第18話 食欲の権化ッ!
地の底から這い寄るような濃厚な“圧”ッ!!
ヨダレを垂らし、嬉しそうに駆け寄ってくる姿ッ! 人間のものではなかった……かつて大陸を喰らい尽くしたとされる神話級の魔物『グランド・イーター』を彷彿とさせるッ!!
「食事の匂いがしたので、ご飯食べさせてくださ~~~~い!!!」
リリウムがウィズを見つけるなり、手をぶんぶんと振るう。
ヴァールシアは気配の正体が人間だと分かってもなお、双剣を収めない。
「ヒューマン……! なんですか、あの卑しさの具現化はァァァァァァッ!?」
「ヴァールシアッ!! あれは物の怪の類だ! 油断するなァァァァァァーッ!!!」
「ウィズさぁん! ご飯~! 食べられるものなら何でも良いですよ~! 木材までならぎり食べられるので、オーケーです!」
遠くから聞こえるは既にヒトの基準ではありえない発言ッ! ウィズは既にリリウム・センテリオンを見下していたッ!
「本当に僕の家を食い荒らしそうだな!」
「……ヒューマン、とりあえず攻撃しても?」
「殺すなよ。やるなら気絶だ」
「私も無駄な殺しは好みませんので、それは良いです。しかし、貴方は良いのですか、それで?」
「もちろんだ。僕はあのリリウム・センテリオンという人間を見下してはいるが、嫌ってはいないからな」
「あのオルフェス・レイレナールと比べると、どうですか?」
「愚問だぞそれ。もちろん幼馴染のオルフェスの方がそれなりに好意を持てる」
ウィズの中では、オルフェスはそういう扱いなのだ。
殺したいほど憎いが、そこまで嫌ってはいない。ウィズにとって、オルフェスはそういうレベルなのだ。つまり、ただの他人。
「ヒューマンの言うことは分かりませんね」
「天使の言うことこそ良く分からないよ」
迫る災厄ッ! ウィズとオルフェスという二大巨頭が行く手を遮るッ! これより始まるは血で血を洗う惨劇ッ!
「ウィズさぁん! ご飯! ごは……ん……」
徐々に失速するリリウム。そしてとうとう彼女は地面に倒れてしまった。
「あの人……弱ってる」
シエルはひと目でリリウムの状態を看破した。天使の能力だろうか、それとも元々の観察眼だろうか。シエルは心配そうにしていた。だが、ウィズはそんな彼女の優しさを斬ることにした。
「いや、シエル。あれは、ただ単に空腹で倒れたんだ。だからそこまで心配することはないよ」
何気ないウィズの一言だった。だが、シエルは彼の言葉に反論する。
「人間でも天使でも、お腹が空くことは変わりないです。だから、どうにか出来ませんか?」
「君は……」
ウィズは絶句した。三大代行と呼ばれる存在が放つ発言ではないと、そう思ったからだ。ちらりとウィズはヴァールシアを見る。案の定、彼女も微妙な表情を浮かべていた。
「ヒューマン」
「何だよ」
「人間と天使は別物……。そう言って、シエル様は理解してくれるでしょうか?」
「知らん。だがはっきり分かっていることがあるぞ、ヴァールシア」
倒れたリリウムを背負いながら、ウィズは言う。
「僕と君が軽んじた事に対し、シエルは真っ向から言葉を突きつけた。ならば、僕らはその言葉に対し、明確な反応を示さなくてはならない」
「……備蓄をもらいますよ」
「こいつを満腹にさせるなら、効率的にやらないといけない。天使にそんなことが出来るのかな?」
「愚問ですねヒューマン」
◆ ◆ ◆
この世の美を全て集めつくした場所『エデン』。
下界へ繋げるゲート前には、紅髪の天使クリムが立っていた。
「傷は癒えた。英気は養った。あとは、ヒューマン――ウィズ・ファンダムハインを殺し、ヴァールシアを殺し、シエルを連れてこのエデンへ戻る。よし、やることはシンプル。いくわよ、アタシ」
ゲートを潜れば、そこは既に戦場。淀んだ風、汚い大地、醜悪な海。最悪三要素を煮込んだ地上がクリムを待つ。
意を決して、ゲートを抜けようとする直前、背後から声が聞こえる。
「先輩ッ! クリムせんぱーいッ!」
振り返ると、桃色髪の女天使が走ってきていた。ローブのような衣服に、最低限の鎧を身に着けている。顔はどこか抜けていそうだ。
「どうしたのよ、イルウィーン。アタシ、これから外界へ行くのだけど」
「聞いたっス! なので、自分も連れてって欲しくて、ここまで来たっス!」
イルウィーンはそう言いながら、背中に背負っている剣と弓と見せつけた。既に
「遊びじゃあないのよ。それに、相手は第一級天使ヴァールシア、そして三大代行が一翼“心の翼”もいる。アンタが入れるステージじゃないわ」
「知っているっス。第一級天使ヴァールシア……“神速の蒼剣”と呼ばれるヴァールシア。自分は戦ってみたいんスよ! 自分がどこまでやれるのか、いつか第一級天使に昇格するために、自分は困難に挑みたいんス……!」
クリムはため息をひとつついた。
ヴァールシアの力は衰えていない。ずっと戦いの訓練を怠らなかった自分ですら、ヴァールシアの動きを追えなかった場面がある。
いたずらに戦力を減らすなどもってのほか。
ばっさりと断るつもりだったクリムは、ついイルウィーンの目を見てしまう。
「お願いするっス! 自分、足手まといには絶対にならないので!」
「ふぅ……それじゃあ、テストね。アタシが一度攻撃するから、それを防げなかったら、アンタは置いていく」
「分かりましたっス! よろしくおね――」
クリムは剣に酷似した
ただの薙ぎ払い。だが、受ける側にとっては、一国の城を相手にするかのごとき質量が秘められている。
一手遅れれば、天使と言えど木っ端微塵コース。それが許される力をこの紅髪の天使は持っていた。
衝撃。少し遅れて爆風。クリムは眉一つ動かさず、結果を見ていた。
「どう……スか!?」
イルウィーンは両脇にナックルガードの付いた長剣を構えていた。真正面にいたはずの彼女が、横にズレていた。クリムの一撃で完全に踏みとどまることが出来なかったためだ。
クリムはイルウィーンの剣を見る。刀身には己の闘気がこびり付いていた。それは小手先ではなく、しっかり真正面から受け止めたことの証左。
「……行くわよ、イルウィーン」
「ッ! は、はいっス!」
「一つだけ言っておくわ。ヴァールシアの近くに、ヒューマンがいる。そいつには手出ししないで。アタシが殺すから」
「? ヒューマンごときを? とりあえず分かったっス」
クリムとイルウィーンは共にゲートへ飛び込んだ。
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