第37話 イカれた幼馴染オルフェスッ!

「ねえウィズ、これってデートみたいだと思わない?」


「これがか? 明らかに行軍だろうが」


 オルフェスに連れられ、ウィズたちはコルカス王国の国境付近へやってきていた。


「まぁそうとも言うわね。でも、ちょうどこの一報を聞けたのが、ウィズ達の所で良かった」


「すぐに動ける兵隊を確保出来てラッキーって言ってくれても良いんだぞ」


「ラッキー!」


「お前な……」


 オルフェスがウィズたちとじゃれ合っていたとき、一体どうやってこの場所を突き止めたのか、コルカス王国軍の兵士が基地襲撃の報告を持ってきた。

 即、オルフェスは人々を守る軍人の顔へと変化。ウィズ達の襟首を掴み、こうして国境付近まで連れ拉致されてこられたのだ。


「ウィズといると、色んな所へ行ける」


「厄介事しか降りかからないという言い方も出来ますがね」


「うるさいぞヴァールシア」


「ヴァールシアさん、今回のは私の持ち込み案件なので、勘弁してください」


 オルフェスはヴァールシアへ笑顔を向ける。その笑顔には強烈な圧が感じられ、それはヴァールシア自身、正確に理解できていた。

 ヴァールシアはほんの少しだけ気圧された。あろうことに天使が、人間に。

 オルフェスとヴァールシアは無言で見つめ合う。その様子を見ていたウィズはげんなりとした目になっていた。


「オルフェス、あんまりヴァールシアに喧嘩を売るなよ」


 その一言に、オルフェスは絶望した表情を浮かべた。


「え? 何でウィズはヴァールシアさんを庇うの? 私より大事な人なの? ねえねえ? 今の、おかしくない?」


「半泣きで縋りつくな。普通に怖いぞ」


 オルフェスはその勢いで剣まで抜きそうだったので、ウィズも皮肉抜きで返事をした。すると、オルフェスは涙を滲ませた眼差しで、上目遣いに見上げた。


「こわい?」


「命の危険を感じると、人間は何でも怖く見えるんだぞ」


「じゃあ、止める。ウィズを怖がらせるのは私の望むところじゃないからね!」


 その聞き分けの良さを、距離感にも生かしてくれると、相当助かる。――そう言おうとしたが、ウィズはその言葉を飲み込んだ。


「あの、オルフェス」


「? どうしましたヴァールシアさん?」


「何故いまだに柄に手をかけているのですか?」


「それは僕も思っていたところだ。何で今、良い雰囲気で終われそうなところを、そうやって物騒にしていくんだよ」


「ウィズの近くで剣を握っていると落ち着いていね……ふふ、ふふふははは……」


 段々と暗い目になっていくオルフェス。ウィズはその瞬間、オルフェスを気絶させ、一刻も早くこの場を去った方がいいのではないかと、本気で検討してしまった。

 そのうち、冗談抜きで殺される気がした。



 ――次の瞬間、オルフェスが本当に剣を抜いた。



「おいオルフェス、まじか!」


「いえ、ヒューマン。これは違います」


 オルフェスも双剣を抜き、シエルは少し身構えていた。


「ヒューマン、オルフェスは実に優秀ですね。私とほぼ同時、いえオルフェスのほうが少し早く“気づいた”」


「何の話――」



 直後、ウィズの足元が揺れたッ!!



「なんだあああああああッ!?」


「ウィズ、前方五キロ先だよ! そこから向かってきている!」


「こ、この腹の底から響く、地獄のような闘気はあああああああッ!?」


 紅色と桃色の閃光が一直線に向かってくるッ!

 距離が近づくにつれ、圧倒的畏怖が加速度的に増大していくッ! 同時にウィズは高揚していく。あの戦いが再び――!


「紅色の髪をなびかせ、あらゆる脅威を神速殲滅する紅き告死天使……そう、彼女は」


「ヴァールシアァァァァァ!! ついでにヒューマン!!!」


 閃光、着弾、爆音。吹き荒れる煙の中に立っていたのは、クリムとイルウィーンであった。


「こうして同じ相手と何度も顔を合わせた経験がないから、なんだか不思議な感じね。いつもならすぐに滅してしまうから」


「あなた達が例の……!」


 天使の特徴である翼を確認するやいなや、オルフェスは完全に戦闘状態へ移行していた。コンマ秒でオルフェスの動きに気づいたが、それを無視した。


「目立つところを叩けばアンタたちが出る。そう考えたのだけど、見事に正解だったようね!」


「だから、私たちコルカス王国軍にちょっかいを出したのね!」


 オルフェスの声は怒りに震えていた。


「人を呼ぶために人を犠牲にする考え、ありえないわ! 恥を知りなさい!」


「クリム先輩を侮辱したっスね……?」


 次の瞬間、イルウィーンがいつの間にか構えていた弓から矢が放たれたッ! いつ弓を用いた攻撃の準備をしていたのか、全くわからない。

 死を告げる矢は一直線にオルフェスの心臓めがけて飛んでいくッ!

 人間であるウィズは当然反応不能。距離的にもヴァールシアとシエルも対応することは難しかった。


「オルフェス!!」


 イルウィーンの矢が、オルフェスの心臓へ突き刺さる――!



「甘いわよ小童こわっぱ



 ドゴン、とおよそ矢にしては非常識な音が響く。しかし、矢はオルフェスの心臓ではなく、“地面へ突き刺さっていた”。オルフェスの剣が煙を上げている。そこから導き出される答えは一つ。


「ひゅ、ヒューマンが自分の矢を叩き落とした……っスか?」


「ふふ、まさか私に飛び道具を使ってくるとはね」


「一体何をしたっスか!? 自分の矢は放たれたイコール着弾。そういう矢なんスよ!? ありえないっス!」


 すると、オルフェスはイルウィーンを見ながら、ウィズを指差す。


「私はいつも、ウィズの一挙手一投足を余さず見ているのよ! それで鍛えられた動体視力をもってすれば! こんな矢なんて止まって見えるわよ!」


「イカれている」


 ウィズの目は死んでいた。

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