第43話 クリムとイルウィーンの処遇ッ!

 少しだけ時間が経過した後、皆はウィズの自宅にいた。

 ウィズによって作成された結界のおかげもあって、ある意味世界で一番安全な所であるからだ。いきなり天使に攻撃されても、一撃で破壊されることはない。


「それでシエル、君の願いとは何だい?」


 そこでヴァールシアはウィズの発言を遮った。


「それよりもまず、シエル様に確認したいことがあります」


「どうしたのヴァールシア?」


「……あそこの二人はどうするつもりですか? わざわざ連れてくるなんて」


 ウィズ自身、それは気になっていた。目立たせるという意味を込めて、ウィズはあえて彼女たちの元に歩み寄る。


「そうよ、アタシはまだまだ戦えるわよ? たかがヒューマンと力を封じられた天使を相手に、勝ちを渡し続ける安い女だと思った? おら戦うわよ。戦いなさい!」


 終始キレ続けているクリムと、


「あぁ……味噌汁ってこんなに美味しかったんスね……。これなら自分、毎日飲めるっス……」


 のんびりと味噌汁を啜るイルウィーンがいた。


「クリムはまだ分かるが、イルウィーン。君は何というかこう……もう少し僕たちの事を敵視したほうが良いんじゃないのか? 隣のクリムがめちゃくちゃ睨んでいるぞ」


「うぇえっ!? な、何で睨むんスか!? おかしくなったわけじゃあないっスよ!? 自分はもう既に力の翼の管理下にないんスから、当然じゃないっスか! とーぜん!」


 そう言いながら、イルウィーンは優雅に味噌汁を飲み干した。

 あとからヴァールシアに聞いた話だが、天使にとって、こういう食べ物は珍しい。天使は世界に満ち溢れる生命力を糧にし、活動を維持している。

 故に、こうして食事をとる必要もないはずだ。

 その問いに、イルウィーンはきっぱりとこう答える。


「戦いだけが全てじゃないっスよ。ほら、クリム先輩もご飯食べましょーよご飯ー。ヒューマンが作った料理、かなり美味いっス」


「ああああん!? このアタシがヒューマンの作った料理を食べろと!? ナマ言ってんじゃないわよイルウィーン!」


 というか、とクリムはイルウィーンを指差す。


「アンタ、第二級天使としての矜持はどこにいったのよ!? 地割り天割く一翼がなぜヒューマンに対し、憎しみを燃やさないのよ!」


 すると、イルウィーンは味噌汁を啜るのを一度止め、クリムの方へ向き直る。


「第二級天使……。クリム先輩、教えてくださいっス。自分は第二級天使っス。けど、そうであり続ければ、この美味しいご飯は食べられるんスかね……?」


「それは……」


 イルウィーンは立ち上がり、新しい容器に味噌汁をよそい、無言でクリムに差し出した。イルウィーンの顔には、やるせなさが満ちていた。


「一口だけでも良いから飲んでみて欲しいっス。それで、マズかったら自分を殺してくださいっス」


 一見いつもの軽口。だが、クリムは良く理解していた。イルウィーンの眼は“本気”なのだと。


「……ちっ」


 引ったくるように容器を奪い、酒でも煽るかのように、一気に飲み干すクリム。


「これは……」


 クリムは無言で味噌汁が入った鍋のもとまで歩いていく。

 ウィズ達は何が何やら分からない様子で見守っている。イルウィーンの口元は少し緩んでいた。


「……」


 鍋を掴み上げ、なんとそれを一気に飲み干した。


「ヒューマン。まだないのかしら、これ」


「……んん?」


「アタシ、これ気に入ったわ。ヒューマンの食文化も捨てたものじゃないわね」


「正気か?」


「冷静になった、と言って欲しいわ。イルウィーン、アンタ命拾いしたわね」


「ありがたき幸せっス」


 クリムの纏う空気が柔らかくなった。

 シエルが無防備に近づく。


「クリム、イルウィーン。話を聞いてくれる?」


「心の翼……」


 クリムは僅かに右手を動かし、すぐに収めた。力の翼からの任務を優先するのなら、“やるしかない”。

 しかし、クリムはそうしなかった。


「……何かしら?」


「力の翼を止めたいの。クリムとイルウィーンにも力を貸して欲しい」


「アタシたちがそれに頷くとでも?」


「思ってる」


 シエルはきっぱりとそう言った。彼女がそう言うのにも理由があった。


「力の翼はおかしくなっている。力に固執していたのは前からだったけど、最近はもっとおかしい。一発ぶん殴っておとなしくさせる必要があるの」


「力の翼様、そうは言うっスけどねぇ……。そんな簡単におとなしくなるんスかね? あの力の翼が……」


「うん、たぶんね。強い人の言うことは聞くから、多分大丈夫。私のときはそうだったし」


「っ!? や、やややややっぱりあの噂は本当だったんスね……!」


 青ざめるイルウィーン。話を聞いていたクリムまで、顔をひきつらせていた。

 そのやり取りを見ながら、ウィズはヴァールシアに耳打ちする。


「噂とは?」


「……噂では、シエル様は一度、力の翼を真正面からくだし、しばらくおとなしくさせていたことがあるとのことでした」


「ヴァールシアも見ていないのか?」


 すると彼女は無言で首を横に振った。


「今ならばともかく、フルパワーのシエル様と力の翼の戦いですよ。第一級天使の私といえど、神話の戦いについていけません」


「お前がそこまで言うほどなのか……」


「ええ、そんなシエル様がヒューマン……しかも貴方にお願いとなると、恐らくたった一つ」


 ヴァールシアの眼が鋭くなった。

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