいヒューマン。恐らく、オルフェスにとっては重要な問題です。そうですよね?」


 オルフェスは即答した。


「私はウィズを愛しているから、ウィズの行く場所が私の行く場所よ」


「おいコルカス王国軍団長様」


「ウィズのためなら、そんな座なんて惜しくもないけど?」


「……それなら決まりでしょうね。ねえ、ヒューマン?」


「後悔するぞ、オルフェス」


「後悔? 何で私がウィズ絡みでそんなことになるの?」


「はぁ……本当に馬鹿だよ、君は」


 何を言っても、聞き分けのない存在オルフェス。

 だが、ある意味それでウィズは踏ん切りがついたのかもしれない。



「行くぞヘヴンズステップへ。力の翼を倒すぞ」



 ヘヴンズステップ。

 そこが決戦の地だ。

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