第13話 地上へ降りてきた理由ッ!

「ヒューマン、貴方は『エデン』を知っていますか?」


「知らん」


「エデンとは、この星が産んだ調停者である天使たちの住処。そこでは人間たち同様、統治されている場所です」


「さぞかしおとぎ話のような、素敵な場所なんだろうね」


「そこには創造主の代行者、全ての天使たちを統べる最強の三翼がいます」


「最強ッッッ!?!?」


 その言葉に、ウィズは心臓の鼓動が早くなった。早くなりすぎて、もはや一つの音楽と化している。自分よりも強い者の存在によって奏でられている交響曲! ウィズは心停止の可能性すらあるこの状態に、ただただ感動していた。


「『三大代行』――その者たちが、この世界のパワーバランスを観測し、調整をしているのです」


「胸が躍るッ! そいつらとはどこで戦えるんだッ!?」


「落ち着きなさいヒューマン。一応、この外界からエデンへ至る道はありますが、そこは何兆もの防御障壁によって遮られています。とてもじゃないが、人間が突破出来る道ではありません」


「じゃああのフェザラルやクリム、それに君たちはどうやって降りてきたんだ?」


「私たちが降りてくる分には何の制約もない……といえば、嘘になりますね。エデンから外界に降りてくるには相応に体力が削がれます」


「彼女たちはそれでもなお、あの強さ……!」


「理解しましたか? 天使というのがどれだけ強大か――」


「素晴らしいッ! 僕は一体そんな天使たち相手にどこまでやれるのだろうッ!? あぁ……考えるのが楽しいッ! 思考が楽しいッ!」


 頭を抱え、身を捩らせて、喜びを表現するウィズ。

 そんな彼に、ヴァールシアは些か危険を感じていた。天使というのは、ただでさえ異次元の存在だ。そんな存在と数度立ち会ってもなお、この感想。


 そこでヴァールシアは確信した。


 傲慢とも取れる、そんな言葉を口にする彼。それが許される異常な魔法の実力。

 間違いない、彼は――。

 ヴァールシアは思わずシエルを見ると、彼女も同意見だったようで、小さく頷いた。


「シエル様……では、やはり」


「うん。多分、間違いない。私たちは、幸運」


「何の話だ?」


「それは後で説明させていただきます。……話を戻しましょう。そのエデンから、私とシエル様は出てきました。ヒューマンたちの姿を直に見るために」


「ただの散歩で、君たちは襲われたっていうのか? 馬鹿だろ」


「ヒューマンにとっては馬鹿でも、天使にとっては重大なルール違反だからです」


 ヴァールシアとシエルの表情が暗くなった。

 場の空気が悪くなっているのを悟ったウィズは、強引に話を継続させる。


「ルール違反って、まさかいちいち三大代行様のお伺いをたてなければいけないのか?」


「近からず、遠からずです。位の低い天使が外界に降り立つには、その上位である天使からの許可、もしくは命令が必要です」


「うわ、仕事じゃないか」


「私は三大代行の一つ下の位である第一級天使。私が外界に降り立つには、三大代行の許可か命令が必要です」


「へ~。君が第一級天使、じゃあシエルは何だい? フェザラルと同じくらい?」


 その瞬間、ヴァールシアが怒った。それは主の侮辱に対する激昂だ。




「ヒューマン!!! シエル様は三大代行が一翼ッ! “心の翼”シエル様だッ!!! ヒューマンが見下せる存在じゃありませんよッ!!!」




「なんだとぉぉぉぉーッ!?!?!?」


 その話を聞いたウィズはまず何を思ったか。

 ――全くそんな力を感じない。

 秘められている魔力は途方も無い量だ。だが、それだけ。強者特有の匂いはない。

 見た目少女、感じる力皆無。こんな状態で、どうその神話の存在を夢想すればいいのだろうか。

 ウィズは混乱した。


「し、シエル……触っていいだろうか?」


「はい」


 その言葉にヴァールシアは思わず双剣に手をやったが、シエルは一睨みしてそれを制す。

 邪魔が無くなったので、シエルを触り始めるウィズ。どこからどう見ても子どもの肌感触。肌質はまるで最高級のシルクを思わせる。

 少しでも爪を立てれば、簡単に食い込んでしまうだろう。


「子どもだ……どう触っても……。雪のように透き通り、餅のように柔らか……、一種の国宝を連想せざるを得ない……」


「私に力を感じない。そうですよね?」


「あぁ……。魔力はともかく、身体能力はどうだ? その辺の子どもと喧嘩しても負けるんじゃないか?」


「その通りかもしれません。今の私は力を封じられ、力を大幅に削がれた状態です」


「君が? 誰に封じられたっていうんだ……まさか」


 ヴァールシアの言葉を信じるのならば、シエルは神話的に強い天使たちの最上位。そんな彼女をどうこう出来るものは、そういないだろう。

 ――例えば、シエルと同格以上の存在でなければ。


「力の翼、知恵の翼。私は……強行して地上に降りようとした時、他の三大代行によって、力を封じられました。そして、ヴァールシアにも」


 ヴァールシアが悔しそうに頷いた。


「シエル様を追ってこようとする三千の天使たちを倒した際に、シエル様と同じ封印魔法を掛けられ、大幅に弱体化しました」


「君はあれで弱体化しているのか……ッ!?」


「本来貴方ごとき、触れずに倒せます」


「素晴らしい挑発だなッ! ついノッてしまいそうになったよ!」


「ヴァールシア」


「はっ! 私はこれより沈黙の石像となりましょう!」


 宣言通り、固く口を閉ざしたヴァールシア。シエルが絡めば、どこまでも従順なのだ。

 シエルは話を戻す。


「エデンでは、人間は管理されるべき愚かな保護対象という評価です。……けど、私は確かめたかった。人間は本当に管理されるべき愚かな保護対象なのかどうかを。私は、人間は自分の足で立って、自分の頭で考えて、自分の意思でどこまでも歩いていける存在だと、思っています。だから、ルールを破りました。処分される危険を承知で、この地上に降りてきたのです」


 嘘は言っていない。

 直感だが、ウィズはそう心得た。

 それだけのために、力を削がれ、死ぬリスクを飲んだのだ。


 イカれている。


 ウィズは、感動もなく、そう思った。

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