第12話 実力的圧勝ッ! 精神的惨敗ッ!

 直撃を確認したウィズは追撃のため、更に攻撃魔法の用意をする。

 こと戦闘に関して、一切容赦のないウィズの頭の中は、既にクリムを消滅させるまで攻撃するという方針で固まっていた。

 ウィズの右手に風の刃が集まっていく。彼の規格外の魔力をもってすれば、ただの下級魔法でも絶大な威力を持つ攻撃魔法となる。

 

「くっそ……アタシが、こんなヒューマンなんかの攻撃でぇ……ッ!」


「まだ生きていたのか。これでも僕、かなり殺意を込めていたんだけどね」


「アンタごときの攻撃でこのクリム様が死んで堪るかぁ!」


 胸に空いた穴が光り輝き、どんどん傷が塞がっていく。人外の回復力。そこでウィズは改めてこの“天使”という存在が常識はずれの存在だということを痛感させられる。


「じゃあ死んでくれ!」


 巨大な風の刃が出来上がった。防御魔法に精通していなければ一秒で木っ端微塵は確定の攻撃力。ウィズは一切の躊躇いなく、クリムへ放つ――!


「けどアタシは万が一にも死にたくないからここでおさらばするわ! じゃ、そゆことで!」


 クリムが二振りの突撃槍を地面に突き刺した。次の瞬間、突撃槍が爆発する!

 閃光! そして爆風がウィズの視界を妨げる!


「忘れてた! ヒューマン、アンタ名前は!?」


「ウィズ・ファンダムハインです! 逃がすかよ!」


「ウィズ・ファンダムハインね! アタシはクリムよ! ウィズ、アンタの名は覚えたわ!」


 風の刃が解き放たれる! 地面を抉り、空間を削り取る。まさに極大の破壊空間。無音の滅殺がクリムへ襲いかかる!

 しかし、既に、そこにクリムはいなかった。


「くそ! 追いきれなかった!!」


 地面を殴り、悔しさの涙を流すウィズ。元々自分の至らなさでパーティーを追い出された経験があるので、こういった“失敗”に関してのショックは凄まじいものだった。


「ヒューマン」


「何だよ! 僕は失敗した……くそ、駄目なやつだ、僕は!」


「ウィズ」


 シエルが言った。


「あの……」


「何だよ……僕は今、失敗をしたんだ。後悔する時間くらいは――」


「ありがとう。助けられました」

 

 その言葉を聞いたウィズは全身が硬直した。

 

 ――ありがとう。


 その言葉を最後に聞いたのはいつだろうか。ただ、酷くウィズの鼓膜に染み込んだ。

 再びウィズは涙を流した。それは悔しさではなく、喜びの涙。ウィズは泣いた。大きな声をあげて泣いた。

 彼が泣くのをしばらく見守っていた天使二人。それは数分続いた。


「……落ち着いたかヒューマン」


「あぁ、お見苦しい所をお見せした」


 沈黙が辺りに流れる。先程まで神話の戦いをしていたとは思えなかった。

 しかし誰もそのギャップを指摘しない。

 ウィズは二人を見ず、自宅の方を指差した。



 ◆ ◆ ◆



「お茶でもどうぞ」


「ヒューマンが淹れたお茶……仕方ない、いただきます」


「いただきます」


 応接用のテーブルまで二人を連れてきたウィズは、村から購入した来客用のお茶を出した。そこそこ良い値段がするものだ。だがその分、香りと味が良い。


「ほぉ……やりますね。ヒューマンにもこれほどの茶葉が作れるとは……」


「ヴァールシアのところの茶葉は、さぞかし良いものなんだろうね」


「もちろん。ヒューマンごときとは質が違います」


「じゃあその茶飲むな、返せ」


「人に与えたものを気分で取り上げるだなんて……! なんて薄情な男ですか」


 再びぎゃあぎゃあと言い合いになるウィズとヴァールシア。

 シエルはその様子を見ながら、ちびちびとお茶を飲んでいた。


「そ れ で だ。いい加減ちゃんと話をしたい。君らは一体何者で、どこからやってきて、何でシエルが追われているのかを、説明して欲しい。というか、してくれ」


「それを話す義理は――」


「じゃあ僕はもう好き勝手な行動をさせてもらうぞ。君たちがここにいると、世界へ向けてお知らせする準備は出来ているんだぞ」


 そう言いながら、ウィズが手のひらに作り出したのはマイク型の魔力体。これに声を吹き込めば、即、世界へ向けてウィズの声が広がるという効果だ。

 ひと目見て、ヴァールシアはそれが脅しでないことを理解した。ふざけた形だが、込められている魔力と効果は本物だ。


「……分かりました。まずは私たちが何者か、改めて説明しましょう」


「“天使”……確か、シエルはじめ、皆が口にしていた言葉だったね。そもそも、それはどういう存在なんだ?」


「世界の均衡を維持するバランサー、霊長類の平和の護り手。我らはこの星が産んだ調停者です」


「あの第三級天使フェザラルがそう名乗っていたのを思い出す。それにしては……君とシエルには翼がないように見えるが……」


 ウィズの指摘はもっともだった。

 フェザラル、そしてクリム。共に大翼が存在した。だが、彼女たちと同等の存在らしき二人にはそういったモノはない。どこからどう見ても、人間だ。


「今、私とシエル様が事もあろうにヒューマンと――そう勘違いしていませんか?」


 ヴァールシアが双剣の柄に手をかけていた。いつの間に触っていたのだろうか、これも天使がなせる早業の一つ。

 ウィズは心の底から面倒だったが、言葉を引っ込めることにした。ここで変にこじれては、進むものも進まない。


「あぁ、思っていたけどたった今、引っ込めた。だからもう絡まないで話を進めてくれ」


「ヴァールシア、お願い」


「お任せあれ」


 すると、ヴァールシアはこう言った。


「私たちは天使――それは間違いないです。ですが、今の私たちは天使であって天使ではない」


「謎掛けかい?」


「いいえ、文字通りの意味です。そうですね……その辺も少しお話しましょうか」


 今、明かされるヴァールシアとクリムの事情ッ!

 ウィズは微塵も興味はなかったが、知らなければ今後のスローライフに大きな影響を与えそうだと踏んだため、あえて聞いてやっているのだッ!

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