第33話 今さらもう遅いッ!

「さぁどうかしら? 貴方が同意してくれたら、お姉さんはすぐにでも封印を施してあげるわよ」


「断る。僕の力は僕のものだ。誰かの言葉で決められてなるものか」


「そう。なら、良いわ。じゃあ行くわよレイヴィニール。あ、そこの人間たちは解放してあげなさいね」


「了解だし。全部、知恵の翼様に従うし」


 言うが早いか、レイヴィニールが指を鳴らすと、魔力球が破壊され、捕らえられていたウィズの元仲間たちが解放された。

 ヴァイシィトは少し不満そうだった。


「もう、お姉さんのことはヴァイシィトで良いって言っているのに」


「そんな訳にはいかないし! ウチごときがそんな風に呼べる訳ありません!」


「はぁ……お姉さんがっかり」


 飛び立とうしたヴァイシィトは最後にシエルへこう言った。


「シエル、力の翼は貴方を狙っているわよ。力の翼の暴力を回避する手段はただ一つ」


 ヴァイシィトの細く美しい指が、シエルの小ぶりな胸へ向く。


「封印を壊しなさい。私と力の翼が施したその封印を」


 シエルが聞き返す隙もなく、ヴァイシィトとレイヴィニールは空へ飛び立っていった。その速度はまさに電光石火。瞬く間に二人の姿は消え失せていた。

 やがて、〈エンジェリックフィールド〉によって変化していた世界が、元に戻る。


「はぁ……はぁ……」


 ようやく去った危機的状況。

 ウィズは安堵のため息を漏らした。すぐに彼は膝がガクガクしていることに気づく。相当、ストレスが掛かっていたのだろう。雪崩のように、一気に身体に不調が発生した。

 思わずウィズは座り込んでしまった。


「情けないですねヒューマン」


 悪態をつきながら、ヴァールシアはウィズへ手を差し伸べた。


「ですが、第一級天使と三大代行の一翼を相手にそこまで精神と肉体を保たせたことだけは評価します」


「ウィズ、ヴァールシアは褒めています。だから、そういう風に受け止めてください」


「なっ! し、シエル様! そんな感情一ミクロンもありません! この私がこんなヒューマンを評価しなければならない理由がどこにもありません!」


「はっ。随分、必死じゃないかヴァールシアさんよ。だが、その手は借りる」


 立ち上がったウィズはすぐに先ほどの戦闘に対して、脳内反省会を開く。

 魔法の精度、タイミング、回避、防御。一手一手に対し、評価をつけ、改善点を考える。やるべきことは沢山ある。


 こんなところで、立ち止まるわけにはいかないのだ。


 ウィズの顔を見たヴァールシアは薄い笑みを浮かべる。


「ふっ、慰めは必要ないようですね」


「当たり前だ。僕はスローライフを送るためなら、何でもやる」


 決意を新たにしたところで、ウィズはいよいよ“問題”と向き合うことにした。


「リフル、イーシア、ガイン」


 ウィズは既に意識を取り戻していたかつての仲間“だった”者たちへ近づく。

 妖艶な雰囲気漂う魔女リフル、気弱そうな女僧侶イーシア、そして屈強な男剣士ガイン。三人はずっと無言だった。いつから覚醒していたのか、三人は信じられないものを目の当たりにしているようだった。

 代表してガインが口を開いた。

 

「お前……本当にあのウィズなのか? あのやる気のないウィズなのかよ!」


「あぁ、ウィズ・ファンダムハインだ」


 すると、リフルが怒声を発した。彼女は納得がいっていなかった。


「あ、貴方……あんな力があるなら、なんで今までそれを使わなかったの!? 今ごろ最強パーティーにだってなれていたのに!」


「僕の力は加減しなくちゃ世界をぶっ壊してしまうんだ。だから、今まで力を抑えていたんだ」


「そんな……それじゃ、今までフレンさんはそんなウィズさんを……?」


 イーシアが全てに気づき、顔を青ざめさせた。

 そんなことを知らず、今までリーダーであるフレンは――。そう考えただけで、震えが止まらない。


「フレンとは完璧に決別した。じゃあ、そういうことで。僕は最低限の義理は果たした」


「ま、待ちなさい! 待って!」


 リフルとガインが去ろうとするウィズの前に立ちふさがる。それはとても、“友好的”な笑顔だった。


「ねえ、新しいパーティーを作らない? 私たち、前からフレンのことは気に入らなかったの!」


「そうだそうだ! 口だけは達者なやつだと、俺はずっと思っていた! だからよぉ! 俺たちで最強のパーティーを結成しようぜ! もちろんお前がリーダーだ!」


「ほら、何やっているのよイーシア! 貴方も早くウィズにお願いしなさい!」


 ウィズは絶句していた。遠くで成り行きを見守っていたヴァールシアは人間の浅ましさに吐き気を催していた。吐瀉物を撒き散らさなかっただけのが不幸中の幸いだ。


「君たちは、僕がフレンに責められている時、何もしなかった」


「それは……」


「そういうことなんだ。リフル、ガイン、そしてイーシア。君たちは何もしなかった。それでもう、僕と君たちとの関係は終わったんだ」


 リフルとガインが押し黙る。そこで何か言い返してくれることを、少しは期待していたウィズは首を横に振り、歩みを再開する。


「じゃあ、そういうことで。もう二度と関わらないでくれ」


 まさかの拒絶に、ガインは怒りに震えていた。リフルもそんな彼と同じ気持ちである。

 二人が剣と魔法を構える。ウィズは二人に背を向けたまま、歩き続けた。


「じゃあ死んで、小遣いになってくれや!!」


「私に恥をかかせやがって! 死ねウィズ!!」



 次の瞬間、ガインとリフルの身体に無数の光線が突き刺さるッ!!!



「――――!」


 倒れる音が二つ。背中を向いたまま、ウィズは言った。


「極限まで威力を殺した〈バニシング・シューター〉だ。ガイン、リフル、“分かっている”んだよ。フレンのパーティーである君たちの考えることくらい。あぁ、それとイーシア」


「は、はい……」


 立ち止まったウィズは一度振り返り、侮蔑の眼差しと共にこう言った。


「何も言わないは何もしないと一緒だからな? やはり君もフレンのパーティーだよ。びっくりするくらいお似合いだ」


「あ……あぁ……わ、わたし……私、は……」


 へたり込むイーシアを背に、ウィズは今度こそヴァールシアとシエルの元へ歩いていく。一歩踏み出すたびに、心が軽くなる。

 彼女たちと合流したときには、もう“過去”のことはすっかり忘却の彼方へ消え去っていた。


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