第38話 オルフェス、天使を圧倒するッ!

 イルウィーンは既に剣を抜き、オルフェスへ迫っていたッ!

 飛び道具が駄目なら直接戦闘にて格の違いを教え込む。天使にとって、こんなことは日常茶飯事。イルウィーンは気持ちを切り替えていた。


「腕でも吹っ飛ばすっスよ!」


 イルウィーンが剣を縦に振る。単純な動作だが、その速度は閃光を超えていた。並の人間ならば認識すらできず、頭を叩き割られているであろう。

 だが、オルフェスにはイルウィーンの攻撃動作が全て視えていた。


「なっ!? このヒューマン、自分の攻撃を……!」


「速いだけね。速度はすごい、けどそれに狡猾さがない」


 下段からの切り上げを繰り出すべく、イルウィーンは足を一歩前に出した。地面を踏みしめる瞬間、オルフェスの足がそれを刈り取るッ!


「げっ!」


 バランスを崩してしまうイルウィーン。オルフェスの眼光は、がら空きのボディへ突き刺さる。


「あの馬鹿ッ!」


 一部始終を見ていたクリムは思わず叫んでいた。同時に、今イルウィーンと戦っている人間の戦力を見直す。


(冗談じゃない! この世界のヒューマンに、まだこんなやつがいるの!?)


 クリムが感じていた思いは、ヴァールシアも抱いていた。


「オルフェスの腕は疑いようがありません」


「君が僕の幼馴染を褒めるのか?」


 ヴァールシアは素直に頷いた。彼女の戦士としての視点は、手放しでオルフェスを評価していた。


「イルウィーンは第二級天使です。第三級天使ですら、大陸一つ滅ぼすには過ぎた戦力。そんな存在と真っ向から打ち合えている時点で、オルフェスはヒューマンの枠から一歩出ていますよ」


 その言い回しに、ウィズは思い当たる節があった。

 己の欲が、生物の枠を超えた瞬間に定義される存在。それは――。


「見ててウィズー! 今、私がこの羽つきちゃんをボコボコにして捕まえるから! そしたら褒めるか結婚ね!」


「ふざけろっス! 自分を婚活の道具に使うなっスーーー!!」


 イルウィーンが繰り出す神速の斬撃を、正確に打ち落とし、肉薄するオルフェス。ただの人間が、天使を相手にここまで善戦出来るわけがない。

 ならば、オルフェス“も”また――。



「“突破者”……。僕のスローライフを送りたい欲求が潜在能力を解放したように、オルフェスは僕への感情だけでその境地へと至れたっていうのか!?」



「彼女の言動を見ていると、まず間違いないかと。オルフェスも“突破者”です。ウィズ、貴方への恋慕の情が、彼女を突破させた」


「何だよそれ……色々とおかしいだろ」


「それを言うなら、貴方のスローライフを送りたいというきっかけもまた然りですよ」

 

「何も言い返せない」


 オルフェスは“突破者”。そうでなければ、色々と説明ができない神速の攻防が繰り広げられている。

 イルウィーンが薙ぎ、払い、突き、切り上げを繰り出す。対し、オルフェスはそれを捌けている。しかし完璧ではない。ところどころ鎧や皮膚に傷が走る。

 愛に生きる女オルフェスはそんな痛み程度で止まる人間ではなかった。


「こんにゃろっス!」


 一歩だけ下がったイルウィーンの手には弓と矢が握られていた。超至近距離からの射撃。イルウィーンの熟練度をもってすれば、瞬きしている間に攻撃準備が終わる。


「読めてたァッ!!」


 矢が放たれることはなかった。一歩で距離を詰めたオルフェスが、イルウィーンの矢柄やがらをがっしりと掴んでいた。


「さっき弓矢を見せたのが駄目ね。それが貴方の切り札なら、最後まで取っておく、ことォッ!」


「こいつッ!」


 オルフェスが槍投げの要領で、矢を投擲した。その先は――クリム!


「ヒューマァァァン……!」


 当然、当たることはなかったが、クリムが愛用の突撃槍ランスを使わせられていた。ヒューマンなぞ、拳で十分だというのに。

 それを見たオルフェスは悪びれもせず、こう言った。


「あら、油断大敵よ。怪我しなくて良かったわね」


「かっちーん。全身の液、ぶちまけてやるッ!」


 稲妻を思わせる軌道で、クリムはあっという間にオルフェスの背後を取った。当のオルフェスの目からは、クリムが消えただけ。まだ背後にいるとは気づいていない。

 後はただ首を刎ねるだけだけ――クリムは武器を振り上げた。


「させるかよ!」


「させませんよ」


 ウィズの〈バニシング・シューター〉がクリムの気を引き、ヴァールシアの音速の双剣がクリムの突撃槍ランスを止めた。


「ヒューマン……! それにヴァールシア!!」


「クリム! 二体一とは随分弱気だな!」


「アアアアアンン!? ヒューマンごときが、たいっそうな煽りをかましますわねぇ!? いつから優位に立っていると勘違いしてんだか!!!」


「たかが不意を突かれたくらいで情けないですよクリム」


「ヴァールシアァァァ! アンタ、ヒューマンに仲間意識でも芽生えたわけ!? 何故、他のヒューマンの味方をする!?」


「私もヒューマンは好きじゃない。ですが、シエル様の思いを、考えを信じたいんです」


「狂ってんわねぇぇえ!? アンタも! 心の翼も! イレギュラーよ! 狂った存在よ!! アンタらは滅する!!」


 クリムはイルウィーンへ向かって叫んだ。


「イルウィーン!!! そこのヒューマンを早く秒殺しなさい! アタシがヒューマンとヴァールシアを八つ裂きにする前に殺せなかったら、アタシがアンタを八つ裂きにする!!」


「ひ、ひぇぇぇえ!! やるっス! やるっスよ~!」


 半泣きのイルウィーンから迸るは圧倒的な力の奔流。

 相対するオルフェスは気絶しそうになった。しかし、ギリギリの所で耐えてみせた。ウィズが見ている前で、間抜けを晒すわけにはいかないのだから!

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