第14話 “突破者”ッ!

 色々と飲み下さなければいけなかった。

 いきなり現れた天使。そいつらが追う、ヴァールシアとシエル。

 ヴァールシアはクリムと同格の一級天使、そしてシエルが、天使たちの頂点である三大代行の一翼“心の翼”だということ。

 彼らが力と引き換えに求めたものは、人間たちの真価ときたものだ。



 ――何度でも言おう。イカれている。



「分かった。分かりたくないけど、分かった。そんな危険な状況にいるのなら、僕はもう止めることはしない。どこにでも行って欲しい。必要なら、僕は記憶消去魔法を己に施す」


 最初からこうしていれば良かったのだ。

 それならば、この出会いもなかったことになる。

 スローライフを送りたいのだ、ウィズは。ならば、余計な心配は全て削ぎ落としたい。

 即行動がウリのウィズは、人差し指に魔力の弾丸を作り出す。


「ウィズ、それは?」


 シエルの問いに、ウィズは何も気負うこと無く答えた。


「これかい? 記憶消去の魔法さ。これで僕の頭を撃ち抜けば、君たちと出会った以降のことは、全て消しされる」


「ウィズ……私は貴方にお願いがあります」


「この展開でされるお願いなんて、何パターンか予想がつくよ。その全てが、僕にとって不利益を被ることも良く理解している。だから言おう。い や だ」


「まあまあまあ。ヒューマン、話し合いましょう」


 神速でウィズに近寄ったヴァールシアは、ウィズの生成した魔力の弾丸を握りつぶしていた。本来、そんなことは不可能なはずだが、それはおそらく天使の為せる業なのだろう。

 そのへんを全て理解した上で、ウィズは彼女を非難した。


「話し合い!? そんなバカな話があるか!! 特にヴァールシア! 君だ! 散々僕の事を見下しておいて、主の話を聞けだと!? 身勝手がすぎる! 天使というのはそこまで自己中心的な存在なんだな! 見下せるよ、本当に!」


「――お願いします、ヒューマン。話を聞いてあげてください」


 ヴァールシアは頭を下げていた。

 ここまでやりとりをしていたウィズは、理解していた。彼女が頭を下げるというのはよっぽどのことなのだと。

 それだけ大事だと、言外に伝えているのだ。

 

「仕方ない。聞こう」


「ありがとうウィズ。改めて言います」


 シエルは言った。



「私たちをここに住まわせてください」



「お断りします」


「ヒューマァァァァァン!!! 貴方、シエル様の頼みをなんと心得ますかッ!?」


「だからこそだよ! そんなやんごとなき存在からの頼みなんて、だいたい貧乏くじなんだよ! これは決まっているんだよヴァールシア!」


 彼は怒涛の勢いで続ける。


「だいたいだ! なんで君たちがわざわざ僕の家に住まなきゃならないんだよ! 理由を言え、理由を! 僕を思わず納得させられるような小粋な理由を述べてくれ!」


 もはや睨み殺す勢いで、シエルを指差し、ウィズは抗議した。

 彼としては、ここは全力でいかなければならない場面。ウィズ・ファンダムハインの最大の目的は“スローライフ”。これを脅かされることがあってはならない。


「私とヴァールシアは力の大半を削がれています。だからこそ、私とヴァールシアには仲間が必要なんです」


「それが僕だっていうことか!?」


「はい。天使と戦える人間は、そういません。だから、私たちにとって、必要不可欠な存在になるはずです」


「絶対に嫌だ! 僕はそうやって求められるほど、高尚な人間じゃない!!」


「聞いてください!」


「はい!」


 シエルの一言に思わず姿勢を正すウィズ。子ども相手に、その対応は如何なるものか。考えようにも、過去は変えられない。

 ただ、ウィズはシエルの次の言葉を待つのみ。


「ウィズ。貴方は普通の人間じゃありません」


 その一言に、ウィズはカチンときた。

 普通じゃないならば、簡単にフレンのパーティーから追い出されることはなかったのだから!


「僕は普通だろうが! じゃなかったら、僕はやる気がないだなんてレッテルは貼られていない!」


「それはウィズの事を知らない人だから、そんな言葉が言えるんです。貴方は“突破者”です。私の知っている限りでは、ウィズみたいな人は、普通とはカテゴライズされません」



 ――突破者。



 未知の単語が、ウィズの鼓膜を揺らす。


「何だよ、それ? 随分大層な異名じゃないか」


「“突破者”の定義はただ一つ。己の欲が、生物の枠を超えた瞬間にそう定義されます」


「それだけで僕はシエルから勧誘を受けるほどなのか? 僕を惑わせるようなら――」


「通常、人間は自分にリミッターをかけています。そうでなければ自滅するから。だけど、たまにいるんです。リミッターを解放してもなお、無事な人間が」


「回りくどいな。僕の強さには理由があるってことなのか?」


 その問いに、シエルは頷いた。


「リミッターを外して解放された力――枷を壊された力を制御できるのは、強い精神力に他なりません。ウィズにはその精神力があるのです。例えばそう、“人の役に立ちたい”とか、ウィズの言葉を借りるなら“スローライフを送りたい”、その強い意志が、ウィズの力になっているんです」


「とすると、あれか? 僕はただ、自分の願望を叶えようとしているからこそ、ここまで強くなれたっていうことかい?」


「そういうことです」


「はは……童話だろ、そんなの」


 はっきり言って、まだウィズはシエルの言葉を全部受け入れるわけにはいかなかった。それはもはや、オカルトの領域。自分は自分のやりたいことをやり続けただけなのだ。それが、そんな大層な異名を持つに至るとは、信じきれていなかった。

 よって、ウィズは一旦、頭の中を整理しようとした。

 だが、その時。



「ウィィィィィィィ~~~~~~ズ~~~~~~さ~~~~~~ん~~~~~~???」



 地獄の使者の言霊が、家の外から響いてきた!!!



「オルフェェェェェェェス!!!!」



 それは何を隠そう、幼馴染のオルフェス・レイレナールであった。

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