第44話 プロテクト破壊ッ!

「なぁシエル。本当に良いのか?」


「はい。ウィズ、お願いします」


 〈エンジェリックフィールド〉の絶対空間の中に、シエルとヴァールシア、そしてウィズがいた。他にもクリムとイルウィーン、そしてオルフェスが傍らで見守っていた。


「でも君、正気か? 僕の〈レインボウフレア〉に内包された概念破壊の効果を用いて、君に施されたプロテクトを全て破壊するなんて……」


「本気です。私は今まで、なんとかしてこのプロテクトの破壊を試してみましたが、駄目でした。だけどウィズなら……ウィズの七色の炎ならきっと」


「シエル様ァァァァァ!」


「叫ばないでちょうだいヴァールシア!」


「クリム! これが叫ばずにいられますか! シエル様が……シエル様が……!」


「大丈夫だよヴァールシア。私が大丈夫なら、ヴァールシアもきっとそのプロテクトを破壊できるはずだから」


「何度も言いましたが、そういうテストなら私がやります! だから!」


「ヴァールシアが破壊できても、私が駄目だったら?」


「ぐぅぅぅぅ……! そ、それは……!」


「逆に、私が大丈夫だったら、ヴァールシアも大丈夫なんだよ。だから、気にしないで」


 ヴァールシアは血の涙を流していた。

 主たるシエルを危険な目に遭わせてしまうことの罪悪感、無力感、そんな感情がごちゃまぜになっていた。

 それをよく知っていたクリムはひたすらヴァールシアを落ち着かせていた。クリムとヴァールシアの付き合いは長い。ヴァールシアの扱いなど、お手の物なのだ。


「ヴァールシア……アンタ、いつまで心の翼に過保護でいるのよ」


「シエル様は至高の存在です。だから私は過保護だとか、そういうレベルではありませんよ」


「心の翼信者ね」


「信者? 私は最初からシエル様しか崇拝しない予定ですが?」


「……アタシも力の翼様一筋だと思ってたけど、アンタは次元が一つ違うわね。なんというかこう……筋金入りね」


「最高の褒め言葉です」


 自分の言葉で覚悟を決めたヴァールシアは、これ以上何も口にしなかった。

 これから起こること全てを受け入れる。これで万が一の事態になった場合、ヴァールシアは即、己の首を斬るつもりでいた。

 これこそがヴァールシアの心意気であり、覚悟なのだ。


「じゃあシエル、いくぞ」


「お願いします」


 ウィズは己の魔力をもって、世界に働きかける。

 右手を高く掲げると、徐々に炎が生み出されていく。七色の炎だ。これこそが世界の理に働きかける非常識の炎球。


「これがウィズの〈レインボウフレア〉……。敵対者の目線で見ると、壊滅的に美しく、破滅的なまでに洗練されている」


 シエルは様々な相手を思い浮かべる。単純な攻撃力だけなら恐らく――。


「人類どころか生命体の中でも上から数えたほうが早いくらいの威力。第一級天使でも、これはたぶん受けきれない」


「褒めてくれてありがとうシエル! だが、もうそろそろ準備ができる! 僕を恨むなよ! 良い結果を望んでくれ!!」


 神話的威力を秘めた七色の炎球。

 ウィズはそれを解き放った。

 直進する神話。対するシエルは両手を広げ、その時を待つ。


「僕の不安を乗せた〈レインボウフレア〉ッ! 枷を解き放ってくれよッ!!」


 七色の炎がシエルを飲み込んだッ!


「シ――!! ぐ、ぅぅぅぅぅ……!」


 取り乱さぬよう拳を握りしめるヴァールシア。すぐに拳の真下にある地面に赤い雫が落ちていく。

 シエルに起きている出来事を、ただ見守るだけ。それだけで拷問なのだ、ヴァールシアには。


「――――」


 一方のシエルは、自分の身に起きていることに、驚きを感じていた。


(暖かい)


 七色の炎はシエルの予想を超えていた。

 神話的攻撃力は皆無。ただひたすら心地よさを感じていた。


 それもそのはず。今回の〈レインボウフレア〉は一味違っていた。


「相手を殺す力は付与していない。シエル、ただ君に施された封印だけを破壊する力を込めたんだ」


(軽く言うけど、それはそう簡単に言えない言葉なんだよ?)


 心の翼シエルに施された封印は強固という言葉すら生ぬるい。

 小さな羽虫が大剣を振るえないように、この世界には“無理”なものがある。


 心の翼シエルに干渉する。


 これは、この世界では“無理”というカテゴリーに入る。

 そんな無理を通せたのは、理外の存在である力の翼、知恵の翼が結託したからこそ。人間なぞ、そもそも及びではないのだ。

 だが、ウィズの七色の炎はその無理をこじ開けられるッ! シエルは“手応え”を感じた。


「あ……これは」


 シエルの言葉を遮るように、七色の炎はひときわ大きな炎をあげた。

 火の粉と煙が周囲に漂う。ヴァールシアは目に血涙を流し事の成り行きを見守り、クリムとイルウィーン、そしてオルフェスは興味本位で見守る。

 時間にしてちょうど一分。火の粉と煙が晴れ、その中心にはシエルがいた。


「シエル様……?」


 忠臣ヴァールシアが呼びかける。だが、彼女は一向に返事をしない。

 彼女はただ、無言で己の右手を握っては開いていた。



 次の瞬間ッ! 圧倒的闘気が周囲に渦巻くッ!!!



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