第34話 クリムの誓いッ!
ウィズ達の戦いを遠目から見ていた者たちがいた。
「あのヒューマン、レイヴィニールを退けたどころか、知恵の翼様と相対してもなお、戦意を喪失していないなんて……」
「はえ~。すっごいっスねあのヒューマン。気合いが違うっス」
紅髪の天使クリム、そして桃色髪の天使イルウィーンである。二人は天空からその一部始終を見ていたのだ。
隣で歯ぎしりするクリムにイルウィーンは苦笑を浮かべる。
「もー、いつまで怖い顔してるんスか? もっと力抜いた方がいいっスよ」
「うっさい! アタシたちの目的を忘れたの!?」
「分かってるっスよ。心の翼様の確保っスよね」
「分かっているなら、もっとちゃんとしなさい」
でも、とイルウィーンは首を傾げた。彼女からしてみたら、至極当然の疑問である。
「どうして力の翼様は心の翼様の確保を命じたんスかね?」
「は? いきなり何言ってんの?」
「だって、力の翼様ほどの方なら“殺せ”って言いません? それが何で……?」
「疑問を持つな。アタシたちは力の翼様の言うことを聞いていればいいのよ」
「でも……」
イルウィーンの表情が曇った。言うか言うまいか悩んだ末に、イルウィーンはあえてその言葉を口にした。
「それでクリム先輩が力の翼様に暴力を振るわれるのは、違うと思うっス」
「ッ! アンタ……!」
クリムが睨むのもお構いなく、イルウィーンは真正面から立ち向かった。
「自分が知らないとでも思ったんスか! クリム先輩、皆の不手際を一手に引き受けて、力の翼様にやられているんスよね!?」
イルウィーンはクリムの状況を知っていた。
エデンの組織構成は、頂点として三大代行が存在し、そこからそれぞれ下に伸びていく。つまり、三大代行を隊長とした部隊が三つ存在する。
イルウィーンとクリムは力の翼の管理下にあり、力の翼からの言葉は絶対服従。彼が何をしようが、ひたすら耐え、失態は激しく責められることになる。
――本来は。
「どうしてクリム先輩はそこまでして……! 自分たちを守るために、クリム先輩が傷つくなら……!」
「イルウィィィィィーン……! アンタ、誰にナマ言ってんのかしら?」
クリムはイルウィーンの胸ぐらを掴み、引き寄せた。
「私は次席よ。アンタら下級天使の責任はそのまま私の責任よ。力の翼様からお叱りを受けるのは、と~ぜんの事なのよ。分かった? 分かったなら、目の前のことに取り組みなさい」
「クリム先輩……」
イルウィーンは胸の中に燻っているものがあった。
(どうしてクリム先輩はそこまで自分たちに優しいんスか……!? いや、そもそも力の翼様はそこまでする必要があるんスか……?)
そこまで考え、イルウィーンは自然と手で口を覆っていた。この思いを口にしてしまえば、恐らく“処分”される。
クリムのような第一級天使はともかく、自分のような第二級天使以下は木っ端の存在。少しでも不要と判断されたら、半笑いで抹殺されるだろう。
故にイルウィーンはクリムに恩を感じていた。もし、クリムが非情な天使ならば、きっと沢山の下級天使を切り捨てて来たのだろうから。
「イルウィーン、心の翼シエルを確保するためには越えなければならない壁がある。それは当然、分かるわよね?」
「ヴァールシアさんをぶち殺すことっスか?」
「いいや、もう一人いる」
イルウィーンはピンと来てしまった。指し示す人間は、たった一人しかいない。
「ま……まさか、あのヒューマンのことを言っているんスか!?」
「うっさい!」
ありえないことなのだ。天使の力は絶対。故に、ヒューマンなど物の数ではない。
だというのに。第一級天使が口にした言葉はまさかの脅威認定。
「お……おかしくなったんスか!?」
「いいえ。アタシは冷静よ。“エデンの雷神”レイヴィニール――アイツを相手に生き残れた。アンタは生き残れる?」
「……悔しいスけど、自分じゃ一分保たないと思うっス」
「間違えるな。アンタの腕じゃ三十秒が限界よ」
「それには不服があるっス! それじゃあまるで、自分があのヒューマンよりも劣るような言い方じゃないっスか!」
「劣っているのよ。残念ながら、アンタはあのヒューマンと戦っても負ける」
クリムは続ける。
「あのヒューマンは第三級天使フェザラルを一方的に倒しているのよ。その実力は分かるでしょ?」
「〈
「アタシも信じられていないわよ。けど、フェザラルが倒せるならだいたいの天使は倒せると思っていたけど、まさかレイヴィニールとすら勝負が成立するとは思っていなかったわ。――故にアタシは全力を尽くすッ!!! あのクソヒューマンを粉々に粉砕するッ! 今度こそ、絶対に!!」
「おおおおおお!!! お供するっス! このイルウィーン、全力でクリム先輩の力になることを誓うっス!!!」
天使クリム、そしてイルウィーンはその場から姿を消した。
今この場で強襲し、撃滅することは簡単だろう。だが、力の翼のポリシーがそれを遮る。闇討ちまがいのことはご法度。
だからこそ、クリムは真正面から戦うことを強く心に誓うのだ。
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