第30話 ウィズ対レイヴィニールッ!

 静止空間の中でレイヴィニールは長柄の戦斧を軽く振るった。

 直後、ウィズの周囲五メートルに無数の斬撃が走る。地面に深く傷が走り、まともに喰らえばタダじゃ済まないことを如実に表していた。

 ウィズはそこにさして驚くこともなく、淡々と魔法の準備を始める。


「お前が展開したこの魔法、これは全力で戦ってくれるという意思表示と受け取った」


「感謝するし。第一級天使のウチがクソヒューマン相手に本気を出すだなんて、ないんだから」


「もちろんだ。俺はお前を倒す――」



 その時、既にレイヴィニールは目の前に“居た”。



「――もう始まってるし!!」


 ウィズの足元から巨大な光柱が上がる。これは彼があらかじめ用意しておいた近接戦闘用の防護魔法の一つ。

 レイヴィニールの戦斧が光の柱へ叩きつけられる。その余波で衝撃があった箇所を中心点に、クレーターが形成された。一階分、高さが下がる。


「くぅ、妙ちくりんな硬さ! こいつはぁ!」


 怒りのまま、レイヴィニールは戦斧を振るい続ける。その速度と威力は既に、人間を一瞬でミンチ肉に仕上げられそうなほどの圧倒的な破壊力ッ!

 光の柱の中で、ウィズはその神話的攻撃力に感動を覚えていた。


「やはり第一級天使! 僕の全力を込めた防御魔法にヒビを入れつつある! だが!」


 光の柱から飛び出したウィズは、攻撃魔法の引き金を引く。

 次の瞬間、レイヴィニールを覆うように、魔法陣が無数に出現した。一つ一つの陣は小さい、直径三十メートルほど。しかし、問題は数。

 外からでは彼女の身体が完全に見えない。数えようという気にすらさせないその量。そこから繰り出される攻撃は――!


「〈バニシング・シューター〉ァァァ!」


 魔法陣から白色光線が放たれるッ!

 手加減抜きの本気の威力。光線一本一本が大陸一つを滅亡させられるほどの破壊力。それがまるでシャワーのようにレイヴィニールを埋め尽くす。

 時間にして、ニ秒後。

 異変は起きた。


「こんんのおお!」


 無数の魔法陣に刻まれた縦一閃。その隙間からレイヴィニールの手が伸びた。彼女の手は、魔法陣をがっちりと掴む。


「第一級天使舐めるなァァァッ!!」


 強引に魔法陣を掻き分け、レイヴィニールは再び静止空間へと姿を見せた。彼女は即、戦斧を高速で振り回し、無数の魔法陣を一つ残らず破壊してみせた。


「油断した……って素直に言うわ。まさか天使に傷をつけられるような攻撃魔法を、ヒューマンごときが使えるだなんて思わなかったし」


 所々衣服にダメージが見えるが、それでも本体に届いたようには見えない。


「本気だと思っていたけど、まだまだ認識が甘かった。ウチに油断はもうないッ!」


 レイヴィニールがひらりと左手を右から左へ動かした。

 直後、ウィズは真上の空間の歪みに気づき、大きく後ろへ跳躍した。


 ――ウィズがいた場所に光と雷の“滝”が現れる。


 無限とも思われる雷の本流。あと一歩でも近づいたら消滅するほどのエネルギー。鼓膜と網膜に保護魔法をかけていなければ、既に聴覚と視覚は消滅していただろう。


「あああああありゃああああああ!!」


 紫電が走った。次の瞬間には、レイヴィニールが目の前にいた。


「防御……!」


「させるかよ!」


 戦斧の石突がウィズのみぞおちに食い込むッ!

 ウィズは胃の内容物を全て吐き出した。だが、まだ意識は飛ばされていない。

 すぐさま、レイヴィニールは柄でウィズを何度も殴りつける。斧部で斬りつけないのはレイヴィニールの慈悲ではない。“殴ったほうが早い”からだ。

 何度も殴打されて、意識が消え失せそうなウィズ。だが、彼の目にはまだ諦めはなかった。


「〈フォトンリング〉ゥゥ!!」


 ウィズは背後に作ったリングに飛び込んだ。すると、なんということだろう。ウィズがその場から消えたではないか。

 この芸当にはレイヴィニールも驚いた。


「なんだあいつ! 後ろに跳んだと思ったら、消えた!?」


 〈エンジェリックフィールド〉内からは絶対に逃げられない。

 だから確実にこの空間内にいる。気配を掴むべく、精神を研ぎ澄ませるレイヴィニール。次の瞬間、捉えた。

 しかし、問題は距離。


「ぐう……!」


 まるで地面に叩きつけられたカエルのようなうめき声をあげ、ウィズはもう一つの〈フォトンリング〉から落ちた。

 レイヴィニールが小さく見える距離。彼女にしてみれば、一瞬で詰められる距離。だが、ウィズは何とか生還したのだ。


(〈フォトンリング〉は力の増幅だけじゃない。〈フォトンリング〉同士で空間を繋げることで、僕は擬似的な空間転移を可能とするッ!)


 ウィズが姿を見せた瞬間、シエルが全てを理解し、続けてヴァールシアとレイヴィニールがほぼ同時に理解した。


(全身が痛い。気を抜けば、そのまま気絶しそうだ。だが、勿体ない……! 勝つにしろ、負けるにしろ、気絶からの惨殺なんてつまらないだろうが……! 相手もそうだし、僕もそうだ……! やるなら、きっちりとした勝敗だ……!)


 レイヴィニールは持ち前の視力をもって、ウィズの眼を見ていた。


(あいつ……あれだけボコしたのに、まだ諦めてないの? それどころか、“まだ勝とう”としている……!)


 レイヴィニールは改めて、闘気を全身に巡らせた。

 あの類の敵は勢いに乗せてしまえば、あっという間に崩される。長年の経験から、そう導いたレイヴィニールは全身を稲妻へ変化させ、刹那でウィズへ接近した。

 ゼロ距離。だが、ウィズは不敵な笑みを浮かべていた。

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