第19話 食の激闘ッ!

「ヴァールシアァァァァァァ!」


「ヒューマァァァァァァン!!!」


 ヴァールシアが鍋を振るい、ウィズとシエルが料理をリリウムへ運ぶ。もはや合戦だった。

 キッチンから食卓への往復をするのは常に全力。そうでなければ、すぐにテーブルの上が空になるのだ。


「ヴァールシアどんどん作れー! テーブルまで食いそうなんだー!」


「ヴァールシアさんのご飯、とっても美味しいです~!」


 リリウムが歓喜の声をあげる。

 確かにヴァールシアの料理は美味。これは確かだ。だからこそ、リリウムはこれほどまでにがっついているのだろう。


「ヒューマァァン! 卵が無くなりました! 野菜もあと僅かです!」


「何だとォォ!? 僕の備蓄が……消えていくッ!?」


 とはいえ、それで手を休めるヴァールシアではない。あるもので工夫し、ひたすらに数を生産していくのであった。

 激闘の開始から終わりまでは一時間弱といったところ。


「ぷはぁ! お腹いっぱいになりました! ヴァールシアさん! ウィズさん! シエルちゃん! ありがとうございます!」


 笑顔でお礼を言うリリウム。しかし、彼女の言葉が聞こえている者は、誰一人としていなかった。


「……死ぬ。僕はこういう肉体労働が死ぬほど嫌なのに……」


 ウィズがソファでぐったりとし、


「ヴァールシア……お疲れ様。がんばったね」


「シエル様……私は剣の道一筋です。ですが、鍋を振るっている時に視えたのです、鍋を振るうことの極意を……頂きが」


 ヴァールシアはシエルに床で膝枕をされていた。本来なら逆の立場であるはずだろうが、あまりにも不憫に思ったシエルが、どうにかヴァールシアに疲れを取ってもらいたいという一心で行ったことである。

 まさに死屍累々。

 普段の戦闘では絶対に起こり得ない状態がいま、起きていた。


「ヴァールシアさんってどこかのレストランで働いていた事ありますか? さっきも言いましたが、すっごく美味しかったです!」


 リリウムの趣味は食べ歩き。

 美味しそうなところは大体食べに行っている。路地裏にある寂れた大衆食堂から、超一流レストランまで。そのような食の経験があった上で、リリウムはこの食事の美味しさに惚れ込んだ。


「野菜炒めや卵焼き、焼いたハム……いっぱい作ってくれましたが、よく見る料理なのに、今まで食べたことのない味でした。どこで修行したんですか?」


「……私は誰かを師と仰いだことはないです。全部、私の独学です」


 シエルの隣で話を聞いていたウィズは、ヴァールシアの新たな一面に、少しだけ興味を引かれていた。


「独学!? す、すごい。この腕ならきっとあそこのレストランに……いや、もしかしたらあそこのホテルで働けるかも……。と、とにかく! すごいですヴァールシアさん!」


「私はどこにも行くつもりはありません。私はただ、食べてもらいたい人のために作っていただけです」


 そう言いながら、ヴァールシアはちらりとシエルを見た。


(そう、全てはシエル様のため。この方が私の稚拙な料理を幸せそうな顔で食べてくれるからこそ、私は……)


 シエルはリリウムに笑いかける。


「ヴァールシアの料理は本当に美味しいです。だから、ヴァールシアの料理を褒めてくれて、ありがとうございます」


「シエル様……ッ!! なんと……! なんとありがたきお言葉……ッ! まさしく玉音。このヴァールシア、生涯忘れることはありません……ッ!!」


「ま、良くやったよヴァールシア。この食欲の権化を鎮めてくれたことに関しては、感謝する。おかげでこの家を食われずに済んだ」


 その言葉を聞いたリリウムが勢いよく立ち上がる。


「えー!? ウィズさん、それひどいですよ! いくら私でも木材以外は食べられません! ぎりぎり消化できるものまでですよ!」


「人間はな? 木材も消化出来ないんだからな? ……あっ、ヴァールシアならイケるのか。すまんすまん」


「私が鍋を振って動けないと思っているから、そんな事をのたまえるのでしょうか? ならば残念ですねヒューマン。それは誤算ですよ」


 起き上がろうとするヴァールシアの身体を、シエルが押さえた。


「ヴァールシア、休んで」


「休みますッ! 私はシエル様が許可するまで、少しも身体を疲れさせることはしませんッ!」


「極端が過ぎるんだよ君は! はぁ……何だか疲れたや。リリウムさん、もうお腹いっぱいだろ? 早く帰ってくれないかな?」


「はーい! ごちそうさまでした! 皆さん、本当にありがとうございました!」


 それではっ! とリリウムはルンルン気分で出ていった。



「このまま帰ったら軍団長に怒られちゃいますぅ~!!」



 三秒後ッ!

 リリウムは涙目で扉を開けてきた。

 脳が覚えるべき事柄を全て“食欲”で埋め尽くされているんだろうな、とウィズはまたリリウムを見下していた。

 それはさておき、ウィズは身構えた。

 今、リリウムの口から出た軍団長という単語。これはウィズの中では悪魔の真言と心得ている。

 用件を聞いてしまえば、逃げることは出来ない。

 男性だろうが、女性だろうが、自分自身に関わることなら実力行使もいとわない男ウィズ・ファンダムハインである。


(リリウムさん、死なない程度に気絶させるね)


 そこからのウィズの攻撃準備には、一切の躊躇はない。

 死なない程度に麻痺させ、意識を刈り取るべく、電撃魔法を右手に発現させた。

 気絶狙い。ウィズの右手が今、リリウムへ向けられるッ!

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