第27話 エデンの雷神ッ!
ウィズたちはすぐに馬車から飛び出し、戦闘態勢をとった。全方位に意識を集中させ、どこからでも襲撃されても良いように備える。
だが、一向に現れない。
「ヒューマン、あそこを」
否ッ!
すでに現れていたッ!
「あれは長柄の戦斧……! こ、神々しいッ!」
まるで墓標のように地面に突き刺さる長柄の戦斧。石突から斧部の全てが純白。もし雪の中にこれが突き刺さっていても、気づかずに通り過ぎてしまうだろう。光が斧に当たると、ぼんやりと周囲が七色の光に包まれる。
ただの武器、というにはあまりにも美しかった。
「あの戦斧は……ならば、やはり!」
ヴァールシアが得心いった瞬間、天空より一筋の光が舞い降りたッ!
着地の余波で、半径百メートルが荒ぶる風に襲われる。
「ウチのセンサーに引っかかる奴がいた。だからこうして、あのヘヴンズウォールとかいうゴミの塊みたいな塔からやってきたんだけど……」
風で巻き上がった土埃が消え去った。
戦斧の側には、白き翼を背に持った黄色い髪の女性が立っていた。髪型はサイドポニー、目つきは少し鋭い。身にまとう覇気は明らかに一般人ではなかった。
ヴァールシアとシエルは、すぐに彼女に気づいた。
「第一級天使レイヴィニールですか」
「ヴァールシア、それに心の翼様……!? なんであんたたちがこんな下界に!?」
「それはこちらの台詞ですレイヴィニール。“エデンの雷神”ともあろう者が、何故ここに?」
「“エデンの雷神”?」
当たり前のように出てきた単語だったが、そんなもの分かるわけがない。思わずウィズはシエルを見た。すると、彼女は小声でその意味についてレクチャーしてくれた。
「レイヴィニールは雷魔法と戦斧であらゆる敵を蹂躙してきた第一級天使です。それも、第一級天使同士でも上から数えた方が早いくらいの腕利き。故に、付けられた異名が“エデンの雷神”です。油断したらヴァールシアでも負けるかもしれません」
「雷魔法の腕前は?」
「雷の魔法だけなら、知恵の翼と互角の勝負をするかも」
「……ちなみに全盛期ヴァールシアはどれくらい強い?」
「第一級天使最強です」
「君たちの封印を解除することに、もう少しだけ前向きになれたよ」
ウィズとシエルの会話が聞こえたのか、レイヴィニールが長柄の戦斧を向けた。
「ヴァールシア、それに心の翼様。あんた方がここにいるのは、まあ良い。けど、そんなヒューマンと行動を共にしている理由がマジ分かんない! どゆこと!?」
「僕としては、君みたいな奴がいきなり空から降ってくる方がどゆこと!? って感じだけどな」
「はぁー!? ウチのマネすんなし! ぶっ殺すよ!?」
「一流の戦士は、言葉にする前にやってるよ。そこのヴァールシアを見てみろ。多分、シエルから僕の抹殺命令が下りたら、刹那で殺しに来ているぞ」
「正解ですヒューマン。正解したご褒美に、そのたとえ話、現実にしてあげましょうか?」
「景品感覚で人の命を弄ぶな。断固拒否に決まっているだろうそんなもの」
話を戻すため、ウィズは改めてレイヴィニールへ向き直った。
「それでレイヴィ――」
「ヒューマンごときがウチの名を呼ぶなァァァァァッ!!!」
周辺一帯に地響きが起きるッ! ウィズは忘れかけていたが、天使というのは本来一体でもいれば、それすなわち天災と同義なのだ。
改めてその力と迫力を目の当たりにしたウィズである。
「……シエル、君って実はとても変わっているタイプの天使なのか?」
「そう、ですね。私みたいに人間が好きだっていう天使は……ほぼいないです」
「ほぼ? 君しかいないと思っていたが……」
「いいえ、ごく僅かですが、私みたいに“人間”と呼び、見下さない天使はいます」
「それはなんとも寛大な心を持つ天使がいるんだな。どこかの蒼髪天使に見習って欲しい人格者だ」
「ヒューマン、ニ体の天使を同時に相手取ってみたいと思いませんか?」
ヴァールシアは微笑を浮かべているが、目が全く笑っていない。シエルの前だからこそ為せる強力なメンタルコントロール。もしシエルがいなければ、有無を言わさず襲いかかってきただろう。
「……話が進まない。とりあえず、確認できることはしても良いだろうか?」
ウィズはレイヴィニールへ声をかけた。
「おい――」
「ウチの名を呼んだら、キレる」
「おい、ひよこ頭」
「アアアアアァァァン!? 誰がひよこ頭だっつーの!?」
「名を呼ぶなと言ったろうが! 一方的に聞く、答えられるなら答えてくれ。君から飛んできた方角にそびえ立つ塔、ヘヴンズウォールに人間が拉致されていると聞いたのだが、本当か?」
「……? あっ、あ~。そう言えばそうだった。暇つぶしよ、暇つぶし。哀れなヒューマンが頑張る姿を見れば、少しは楽しめるかな~って」
「随分、いい趣味だな。天使というのは皆、そうなのか?」
「さーね。そこのヴァールシアは知っていると思うけど、ウチはそこまで他の天使と交流なかったし、分かんない」
ウィズは今、悩んでいた。話が出来る相手なのかどうか。言葉選びに間違えなければ、コミュニケーションが取れるかもしれない。
一瞬でもそう思ったウィズは、この後の展開でひどく後悔した。
「なぁ、そいつらを解放してやってくれ」
「ハァァァ? ヒューマンが天使に頼み事? まさかね、あり得ないっしょ。ウチが言うこと聞く時は、ウチを上回った時だッ!!」
レイヴィニールの戦斧がぴたりとウィズへ向けられた。
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