第15話 極限の“口”防ッ!

 外から聞こえてくる地獄の使者の咆哮。

 ヴァールシアは思わず、双剣へ手が伸びていた。


「……ヒューマン。あれは、敵ですか?」


「剣を抜くなよヴァールシア。僕の精神的宿敵だ、手出しはしないでくれ」


「分かりました」



「うぃ~~~~~~~~~ず~~~~~~~~~? 五秒以内に防御魔法を解除し、私を家に入れないと、この家を破壊するわよ。良いわね? よーいスタート!」



「馬鹿がッ! 知性が完璧に抜けているだろう! 落ち着けオルフェス! 君、いま完全にコルカス王国軍の討伐対象だぞ。理解しているのか?」


「じゃあ早く入れてよウィズ! あと二秒!」


 オルフェスは本気でやる。

 その確信があったからこそ、ウィズは根負けを認め、防御魔法を解除した。

 直後、土煙をあげて走ってくる、もはや魔物のような女。ウィズ・ファンダムハインにとっては幼馴染。

 オルフェス・レイレナールが、長い紫色の髪と赤いマントをはためかせ、登場した。


「久しぶりねウィズ! さっそくで悪いけど、コルカス王国軍に入ってもらう――」


 そこで、オルフェスの目玉がぎょろりと動く。

 目に入るは、鮮やかなエメラルドを思わせる髪の美少女、そして蒼髪の美女の姿。途端、オルフェスは目の焦点が合わなくなった。


「ウィズさん? そこの美人美少女はホワイ? ホワット? フー?」


「人の家で抜剣するなよ。常識だぞ」


 ウィズへ剣を突きつけるオルフェス。顔だけは良いオルフェス。だが、あっちこっちに動いている目と、三日月状に歪められた口元が、その美顔を台無しにしていた。

 夜の森で出会ったら、間違いなく先制攻撃を選択している――そんな明らかな威圧が込められていた。


「……ヒューマン。彼女は? これほどまでに粘度の高い感情、初めてぶつけられました。人はこれほどまでに強い感情を持てるのですね」


「彼女が特別なだけだよ。……それよりもヴァールシア、君、いつまでヒューマン呼びなんだい?」


「ヒューマンはヒューマンでは?」


「……まぁ、そこは追求するところではないか」


「ウィズ!? 何で貴方はそこの美女さんと仲よさげなの!? おかしくない!? 積み重ねてきた時間的に言うなら、私のほうがもっと仲良いはずなのに! これじゃあまるで、私が悪者じゃない!」


「脅して、人の家へ強引に入ってきて、家主である僕へ剣を突きつけている。どうするんだよオルフェス、これ普通に捕まるやつだろう。というか、コルカス王国軍の治安維持部隊を呼べば、君ですら捕まるんじゃないか?」


 コルカス王国軍軍団長である彼女が逮捕されてしまえば、大スキャンダルだ。流石に陥れるつもりはないが、少しでも冷静になってほしいという祈りをもって、ウィズは提案した。


「なぁ、帰れよ。今ならここで起きた出来事は忘れてあげるからさ」


「それなら大丈夫よ。仮に治安維持部隊が来たとしても、私はそのへんの話を全部握り潰せるから」


「人として駄目だろうがそれ! あぁもう! 話がどんどん逸れていく!」


 頭を抱え、突っ伏すウィズ。そんな彼の姿を見ていたヴァールシアが、おもむろに立ち上がる。


「あの、家主に逆らうものではないと思いますが……」


「うっ……」


 第三者の冷静な言葉が、オルフェスの胸を貫く。

 しかし、ここで退いてしまえば、ただの頭のおかしい奴として終わることになる。


「……あれ?」


 オルフェスはここでとある事に気づいた。

 彼女たちの顔に、“見覚えがないのだ”。魔物の類かと思われるほどの迫力が消え失せ、“仕事”モードへと切り替わる。


「そういえば、貴方たちってどこから来たの? この辺の住民の顔は全員覚えているけど、全然心当たりがないんだけど」


 思わずヴァールシアがウィズへ視線を送った。


「オルフェス、君の記憶力は相変わらず異常だね」


 彼女の記憶力は非常に高い。一度見た顔と名前はほぼ忘れることがないため、彼女の頭の中には一つの名簿が出来ている。

 多少の変装すら見抜く彼女をやり過ごすことは、相当に難しい。


「それで? 貴方たちはどこのどなたさん?」


「私たちはてん――」


「旅人の姉妹だ!」


 ウィズはヴァールシアへアイコンタクトを送る。

 ――君は一切喋るな。

 シンプルで強い思考はすぐにヴァールシアへ届き、彼女は小さく頷いた。


「このコルカス王国領から遠く離れた小国に住んでいたけど、そこが滅ぼされたらしい。だから、ずっとこちらに向かって旅をしていたが、とうとう路銀も食力も尽き、倒れてしまったんだ。そんな時、僕が偶然通りかかり、保護した――そういうことだ!」


 ――そういうことにしろ。

 ウィズは再び、ヴァールシアへアイコンタクトを送り、彼女は了承した。

 オルフェスは首をかしげる。


「国が滅ぼされた……? 最近、どこかの国が軍を動かしたなんて話……聞いたことがないけど」


 咄嗟についた嘘は、オルフェスに通じそうにはなかった。

 なまじ、優秀な分、そういう所にはしっかり頭が回る。


「ねえ、二人ともどこの国出身なの? ウィズのことはもちろん信じているけど、一応裏は取りたいのよね」


 本格的にまずい。

 ウィズは奥の手を解禁することにした。


「ん? ウィズ、どうした――」


 ウィズはオルフェスへ急接近する。

 ガチ恋距離。オルフェスはたちまち顔を赤くするが、ウィズは一切表情を変えず、トドメを刺した。



「僕の事を信じてくれ。彼女たちは僕が責任を持って、保護するから」


「信じる~~~~! 全部信じる~~~~!」



 完全勝利。

 この四文字がウィズへ与えられた。


「……勝った」


 勝利の余韻に浸るウィズの耳に、ヴァールシアの呟きが飛び込んできた。


「そんなことをしなくても、ただ頼み込めば良かったのでは?」


「聞こえるだろうがヴァールシアァァァァ……?」

 

 ここで機嫌を悪くしたら、いよいよ詰み。

 ウィズは全力でヴァールシアの発言をシャットアウトした。

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