第17話 刹那秒しか続かなかった平穏ッ!
「おはよう世界!」
たっぷりの睡眠の後、ウィズは飛び起きた。
今日から素晴らしいスローライフが始まる、そういう確信があった。
「何故、家主たる貴方が寝坊をしているのですか? もっと自覚を持ってください」
「おはよう……ウィズ」
だが、台所にいる蒼髪とエメラルド髪の存在が、ウィズを現実に引き戻す。
「何故君たちは平然とここに居られるんだよ!?」
「何故って……貴方が住まわせてくれることを許可してくれたじゃないですか」
「社交辞令を真に受ける奴がいたなんてな……」
「ウィズ……私たちは、他に行くところがありません。だから、改めてお願いします」
シエルがそう言い、頭を下げる。
ヴァールシアについてはいくらでも罵倒ができる。だが、幼い子どもであるシエルが頭を下げて、それを無碍にする人間はいないだろう。
「……はぁ、仕方ない。……ん? 何だこの匂いは?」
「朝食を作っているのですよ」
ウィズがヴァールシアの手元を覗き込んだ。すると、彼女はフライパンをカチャカチャと動かしていた。そのフライパンには目玉焼きが三つ並んでいた。もう一つのフライパンには人数分の量に切られたベーコンが並んでいる。
「君……まさか料理をしているのか?」
「だから、そう言っているじゃないですか。ほら、完了したのでパンとお皿を出してください」
「あ、ああ……」
言われるがまま、ウィズはパンとお皿を出した。すると、ヴァールシアは手慣れた手付きで、盛り付けを終え、あっという間に朝食が出来上がっていた。
ウィズは目の前がくらくらした。まさかここまで手際よく朝食が作り上げられるとは思いもよらなかったからだ。
蟻が鉄板をぶち抜くことぐらいありえない出来事だと、ウィズは心得ていた。
「君が料理を出来るだなんて、正直思わなかった」
「ヒューマン……。貴方はもしかして、私は生活能力が全くない存在だと、そう思っていないですか?」
「思っていた」
「それは心外です。天使と言えど、それは侮辱にあたる言葉ですよ」
「そうなのか?」
「天使は貴方たちヒューマンを上から見下ろす存在。ヒューマンが出来ることを、我々天使が出来ない訳ないじゃないですか」
「正論で殴ってくるな君。まぁ確かに上位種だとのたまうなら、そうでなくては困るって所はあるかもしれない」
「ヴァールシアの料理はおいしい」
「シエル様ァァァァァァ!!!」
ヴァールシアは天を仰ぎ、涙をこらえていた。このシエルへの忠誠心は一体どこからやってくるのか、非常に気になるウィズだった。
「なぁ……ヴァールシアは“心の翼”であるシエルの部下になるんだよな?」
「愚問ですね。私はシエル様の忠実なる
「それは駄目だよヴァールシア。私はヴァールシアにいつまでも居てもらいたいよ」
「ありがたき……! ありがたき幸せですシエル様……!!!」
「泣いているところ悪いが、そろそろ始めていいか?」
既にフォークを握り、食べる寸前のウィズ。天使だ人間だのと差別するつもりは毛頭なかった。
ただ、飯が美味いかどうか、それだけのシンプルな話である。
「うああああああああ!!!!」
ウィズは椅子から転げ落ちた。
妙に美味かったのである。おかしいと、ウィズはまず精神魔法を仕掛けられているのではないかという検証から始めたくらいだ。
何の変哲もない鶏卵とベーコンだ。そんなもので、これほどまでに美味なものが出来上がるだなんて、ウィズは夢にも思わなかった。
「……美味い。こういうのは初めて食べたよ」
「ヒューマン……。貴方は今まで何も食事の楽しみはなかったのですか?」
「天使に言われるだなんて一ミリも思わなかったが、まぁそうだ。基本は適当に作っていたからね」
ウィズは自嘲したように続ける。
「いつもは脳死で酒に合うアテを作り、それでお腹を満たしていたのさ。笑うか?」
「いいえ。我々天使も食の楽しみというのはいまいち分かっていませんので、笑う理屈が分かりません。……ただ」
「ただ?」
ヴァールシアはちらりとシエルを見た。
「私はシエル様が笑顔になってくれるのであれば、これはそれなりに意義のあることだと思っています」
「……僕にはたどり着けない境地だな」
一瞬だけ、ウィズはヴァールシアに敗北感を覚えた。
自分にはそういう存在がいない。端的に言えば、羨ましかったのかもしれない。
「ヴァールシア、ありがと。ヴァールシアの作ってくれたご飯はいつも美味しい」
「シエル様ァァァァァァ!!!!」
「ええい! いちいち君は叫ばなければ気が済まないのか!!」
直後! ウィズたちは接近する巨大な“圧”に反応するッ!!!
「これはァァァァァァッ!?!?!?」
「敵襲!? これほどまでに重く暗い感情を感じるとはッ!」
「ヴァールシア、ウィズ……。これもう少し待ったほうが」
「何を言っているんだシエルッ! 先制攻撃という言葉を知っているか!? 僕たちが不幸な目に遭わないために、攻撃する権利が僕らにはあるんだよッ!!」
そう言いながら、ウィズは家の外へ飛び出した。その様子は既に、どこかの蛮族じみていたが、それを指摘する者は誰もいなかった。バックアップをするため、ヴァールシアも双剣を抜き、外へ飛び出す。
彼らは目の当たりにする! その気配の正体をッ!!!
「お腹空きましたぁあぁぁぁぁぁ~~~~!!!」
高い位置で一つに束ねている黒髪の少女。低身長ながら巨大な胸。
彼女のことをウィズは知っていた。
「リリウム・センテリオォォォォンッ!!!」
コルカス王国軍の兵士でありオルフェスの部下であるリリウム・センテリオンが大きな胸をゆっさゆっさと揺らしながら、ウィズの家へ直進していたッ!
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