第23話 まさかの来訪者ッ!

「ヒューマンはこの地から離れようとは思わないのですか?」


 クリムたちとの死闘から翌日の話である。

 ヴァールシアが食事の用意をしながら、そんなことを口にした。無論、ウィズの返答は決まっている。


「ない。というか、なんで僕が外的要因に合わせなければならないんだよ。僕の事情で引っ越すならまだしもさ」


「フェザラル、クリム、それにイルウィーン。彼女たちがここに来たということは、エデンも把握しているはずです」


「それなら、なんで一気に来ないんだよ。いきなり十人、百人で来るならまだ理解できるけど、こうして単品で来ることの意味がわからない」


 それは簡単です――と、ヴァールシアは無機質に答えた。


「彼女たちを退けてもなお、まだ私たちは侮られているだけなんですよ。“突破者”とはいえ貴方はあくまでヒューマン、そして私とシエル様は力の大半を削がれています。だからこそ、力の翼はこう思っているはずです」


 シエルが、ヴァールシアの言葉を引き継いだ。


「力のない奴らには、豪傑無双を一人ぶつけるだけで良い。力の翼にとって、戦力とは数ではない。個の実力のみが、彼にとっての全て。彼にとっての、力」


「そもそも論だが、力の翼が自ら来ないのか? 第一級天使を撃退したなら、次はその上が来て然るべきだと思うけどな」


 その問いに、シエルは首を横に振った。


「多分、本当に面子を潰されたときにしか、彼は来ません。彼は自分の力に誇りがあります。その力を人間相手に出したくない、振るうくらいなら、自害をする。彼はそこまでウィズたち人間を見下しているんです」


「それはすごく良いことを聞いたな。そこまで舐めている相手に負かされたときの、そいつの気持ちを聞いてみたくなったよ」


「ヒューマン。力の翼の実力は人間が想像できる領域じゃありません。彼の翼が閃けば、大陸どころか星が割れるでしょう。走馬灯すらなく、一瞬で意識を刈り取られるのが目に見えます」


「君は僕とそいつの、どっちの味方なんだよ!?」


「私はシエル様の味方です。ほかは知ったことではありません」


「話にならんッ!」


 頭をガシガシとかきむしるウィズ。ヴァールシアの性格を理解し始めてきただけに、苛立つのだ。

 ウィズとヴァールシアは仲良しこよしではない。例えば、ウィズがシエルに危害を加えようとした刹那には、首を落としにかかるだろう。

 ヴァールシアの優先度は、常にシエルなのだ。宗教? いや、違う。これは“そういうもの”だ。


「はぁ……怒ったら喉が乾いた。水でも飲んで、頭を冷やすことにするよ」


 ウィズは、水に注がれたコップをあおる――。



「ウィズ・ファンダムハインッ!!」



 その“声”を聞いたウィズは、全身が強張ったのを感じた。コップが手をすり抜け、そのまま床に落ちていく。コップが激突する瞬間、ヴァールシアがそのコップを掴むことに成功した。たっぷり注がれた水は、一滴も撒き散らされていない。


「ヒューマン、少々気が抜けているのでは――ヒューマン?」


「なんで、あいつがここに来たんだ?」


「おい! 聞こえているんだろ! ウィズ・ファンダムハイン! 俺だ!」



 声の主は、高らかに名乗りをあげる。



「フレン・ヴァーミリオンだッ!」


 そんなことは、分かっていた。何せ、彼は元いたパーティーリーダーであり、ウィズがスローライフを送ることを決意した原因なのだから。


「……ヒューマン。とりあえず入れても? あのままだと、あのヒューマンは延々とわめき続けますよ?」


「それには一理ある。入れることにするよ」


 だが、まだ直接会う勇気はないウィズ。ヴァールシアに懇願し、案内を頼むことにした。


「久しぶりだな、ウィズ」


「そうだな、フレン」


 辺境一の冒険者フレン・ヴァーミリオン、そしてぽっと出の冒険者ウィズ・ファンダムハイン。久しぶりの再会だった。


「お前、こんなところにいたんだな」


「そうだ。君から戦力外通告を食らったあの日から、僕はのんびりとした人生を送りたいと強く思えたよ」


「ウィズ、単刀直入に言う」


 ここまでのウィズの目線から見て、フレンの態度は些か気持ちが悪かった。昔だったら高圧的な態度を取り続けていた彼の、なんと丸いことか。

 どうせだから、ウィズは彼の言葉を待つことにした。


「俺に協力してくれ」


「は?」


 フレンからの一言は、まさかの内容だった。


「それを決める前に、なんでそういう心境になれたか、教えてほしいだけど」


「リフル、イーシア、ガイン。この三人は覚えているか?」


「忘れられるわけがないよ」


 その一言に、ウィズは感情を込めた。

 忘れられるわけがない。何せ、そいつらはウィズがフレンに詰められているときでも一切、救いの手を伸ばしてくれなかった人間たちなのだから。

 フレンもそれを察してか、少しだけ声のトーンが落ちた。


「俺含め、みんなお前にひどいことをしたんだもんな」


「フレン。昔話をしに来たのか? どういう用件なんだよ。手短に言ってくれ」


「悪かった。実は……」


 フレンは、言った。


「リフル、イーシア、ガイン。あいつらが魔王軍の幹部に捕まった。助けるのを手伝って欲しい」


 フレンの口から飛び出したのは、まさかの一言だった。

 その一言に、ウィズはひどく胸の中が沸騰する感覚を覚えた。


「フレン……君は今、なんと言った? 助けるのを手伝って欲しい……だって!?」


 ウィズは気づけば、満面の笑顔を浮かべていた。

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