第22話 勇気が稼いだ時間ッ!
リリウム・センテリオンの表面だけを知っている者たちならば、彼女の行動に驚いたことだろう。
だが、彼女の上司オルフェス・レイレナールは笑ってこう言うだろう。
――当たり前じゃない。リリウムはやれる子よ。
「ヒューマンッ! アンタごときが踏み入れる世界じゃないッ!」
「踏み入れるかどうかじゃないですよ! やるか、やらないかじゃないですか!」
「ご立派が過ぎるッ! どけェェェッ!」
クリムは大剣を掴むと、そのまま投げ飛ばそうとする。だが、なんとリリウムは――!
「負けるもんかァァァァァァァァッ!」
「こいつ嘘でしょッ!? 天使の力に拮抗……むしろ少し……ッ!」
「お腹いっぱいの私は、何でも出来ますよーッ!!」
だが、無情かな。
クリムは更に力を増し、リリウムを弾き飛ばしたッ!!
ゴム鞠のように、何度も何度もリリウムは地面を跳んで転がった。
「ゥゥゥゥゥッ!」
「手こずらせるなよヒューマンッ!!」
時間にして十秒。
だが、その稼がれた時間は、クリムにとっては、重かった。
「――名前を覚えました。礼を言います、リリウム」
クリムとヴァールシアの視線が交差する。
双剣と双槍が閃くッ! 光速の攻防が繰り広げられるッ!
「くっそォォォォッ!!!」
「消耗しすぎましたね、クリム。十全の貴方なら、私にここまでやられなかった」
「ヴァールシアァァァァァァァァ……!!」
「諦めなさいクリム。今は、貴方の負けです。イルウィーンを連れて、去りなさい」
「アタシに情けをかけるかぁッ!」
「情け? いいえ、これはそういうのではありません。そうですね……次の戦いを待ちわびています」
話がまとまりそうだった時に、ウィズがクリムの前に立った。
「クリムだったな」
「ヒューマンのアンタに気安く名を呼ばれる存在じゃないんだけど?」
「まぁ、聞け。僕も今、君の撤退を邪魔する気はない」
「アンタごときに決められる筋合いは――」
「本気でそんな事を言っているなら、君は第一級天使と名乗るのを止めたほうが良いと思うよ」
直後ッ!
ウィズの背後に巨大な魔力ッ!
その魔力を浴びたクリムは、思わず舌打ちをしていた。
(この私がァ……! 今ッ! この瞬間ッ! 消耗した状態で戦いを続行すれば、負けると予感している……ッ!)
クリムは屈辱で吐きそうになっていた。
こと戦闘に関しては無双を超え、もはや絶対とすらされるクリムだからこそ、ウィズの実力を把握していた。
――届く可能性がある、この生命に。
それが分かっていたから、クリムも迂闊に動けなかった。
「くそくそくそくそくそッ……!」
全てを計算した上で、クリムは苦渋の決断を迫られた。
泥を啜ってでも逆転の目を出そうとするか、それともノコノコと任務失敗を報告して殺されるかの二択。
そうなると、一つ問題がある。クリムはことの成り行きを見守るイルウィーンに呼びかける。
「イルウィーンッ! アンタ、今後の予定はッ!?」
「ないっス!」
「じゃあ撤退! アンタと私、しばらくこの下界で傷を癒やすわよッ!」
「うええええッ!? 下界にっスか!? 嫌っス! エデンに戻りたいっスー!!」
「エデンに戻ったイコール死亡だけど、それでも良いなら送り出してあげるわ」
「うええッ!? ひどいっス! なんでそれ、このタイミングで言うんスか!?」
イルウィーンを担ぎ上げたクリムは、撤退する直前、ウィズたちを睨みつける。
怨念の籠もった、強い視線。
「アタシはまた戻ってくる! だから、それまでそのぬるま湯を楽しんでなさいッ!」
そう吐き捨て、クリムは白翼をはためかせ、音の壁をぶち破り、天空へ消えていった。
あれだけ殺気と闘気で重かった周辺が、今では元通り。戦闘の終了を確認したウィズは、疲労から、そのまま腰を下ろした。
「終わったか……。だが、クリムはまた来るだろうね」
「同感です。今のクリムに帰る場所はありません。素直にエデンに帰れば、即、力の翼に殺されることでしょう」
「退けない戦いってやつか。そういう相手は怖いな」
「彼女の最終目標はシエル様です。たとえ、四肢をもがれようと、シエル様に噛みつき、そのまま飛び去る覚悟が、彼女にはあります。ですが、今はその時じゃないと見たのでしょうね。さて、振り返りはここまでです」
そう言いながら、ヴァールシアはリリウムへ向き直った。
「リリウム。貴方の勇気で、シエル様を間一髪のところでお助けすることが出来ました。礼を言います」
「そんな! 気にしないでください! こちらこそ、美味しいご飯を作ってもらったので、これでおあいこですよ!」
「ヴァールシアの言う通り。リリウム、ありがとう。私はまだ、エデンに戻るわけにはいきません」
「さっきから言っているそのエデン? って所はシエルちゃんとヴァールシアさんの故郷なんですか?」
ウィズは一瞬、説明をためらった。
リリウムはオルフェスの部下である。リリウムにその気がなくても、上手いこと情報を引き出されてしまうのが、目に見えていた。
ウィズとヴァールシアが視線をあわせ、どう答えようか、考えてしまった。
「わ、分かりました! 分かってしまいました!」
「どう、分かったのかな?」
シエルとヴァールシアの正体に気づいたのか。ただの大飯食らいだと見下していたウィズは、少々評価を改めそうになった。
リリウムは自信満々に言ってのけた。
「ずばり! シエルちゃんは、エデンというところのお姫様で、ヴァールシアさんは護衛の騎士ですね!」
「……続けて?」
「ここにシエルちゃんがいるのは、そのエデンに嫌気を差したからですね? そうなると、さっきの二人組は、シエルちゃんを無理やり連れ戻しに来た関係者! どうですか、この推理!?」
「うん。完璧な推理だ。リリウムさんは、観察力がとても高いね」
「えへへ~!」
妙に核心に近いのが気になるが、そう思わせておいたほうが良いと判断したウィズは、満面の笑みで頷いた。
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