第29話 天と地を隔てる塔ッ!

 ヘヴンズウォールとは、天高くそびえる塔。天国と地上を隔てる壁。そこから更に“上”に行けたものは永遠が約束されるという。

 そんな塔の前にウィズとヴァールシア、そしてシエルは立っていた。


「高いですね。ヒューマンの愚かさがよく出ています」


「そう言うな。お前たち天使こそ、高いところか見下ろしているじゃないか」


「私たちは良いのです。飼っている生物にもよるでしょうが、飼い主が上を向くようなことはないでしょう?」


「最初から最後まで見下すスタンス、嫌いじゃないよ僕は」


「貴方に好かれても……ごめんなさい」


「何で僕が愛の告白をしたようになっているんだよ」


 二人の言い争いをよそに、シエルはじっとヘヴンズウォールを見上げていた。


「どうされましたか、シエル様?」


「……この塔、何か変。人間の気配も入っているけど、“私たち”の気配も入っている」


「それは……今、あの塔の頂上にレイヴィニールがいるからでは?」


 ウィズはヴァールシアの一言に頷いた。彼女が先に答えなければ、自分がそう答えていた。

 だが、シエルは首を横に振る。


「ううん。全ての材質から、私たちの雰囲気を感じられる」


 そう言いながら、シエルはヘヴンズウォールに近づき、塔に触れた。

 すると、彼女は全てを理解したように、目を見開く。


「これは……もしかして」


「シエル様?」


「……ううん、ごめんね。ちゃんと分かったら、言う」


「いえ、シエル様のペースでどうぞ。……さて、とここから頂上ですか」


 ヴァールシアも塔に手を添え、目を瞑る。壁越しに感じられる“中”の雰囲気。そう、これは間違いなく――。


「ヒューマン、考えが二つあります」


「君から? 珍しいな、内容によっては乗る」


「少し疲れるけど塔を攻略出来る方法と、すごく疲れるけど真っ当に塔を攻略する方法、どちらが良いですか?」


「前者で」


「この塔の内部に、魔力的なトラップが無数にあることを感じ取れました。まともに攻略していては時間がかかります」


「何が言いたい?」


「私たちの目的は? レイヴィニールと会うことです」


「……あぁ、そういうことか」


 その一言で、ウィズは全てを察した。

 彼は右手を軽くあげ、魔力を高める。


「まずは限定的な結界、そしてそこからの〈バニシング・シューター〉」


 彼の周囲にあらゆる魔力気配を遮断する結界を展開され、直後、無数の魔法陣が出現した。魔法陣一つ一つが魔力光線の準備をしている。

 その様子はまるで砲兵で固められた強固な軍隊。指示一つで全てを焼け野原にできる殺戮者の集まり。

 ウィズはヘヴンズウォールをじっと見つめる。


「ヴァールシア、どのへんだと思う」


「そうですね……あの辺りです」


 二人のやりたいことを理解したシエルは少し悲しそうに言った。


「ウィズ、すごく綺麗な塔です……本当に、やるんですか?」


「確かに綺麗な塔だけど、それは僕の人生に全く影響はないんだ」


 ウィズは手を指鉄砲の形にし、ヴァールシアの指し示す方向へ向ける。

 彼が一動作行う度、魔法陣に収束する魔力が膨れ上がっていく。

 完璧に狙いを付けたのと同時、ウィズは魔力光線を解放した。



「僕の想いを乗せた魔力光線ッ! 届けェェェェ!!」



 圧倒的な威力が込められた破壊光線が塔の頂上付近を覆い尽くすッ!

 その光線の威力は普通ならば、その空間にいる生物が死滅するほどである。

 時間にして数秒。破壊空間が消失する。先程までそこに“あった”塔の一部が見事に消失していた。


「さて」


 ウィズは天空まで突き刺さらんばかりの塔を睨みつける。

 すると、塔の頂上から光の塊が降りてきたッ!



「ばっかじゃないの!? いきなりウチのとこに攻撃してくるなんて正気!?」



「先制攻撃は戦の基本だ。この機会に学べてよかったな」


 レイヴィニールは怒りのままに、長柄の戦斧をウィズたちへ突きつける。その傍らには魔力球が浮いていた。


「あれは……」


 その魔力球の中には、ウィズの知る人間が三人収められていた。


「リフル、イーシア、ガイン。間違いない。奴らは、僕の昔の仲間だ」


 意識はないようだ。全員目を閉じている。


「そいつらは殺したのか?」


「まさか。ウチの暇つぶしの道具を簡単に殺すわけないじゃない。もっと考えて物を言ったら?」


「言ってろ天使。さて、約束を覚えているか?」


「あぁ……そういえば、戦ってやるって言ったわね。けど、ウチの想定では頂上まで来てからだったんだけどね」


「関係ないな。頂上まで登るのが面倒だったから、君に来てもらっただけだ。何か?」


「その上から目線! 度し難いわね!」


 ふわりと、レイヴィニールが宙を舞った。大翼をはためかせ、長柄の戦斧をまるでバトンのように回す。


「ウチは第一級天使レイヴィニール! 主である知恵の翼様の名にかけて、アンタを討つし!!」


「知恵の翼……! 三大代行の一翼! そのガラの悪さ、てっきり力の翼の手下かと……!」


「あ~ん……!?」


 レイヴィニールの中でぶちりと何かがキレた。

 超えてはならない一線をやすやすと踏みにじってきたことに、ある意味感動すら覚えた。



「ウチをあんな野蛮天使と一緒にするなァァァ!!!」



 長柄の戦斧を天にかざすと、レイヴィニールは静かに言った。


「――〈エンジェリックフィールド〉」


 次の瞬間、世界が変化した。風は止まり、先程まで揺れていた草が微動だにしていない。

 天も地も、見る色全てが白黒。全ての時が静止した空間。不幸にも選ばれた生命体にとっては世界終末の風景にも見えるだろう。

 そう、レイヴィニールは使ったのだ。

 第三級天使フェザラルも使っていた、絶対死闘空間を生み出す魔法をッ!

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