第20話 天使ッ!二人ッ!

 ウィズがリリウムを気絶させるべく、電撃魔法を放とうとした刹那ッ!!!


 ウィズの家周辺に、圧倒的な戦気が降りかかるッッッ!!!



「なんだァァァァァァッーーーー!?!?!?」



「呆けている場合ですかヒューマンッ!! 戦闘準備をーッッ!!!!」


 天空から一筋の光が降ってきた。直後、衝撃が走るッ!

 それは例えるなら、超至近距離で太鼓を鳴らされたときの、鈍い衝撃に似ている。常人ならば、その揺れだけで三半規管をやられ、吐瀉物を撒き散らしているだろう。


「このあまりにもデカすぎて、逆に何も無いのではないかとすら思える、戦気……ッ! そして何より、ボクの心がときめいているッ!?」


 着地点が煙に包まれる。ウィズとヴァールシアが前に出た。その後ろでリリウムは大剣を構えようとしている。



「世界の均衡を維持するバランサー、霊長類の平和の護り手。我らはこの星が産んだ調停者なり。――泣いて喜びなさい世界よ、アタシが舞い降りた」



 煙が晴れた。そこには紅髪の天使クリムと、見たことのない桃色髪の天使がいた。

 即、斬りかかろうとしたヴァールシア。しかし、シエルからの鋭い視線が、彼女を縫い止めていた。


「クリム、それに貴方は……そう、覚えています。第二級天使イルウィーン。第一級天使に最も近いとされる天使だったと記憶しています」


「そう! そうなんス! あの“神速の蒼剣”に存在を知ってもらえていたなんて、自分感激っス! クリム先輩ッ! 涙流して良いスか!?」


「アホか。そういうつもりなら帰れバカ」


「クリム先輩!? 今、自分のことアホとバカって言ったスね!? それイケないんスよ! 天使いじめじゃないスか!」


 シエルが一歩前に出た。流石は最強の一翼、というべきか。その歩みに何の迷いもない。


「イルウィーン。貴方まで出てきたのね」


「そ、その声は!? 貴方がこ、ここここ“心の翼”様ッ!? 初めて見たっス……! 感動っス!」


 まるで芸能人を見たファンのように、イルウィーンははしゃいでいた。何なら、サインをもらおうと、あらかじめ持ってきていた色紙を取り出していた。


「だーから、アンタを連れてくるの嫌だったのよね。というか、なんで下界の物を持っているのよ……」


「下界の物とはいえ、便利な物は便利っスからね! あのー! 心の翼様ー! サイン書いてもらえないっスかねー!?」


「良いよ」


「シエル様ッ!?」


 ヴァールシアは慌てて、近づこうとするシエルの肩を掴んだ。内心、焦りに焦っていた。これがもし敵の策略だったのなら、ここでヴァールシアの戦いが終わるのだ。

 シエルはヴァールシアの手をそっと握る。


「大丈夫。イルウィーンは、そういう子じゃないから」


「……しかし」


「お願いヴァールシア。私は私を知ってくれている人に、何かをしてあげたい」


「……わかり、ました」


 そこまで言われては、邪魔をすることが出来ないヴァールシア。

 彼女の意思を最大限尊重する。これがヴァールシアの決めたことだった。

 トコトコと、シエルはイルウィーンの近くまでやってきた。


「どうすればいいの?」


「えっと……。このペンで、この紙に名前と言葉書いてくれないっスかね? そうスね……『イルウィーンは頑張ってる!』って! 最後に心の翼様の名前もお願いするっス!」


「分かった」


 ペンを受け取り、さらさらと色紙に書き込んでいくシエル。そんな彼女を前に、クリムは内心、穏やかではなかった。


(シエルがこんなに近くに……! 今なら、ヴァールシアが動くよりも早く、シエルを確保できるッ……!)


 クリムはちらりとヴァールシアを見た。当然、相手も同じことを考えているようで、いつでも飛び出せるよう、両腰の剣に手をやっていた。


 ――いける。


 クリムには確信があった。

 今、この場で最も危険な人物はヴァールシア。彼女が機能しない距離。まさに千載一遇の好機。

 気づかれぬよう、距離を縮めるべく、クリムは一歩だけシエルの方へと寄る。




「――――私は今、イルウィーンが喜んでくれることをしているの。そういうのは、やめて」




 クリムは、一瞬自分が深海の底にいるような感覚を覚えた。光も、空気もない、さながら空間の牢獄。もがいてももがいても、何も変わらない、無機質な時間の流れ。


(か……は……! 何、これ、はぁ……!?)


 人間を管理し、そして空を統べる存在である天使。天空を舞う存在が、ほぼ関わることのない領域。クリムは、地上にいながら、溺死しようとしていた。


「はい、これでいい?」


「あ、ありがとうっス! 大事にするっス! ……けど、クリム先輩に何を?」


「大丈夫。少し、注意しただけ」


 何が注意なものか――クリムは心の底から叫びたくなった。

 闘気だとか、殺気だとか、そういう次元の話しではない。これはそう、濃厚な“現実”。余計なことをすれば死ぬんだぞ、とそういうメッセージが込められていた。


「……イルウィーン、アンタがアタシの心配をするなんて、五億年早い。だから、そろそろ下がれ」


「心の翼様、ありがとうっス! けど、ごめんっス。自分、クリム先輩の足を引っ張らない条件で、ここに来ているんス」


「分かった。……けど、クリム、それにイルウィーン」


 シエルは悲しげな表情を浮かべた。


「力の翼は貴方たち天使に、いつもひどいことをしている。私は貴方たちと一緒に戻ることは出来ないけど、戦いたくもない」


 イルウィーンが口を開こうとした刹那、クリムが片手で彼女の口を塞いだ。これ以上は本当にいけない。


「……心の翼クリム。アンタには私たちがどう映っているのかしら? 哀れにでも見えるの? 馬 鹿 に す る な よ」


 クリムの両手に、剣に酷似した突撃槍ランスが握られていた。その姿は武神か、あるいは戦女神か。


「ヴァールシア、そしてヒューマン――ウィズ。アンタら二人を八つ裂きにしてから、心の翼クリムを連れて帰る。これは、決定事項だァァァァァァァァッ!」


 光の柱。いや、これはクリムの闘気だ。途方も無い力量。吹けば飛ぶような圧倒的差。


「笑顔が……笑顔が止まらない。何だこれは、僕はここまで喜怒哀楽の喜楽を表現できるのかぁァァァァァァァァ!?」


 それでもなお、ウィズは喜びの涙を流し、笑顔を浮かべていた。

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