第45話 心の翼、飛翔ッ!
「これはァァァァァー!?」
〈エンジェリックフィールド〉内をすり抜ける何者かがいた。
その数、十二ッ!!!
ウィズはコンマ秒の速さで、ヴァールシアへ振り向くッ!
「ヴァールシア、あれは!」
「天使ですね。しかも階級は第二級天使。この規模が出張ってくるということはどういうことかというと、邪悪な大陸を二桁以上滅ぼしたいときですね」
「エゴの極みみたいな布陣だな。それじゃあ僕は早速戦いの準備を――」
「不要ですね」
「は?」
クリムもそれに同意した。
「アンタ、今誰がいると思ってんのよ」
あの戦闘狂であるクリムがむしろ“下がっていた”。クリムの指差す先には、シエルがいた。
「「「世界の均衡を維持するバランサー、霊長類の平和の護り手。我らはこの星が産んだ調停者なり」」」
十二騎の天使が全く同じタイミング、同じ発声で、名乗りを上げる。
ウィズは戦闘準備、ヴァールシアとクリム、そしてオルフェスは静観、イルウィーンは目をキラキラさせていた。
「「「三大代行、心の翼。第一級天使ヴァールシア、クリム。第二級天使イルウィーン。“突破者”二名。貴様ら世界の均衡崩す者たちと断定。我ら聖罰の
剣と盾を構え、十二騎の天使は歌うように、そう宣言した。
あまねく生命にとって、絶対不可避宣告。
だが、その宣言の先にいるのは誰か。
十二騎の天使たちがそうのたまう先にいるのは誰かッ!
「うん、頑張ってみよう」
シエルは左手を横に伸ばした。
それは“手を出すな”という明確な意思表示。
シエルの背中から虹色の翼が生えるッ!
次の瞬間ッ!
〈エンジェリックフィールド〉内の絶対空間に衝撃が走るッ!!!
「うわあああああ!!!」
ウィズは転がっていた! あまりにも“圧”が強いッ! まるで壁が押し寄せたような、そんな密度ッ!!
ヴァールシアは目に涙を浮かべ、拝んでいた。
「翼は出せた。だから後は――」
十二騎の天使が姿を消した。
いや、それは人間の眼で見た話だ。神速を超えた速度で、十二騎の天使はシエルを滅殺するために迫るッ!
「上回るだけ」
翼を一度だけはためかせる。
「「「――――!!?」」」
十二騎の天使が同時に吹き飛んだ。最強の剣も、無敵の盾も、全てを粉々に破壊する。
心の翼シエルは天使が持つ誇りも強さも存在意義も、その一切合切を無にする。
「これ、は……!?」
ウィズは戦慄した。今まで様々な天使や人間を見てきたが、これは規格外がすぎる。
ただ翼をはためかせただけの成果ではない。
気づけば、ウィズの頬に涙が伝っていた。
彼女だ、と。彼の目には超えるべき相手しか映っていなかった。
「馬鹿な……!? これが、三大代行……!」
一騎の天使がそう呟いた。
“相手にされていない”のだ。
神話的な実力を持つ天使である自分たちが、ただの翼の一振りだけで制圧されたことの事実が、天使たちには信じられなかった。
「うん、大丈夫そうだ」
〈エンジェリックフィールド〉を突き破り、天使たちは遥か彼方へ姿を消した。
再度襲ってくることも考慮したが、シエルは虹色の翼を収納する。
戦闘終了を意味する所作。ウィズは念のため、聞いた。
「シエル、大丈夫なのか?」
「大丈夫です。もうあの子達は襲ってこないだろうから」
「……何かしたのか?」
「ううん。ただ、天使たちの力の流れを引き裂いただけだから」
「……ヴァールシア、それは簡単に出来ることなのか?」
「少なくとも、三大代行クラスじゃないと、一瞬で存在を崩壊させますね。それだけ強大にして、繊細なパワーコントロールです」
シエルの顔には汗一つ滲んでいなかった。
規格外がすぎる神話的戦闘力。ウィズは身震いした。
「ウィズ」
「何だシエル」
「北へ行きましょう。最北の地ヘヴンズステップへ」
オルフェスがその単語に反応した。
「最北の地ヘヴンズステップ……。聞いたことがあるわね。常に吹雪が吹きすさぶ大地を抜けた、その先にある大地。そこはかつて神々の世界への玄関だったと」
その言葉に、クリムが不機嫌そうに言った。
「かつて、じゃないわよ。い、ま、も、実在するのよ」
「実際自分たち、そこから来たっスからね!」
「イルウィーンッ! アンタ、余計なこと言い過ぎよッ!」
「いった! 何でクリム先輩、叩くんスか!」
「少しは口を慎むということを覚えなさいッ!」
「理不尽すぎるっス!」
ヘヴンズステップ。
ウィズはその名を
「なぁ、ヘヴンズステップってのはどういう場所なんだ?」
ヴァールシアがゆっくりと答えた。
「そこは永遠の平穏の地。天使たちが地上へ降り立つための場所でもありますが、そこはずっとずっと変わらぬ自然豊かな安息の地です」
「そこに、人は住めるのか?」
「人? ……ええ、まあヒューマンでも生活はできます。たまに天使や屈強な戦士たちが来るかもしれませんが」
「そうか……そうか」
「ウィズ、何を考えているの?」
幼馴染オルフェスが心配そうに聞いた。
彼が大好きなオルフェスだからこそ、わかっていた。
次にウィズが口にする言葉を。
「いいな、そこ。僕はヘヴンズステップへ行く。世界の片隅でのんびりスローライフを送ってみせるよ」
ウィズに、迷いはなかった。
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