第26話 シエルの力とはッ!

「わ、すごいです」


 馬車に揺られている間、シエルはずっと外を見ていた。ウィズにとっては何も代わり映えのしない世界。そこそこ舗装された道路、遠くに見える山や町。雲ひとつない空。そのどれもが、見慣れている。

 だが、シエルは何かを見る度に感嘆を口にする。真正面に座っていたウィズはある意味、羨ましく思った。一体いつから、そういう何気ないことを楽しめなくなったのだろうと。


「ヴァールシア、ヴァールシア。あそこすごい。馬車がたくさん動いている」


「おそらく商人たちの群れですね。馬車の後ろに荷台が付け足されています。あの中にはきっと商品が色々と入っているのでしょう」


「すごいなぁ」


 無邪気に楽しんでいるシエルをぼんやりと眺めるウィズ。どこからどう見ても、素朴な少女と凶暴な女のコンビにしか見えない。


「ヒューマン? 何か失礼なことでも考えていましたか? 何か、そういう視線を感じたのですが」


「天使っていうのはすごいよな。読心の魔法でも使えるのか?」


「流石に私でもそういった魔法は使えません。そういう精神に関係する術を極めているのは、『三大代行』が一翼、知恵の翼ですね」


「そういや、力の翼というのはなんとなくどんな奴か分かるが、その知恵の翼っていうのは、どういう奴なんだ?」


 問われたヴァールシアはシエルを見た。すると、ヴァールシアの代わりに彼女が答えた。


「『三大代行』には、それぞれ極めたことがあります。力の翼なら、極めたものは戦い。ただし、魔法は一切使えないので、全て魔法に頼らない戦いになりますが」


「魔法を使わない天使……」


 シエルは続けた。


「ちなみに知恵の翼はありとあらゆる魔法を極めています。その代わり、直接戦闘というようなことは一切出来ないです」


「極端が過ぎるな。それなら、心の翼である君は何を極めているんだ?」


「私は、心です。私には心があります」


「……それだけ?」


「それだけです」


「それなら、何というかその……君が力を封じられるまでなのか?」


 そこまで言って、ウィズは思わず手で口を覆った。ヴァールシアが襲いかかってくることは確定。そんなつもりで言ったわけではなかったので、急いで弁明をしようとするウィズ。

 しかし、実際はそういうことではなかった。


「ヒューマン……。貴方は知らないでしょうし、シエル様が自ら言うのも少し違う気がするので、私が代弁します」


 妙に深刻そうな表情を浮かべるヴァールシア。

 彼女はこう言った。


「シエル様は『三大代行』最強の一翼です。全力を出したら、力の翼と知恵の翼を諸共に粉砕可能、それほどまでの力を、この方は持っているのです」


「……本当、なのか? ヴァールシアが話を盛っているわけではないのか……?」


 シエルは首を横に振った。


「ヴァールシアの言っていることは、本当です。この世界で、私だけが力の翼と知恵の翼を完封できます」


 少女の言葉には、説得力があった。

 その華奢な身体に、一体どれほどの力を溜め込んでいるのだろうか。戦えば、どんな結末が待っているのだろうか。


「シエル、君が力を取り戻したその時は、僕と戦ってはくれないだろうか?」


「ウィズと……?」


「そうだ。僕と戦いになる存在はもはや天使たちしかいないと思う。その頂点である君と戦う事ができれば、どれほど良いだろうか」


「そう、ですね。それならウィズも、色々と協力してくださいね」


「約束しよう。だから、僕の約束も忘れないでくれよ?」


 にこり、とシエルが笑う。

 後から振り返ったウィズは、上手いこと言いくるめられたと感じた。別にシエル自身、そんなつもりは一切ないのだろう。生まれ持っての話術。ついつい、シエルの要求を飲むような流れになってしまうのだ。


「ヒューマン、私たちに施された封印魔法は、そう簡単に解除できるものではありません。あまり、夢を見ないほうがいいですよ」


 するとウィズは口を返さず、ヴァールシアをじっと見つめた。


「? 何か? 変なことを言ったでしょうか?」


「……そう言えば、君とシエルには封印が施されているんだよな?」


「どうやら記憶力がよろしくないようですね。以前、そう言ったような気がするのですが」


「その封印魔法はどういうタイプだ? 概念的封印か? それとも何か特殊な紋章でも刻み込まれているとか?」


 詳しく聞き出そうとするウィズを、ヴァールシアは思わず止めた。


「いきなりどうしたのですかヒューマン。おかしくなったのですか?」


「どうしていきなりおかしくなるんだよ。その言葉、そっくりそのまま返してやる。それよりもどうなんだ? 無理に解除しようとしたら死ぬタイプか?」


 やはりおかしいではないか――そこまで出かかったが、ヴァールシアはそれを飲み込み、ウィズの質問に答えることにした。


「……いいえ、そういうトラップは一切ありません。何せ、そういう予防策すら必要ないくらい、私とシエル様に施された封印は強固なのですから」


 封印魔法の解除は、術者にしかできない。外部の干渉は一切効果がない。だからこそ、ヴァールシアはもがいているのだ。いつまでもこのままでは、来たるべき時に対応できなくなってしまうから。

 そんな彼女の焦りは、呑気そうに思考しているウィズによって、一層強くなった。


「そうか……ただ、強固なだけか」


 ぶつぶつとそう言うウィズに、ヴァールシアは声をかけるのすら面倒になった。


「そうか、だったらヴァールシア――」



 地震が起きたッッ!!!



「これはぁぁぁぁぁ!!?」


 馬車の中でシェイクされるウィズたち。そんな中、ヴァールシアはこの地震に隠された巧妙な闘気を感じ取るッッッ!!!



「これはまさか――!!!」

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