第35話 ちらつく紅色と桃色の影ッ!

「平和が過ぎる……」


 激闘を終え、自宅に戻ってきたウィズは非常にのんびりとしていた。激闘を乗り越え、かつての仲間たちときっぱり縁を切れて、全てが清々しいウィズ。

 彼は朝から酒盛りをしていた。およそ成人男性として正しい姿なのかは分からないが、とにかく彼はそうししていた。


「ヒューマン……シエル様の社会勉強にすらならないので、そういった姿は控えてもらえますか?」


「ヴァールシアか。良いだろが、僕は飲みたい時に飲んでいるんだ。そもそも、君たちは居候だ、家主である僕の行動を咎める権利はないよ」


「確かにそれは一理あります」


「でも、ウィズがだらしない姿は私、見たくありません」


「う……」


 ウィズは思わずグラスを煽る手を止めてしまった。

 ヴァールシアはまだ意図が分かる。明らかにマウントを取りに来ているのが透けて見えるからだ。だが、シエルはそうではない。

 純粋に心配している。それは三大代行だからかどうかは分からないが、少なくともシエルの言葉には思いやりが感じられた。

 彼は無意識の内に飲酒を止めていた。


「ありがとう」


「別に~? 僕がシエル、君の言葉に従ったなんて、そんなことは一切ないからな」


「素直じゃないですね、ウィズは」


 ゆったりとした時間が過ぎていた。

 ウィズは無言でこのひとときを噛み締めていた。これこそがスローライフ。何にも心を痛めること無く、自由な時間を過ごすことが出来る。


 そう、次の瞬間までは。



「うぃ~~~~~~~~ず~~~~~~~~~~~~?」



 遠くから聞こえてくるは地獄の使者による呪詛ッ!!! 同時にウィズが家周辺に施してる対侵入者用の障壁が物凄い音を立てていたッ!

 ウィズは即、壁に掛けていた戦闘用の外套を羽織った。これにはウィズが渾身の力を込めて、防御魔法を付与している。斬打突魔法全てに対し、防御性能があるのだ。


「あの声は……確かヒューマン、貴方の幼馴染ですよね。名はオルフェ――」


「悪魔の名を口にするなぁ! あれは凶悪な侵入者だ! 僕たちに危害を加える! 障壁の出力を上げる! 上げなければぁぁぁぁ!!!」


 バリン、とガラスが派手に割れたような音がした。その音を聞いたウィズの顔は青ざめ、悪寒で体を震わせる。


「ヴァールシア! シエル! 僕は逃げるッ! ということでッ!」


「おじゃましま~す」


 直後、扉が吹き飛んだッ!

 その向こうには、剣を振り下ろしたオルフェスがいた。長い紫色の髪と赤いマントに埃が降り注ぐが、彼女は一瞬も気にした様子はなく、剣を鞘に納めた。


「ウィズ! 久しぶり! どこに行ってたの!? 私に一言も言わずにいなくなるなんてひどくない!? 結婚しよ!」


「馬鹿が! 僕は君とは関わりたくないんだ! さっさと出ていけ!」


「嫌だ! 今日はウィズに用があって来たんだから!」


「その物言いだと、いつも何も用事無く来ているようにしか聞こえないぞ!」


「事実だからいーんですー!」


 ぎゃあぎゃあと言い合うウィズとオルフェス。ヴァールシアとシエルの目には、こう映っていた。


「ヒューマン、何だかんだ言いながら仲が良さそうに見えます」


「ヴァールシアの言う通り。ウィズ、楽しそう」


「節穴かヴァールシア、シエル! そんな訳がないだろう! 何を見間違えればそうなるんだよ!」


「ほらほら! あの二人もそう言っていることだし!」


 疲れ果てたウィズは、手近な椅子にどかりと腰を掛け、死んだ目でオルフェスを見つめる。


「はぁ……それで、本当に何なんだよ? 今日は世間話するために来たんじゃないだろう?」


 そう言いながら、ウィズは人差し指で、オルフェスの足元を指した。


「ほら左足、パタついてる。いつも本当に真剣な用事の時はそうやって左足がパタついてるんだよ君は」


「う……この癖、まだ直せてない」


 ようやく落ち着いたオルフェスはウィズの向かいにある椅子へ腰を下ろした。


「協力して欲しいことがあるの」


「コルカス王国軍はどうした? 普通軍属でない僕へ協力を求めるなんて、本当に切羽詰まっただろうが」


「ええ、“だから”来たのよ」


 そう言うオルフェスはウィズから視線を逸した。その目には、悲しみと怒りが混ざり合っていた。そんな彼女の態度を見たウィズは、ようやく本腰を入れて彼女の話を聞く態勢になった。

 ヴァールシアとシエルもやや緊張した面持ちになる。


「ウィズは……そして、えと、ヴァールシアさんとシエルさんももし覚えがあったら、話に加わってほしいんだけど」


 そう前置き、オルフェスは語った。


「最近、軍が手を焼いている存在がいるのよ」


 オルフェスは続けた。


「それは羽の生えた謎の女性たち。彼女たちは時々人を襲っては、殺害したり、半殺しにしていくらしいのよ」


 羽の生えた謎の女性たち――このキーワードだけで、もうウィズたちには心当たりしかなかった。


「その女性たちは馬鹿みたいに強くて、人間離れした力を使うみたい。コルカス王国軍でもその存在と出くわして、精鋭たちが捕まえようと交戦したんだけど、見事に返り討ちって話よ」


「どんな髪の色をしていた?」


「そうね……報告では桃色髪の女性が一人で精鋭三十人を秒殺。後ろでは紅い髪の女性が眺めていたそうよ」


 クリム、そしてイルウィーン。

 最近の出来事を振り返るまでもなく、彼女たちだとウィズは直感した。


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