第31話 舞い降りたのはッ!

 全身を稲妻と化したレイヴィニールは戦斧を振り上げた。圧倒的ゼロ距離。この距離からの攻撃をどうにか出来る人間は存在しない。

 どれだけ諦めが悪くても、これだけはどうにも出来ない。これはそう、運命。レイヴィニールは“運命”を突きつけたッ!


「おおおおおお!!!」


 なんとウィズがレイヴィニールへしがみついた。無策中の無策。レイヴィニールは鼻で笑った。


「馬鹿だし! しがみついた程度でウチの攻撃がぁ!!」


「馬鹿はお前だ! 〈フォトンリング〉!!!」


 力を倍加させるリングが発生。直後、二人は加速した。ウィズのしがみついたベクトルの力を倍加させているのだッ!


「何度も!!!」


 〈フォトンリング〉をいくつも発生させ、二人はどんどん加速するッ!

 この勢いにはたまらずレイヴィニールも戦斧を手放しそうになった。


「なんっだし!!? ウチがヒューマンごときに自由を奪われているゥゥゥ!?」


「たかが虫と断定した奴がちゃぶ台をひっくり返された時の顔! 見ものだなぁぁぁぁッ!!!」


 ウィズの右手から七色の炎の球が生み出されていた。

 刹那、天使たちは驚愕に顔を歪める。


「これはッ!? ありえないッ!!! ウチの力を凌駕する力ぁッ!? 三大代行すら生ぬるい!?」


 同時にヴァールシアとシエルは顔を見合わせていた。ウィズが放とうとしている七色の炎を見たのは、初めてだった。

 レイヴィニールの感じた危険を、二人も感じ取る。


「シエル様ッ! あの男、危険が過ぎますッ! もしシエル様が望むのならば――」


「駄目。ヴァールシアはあの七色の炎の力、理解できているはず」


「ぐ……! が、ぎ……ご……!」


 ヴァールシアは屈辱のあまり、目から血が出そうになっていた。ウィズ・ファンダムハインの力はもちろん理解していた。だが、人間が天使に匹敵――むしろ凌駕しうる力を持っているという事実は、そう簡単に受け止められるものではない。

 蒼髪の天使は今すぐにでもウィズを抹殺したい気持ちでいっぱいだった。裏を返せば、第一級天使がそこまで考えるほどの力がッ! あの七色の炎には内包されているのだッ!


「僕の敬意を乗せた〈レインボウフレア〉ッ! いけええええええッ!!!」


 ウィズがまるで石を投げつけるかのように右手を振りかぶった。ほぼ同時に、レイヴィニールはウィズを蹴り飛ばし、回避を選択した。



 しかし、ウィズ・ファンダムハインの想いを乗せた〈レインボウフレア〉は“その程度”の回避行動では避けきれない。



「が――――!」


 レイヴィニールは今、己の身体が“燃えている”ことを認識した。

 ありえないはずだ。何せ、レイヴィニールはウィズの背後に高速移動したのだから。七色の炎とは進行方向が真逆。物理的にありえない。何故、直撃しているのか。


「な……んで、ウチに当たる……!?」


「〈レインボウフレア〉が避けたくらいで避けられるかよッ! 僕の七色の炎はあらゆる因果律を燃やして進むッ! 終わりだ天使レイヴィニィッッィィィィィィィィィル!!!」


 レイヴィニールに蹴られ、地面と水平に飛んでいたウィズは、そこで地面に着地、転がっていた。ウィズの視界には、七つの神話的攻撃力に蹂躙されるレイヴィニールが映っていた。


「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!?」


 レイヴィニールは己に施した神話的防御力の込められた守護障壁が全て“燃やされている”ことを理解した。

 自動回復――間に合わない。守護障壁の再構築――間に合わない。死ぬ前にウィズを殺す――間に合わない。


「ウチが間に合わない!? 刹那を駆ける“エデンの雷神”が!? そんな馬鹿なことあるわけないしィィィッ!!!」


「終わりよぁァァァァァ!」



「ええ、終わりにさせて欲しいわ。今日のところはね」



 その時、天空より一筋の光が、レイヴィニールへ降り注ぐッ!



「こ……れ、は!」


 白銀の光はレイヴィニールを覆っていた七色の炎を沈静化させ、やがて消滅した。


「僕の〈レインボウフレア〉が!?」


 必ず殺す魔法。ウィズの想いを乗せた七色の炎が、彼の目の前で消滅した。


「人間が、なんてありえない魔法を使うのかしら。その芸術品のような緻密な魔力構成はお姉さんでさえ、見切るのに五分掛かってしまったわ」


 レイヴィニールの前に、白銀の大翼を持った女性が天空から降り立った。

 次の瞬間、レイヴィニールはひれ伏し、シエルはじっと見つめ、ヴァールシアはシエルの前に陣取った。

 ウィズがその存在を瞳に入れた瞬間、過呼吸を起こした。


「か――は! そ――――」


 生物が持つ危険を察知する本能、嗅覚と呼んで差し支えない。ウィズは、本能的敗北を喫する寸前だった。


「久しぶりね心の翼。ううん、お姉さんはあえてこう呼ぶわ。――久しぶりね、シエル」


「知恵の翼……」


 シエルは知恵の翼を見据える。

 長い藤色の髪、背には白銀の大翼、そして医療用の白衣を纏っていた。翼さえなければ、敏腕の女医者にしか見えない出で立ちである。


「もう、知恵の翼だなんてよそよそしいわね。お姉さんのことは名前で呼んでいいのに」


「……ヴァイシィト。何で貴方はこの場面で出てきたの?」


 知恵の翼――ヴァイシィトはレイヴィニールをちらりと見た後、きっぱりとこう言った。


「もちろん私の大事な部下が殺されそうだったから、出てきたのよ。シエルだって、ヴァールシアがやられそうなら出てくるでしょう?」


「ヴァールシアは大事だから、それは当たり前」


 向かい合う知恵の翼と心の翼。

 空気が振動する。神話的畏怖が辺りに渦巻く。

 ヴァールシアは感激の涙を流していた。

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