第32話 知恵の翼ヴァイシィトッ!

 シエルとヴァイシィトが見つめ合う。彼女たちは三大代行。彼女たちにしか分からぬ領域があるのだ。

 外野はただ黙って見つめる。知恵の翼か心の翼か、どちらが先に喋るかを待って――。


「お姉さんは三大代行のパワーバランスを重んじているわ」


「知ってる」


「そう、なら貴方がヴァールシアを連れてエデンから出た時の仕打ちは、理解していたのね?」


「それは――もちろん」


「待て、知恵の翼。それはどういう――」



「い つ お 姉 さ ん が 呼 び 捨 て を 許 し た ?」



 直後、ヴァールシアは地面に倒れていた。これは攻撃でもなんでも無い。ただの“威圧”である。

 地面に縫い付けられたかのように、ヴァールシアは動けない。その神話的威圧感に、屈してしまったのだ。


「ヴァールシアにちょっかいかけないで」


 ヴァイシィトはその瞬間、背筋がゾッとするような感覚を覚えた。三大代行の一翼である自分が、こうも簡単に恐れを抱く相手。それはこの世界でたったの一翼しかいない。この底しれぬ恐怖はあの力の翼を目の当たりにしてだって、感じないだろう。


「ええ、分かっているわ。ごめんなさいねヴァールシア。つい熱くなっちゃった」


「ぐぅ……!」


 ヴァールシアは何も言えなかった。否、言う資格がなかった。己の無力を突きつけられて、謝罪。これが戦場ならば、既にヴァールシアは自決していた。それほどに、屈辱的な言動だった。


「シエル。私が今日来たのは、そろそろ力の翼が本腰を入れそうってことを伝えに来たの」


「力の翼はいつだって本気だと思うけど」


「もっと本気になったってことよ。何せ、力を封印しても貴方を殺せないもの、ブチ切れるのは当たり前といったら当たり前かもね」


「……ヴァイシィトも私とヴァールシアの力を封じた。私はヴァイシィトの話を信じたい。けど、簡単にはいかない」


「そうね。お姉さんも貴方とヴァールシアに封印を施した。だから、貴方たちはエデンからの追撃をやり過ごすに手こずった。これは間違いないわ」


 でもね、とヴァイシィトは言う。


「お姉さんはお姉さんのやったことに後悔はないわ。貴方は三大代行の中でも突出していた。いや、突出しすぎていた。だから――」


「分からないな」


 ウィズがシエルの前に出た。ウィズの中にある恐怖心はとうの昔に消えていた。

 今の今まで話を聞いていて、彼には怒りが湧き上がっていた。


「何が分からないのかしら?」


「君はシエルにとって何なんだ? さっきから聞いていれば、君はシエルに寄り添うつもりでいて、そうじゃない」


「お姉さんが? 本当にそう思っているのかしら?」


「そうじゃなかったら、何故君はシエルとヴァールシアに封印を施した? それでそこの二人は相当苦労したと聞く。何故だよ? 君はシエルとヴァールシアにどうなって欲しいんだ?」


「…………人間が天使の話に口を挟むのはあまり良くないと思うけど?」


「なら何故僕を即殺しない? ここまで話していてもなお、僕は君を倒すべき敵かどうかを見定められていない」


「あら? それならお姉さんのことを敵とみなしたら、戦うのかしら?」


「僕のスローライフを邪魔するなら、相手が誰であろうと戦う」


 知恵の翼ヴァイシィトはウィズの覚悟を笑わなかった。それは別に認めているわけではない。ただ、色々と不足していることが感じてしまったからだ。


「人間、貴方の名前は?」


「ウィズ・ファンダムハインだ」


「そう、ウィズと言うのね。それならお姉さんから貴方にアドバイスよ」


 知恵の翼がウィズを指差した。ただそれだけの動作なのに、ウィズは圧倒的な威圧感を感じる。


「貴方は力不足よ」


「僕が力不足……? 今この場で認識を改めさせる事ができるが?」


「吠えないでね? その証拠に、さっきの貴方のとっておきは余裕で対応することが出来たわよ」


 そこでウィズは思わず胸を押さえてしまった。〈レインボウフレア〉、ウィズ・ファンダムハインの全てを込めた魔法。その威力は第三級天使フェザラルを撃滅し、第一級天使クリムですら脅威を感じさせた至高の炎。

 思わず彼は叫んでいた。


「そうだ! さっきのアレは何なんだ!? 僕の〈レインボウフレア〉が完全に消滅させられたッ!」


「お姉さんがさっき言った通りよ。やったことはシンプル。貴方の炎の魔力構成を見切って、その正反対の魔力をぶつけたの。防御魔法の応用ね」


「なん……だと!?」


 それが何を意味するのか。

 魔法を得意とするウィズはその事実の重さに、思わず膝を土へつけそうになった。


「魔法を使う者として、君のほうが圧倒的に凌駕している……。そういうことか」


「そういうこと。理解が早くて、お姉さん助かるわ」


 ヴァイシィトは続ける。


「悪いことは言わないわ。この戦いから手を引きなさい。今の貴方なら、ただ死ぬだけよ」


 その物言いに、ウィズは一瞬首を傾げた。

 何せそもそもの発端は――。


「そもそも僕は君たちと関わるつもりはなかった! だけどあの第三級天使フェザラルが僕を脅威だと断じ、襲いかかってきたんだ! そこからだ! 僕と天使の因縁は!」


「そう……、なのね。なら、話を変えるわ。お姉さんが貴方の力を封印してあげましょう。そうすれば、もうエデンは貴方のことを脅威と認定することはない。この戦いから解放されるわよ」


 ウィズは、ヴァイシィトの突然の申し出に耳を疑った。

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