第10話 紅髪の天使ッ!

 空から降ってくる流星を前に、ウィズはうろたえていたッ!

 その傍らでは双剣を抜いていたヴァールシアが流星を睨みつけている。


「来ましたか」


「何だ!? 何が起きているんだッ!?」


「騒がないでくださいよヒューマン。呑気にしていたら追手が来た。それだけのことです」


「はぁ!? ならさっさと去ってくれよ! せっかくの僕の家がめちゃくちゃにされたら責任とってくれるんだろうな!」


「家がめちゃくちゃにされる程度で済めばいいですがね」


 ウィズの抗議の声は、流星から放たれるソニックブームによってかき消されたッ!

 どんな馬鹿野郎がやってきたのか。ウィズは目を凝らしてみた。すると、驚くべき“もの”が視界に飛び込むッ!


「女!? だがあれはッ!?」


 人外の美貌。血のように紅い短髪。ローブのような衣服。背には白き大翼。そして何よりも彼女から迸る圧倒的戦気ッ!

 ウィズはその存在に覚えがあった。

 先日、死闘を繰り広げた存在。その名は――。


「天使――なのか」


「ほう、知っていましたかヒューマン」


「あぁ、先日倒したから覚えている」


「――――今、何と?」




「ヴァールシアァァァァァァァッ!!!!!!!!!」




 着地の衝撃が世界に伝わる。彼女の周囲の地面はめくれ、風向が変わり、動物は逃げ出す。自宅にもその余波が来そうだったので、ウィズは防御魔法を展開した。結果は大正解。判断が遅ければせっかくのマイホームが瓦礫の山と化していた。

 そんな彼の苦労もつゆ知らず、紅髪の天使は剣に酷似した突撃槍ランス二振りをそれぞれの手に構える。


「ようやく見つけたッ! ヴァールシアッ! この第一級天使クリムが直々に来てあげたわよッ!」


「クリム……貴方が出てくるのはもっと先かと思っていましたよ」


「下っ端を無量大数回送ってもアンタにしてみたら脅威ではないでしょ? だからこのアタシが直々に出向いたッ!」


「懸命な判断です」


 そのやり取りの最中、ウィズは“クリム”と名乗る天使の言葉について考えていた。


(第一級天使……この前戦った第三級天使フェザラルとどれくらいの差があるのか)


 彼の脳裏をよぎるのはあの閃光のような時間。全てを出し切るにふさわしい相手。気づけばウィズは一歩前へ出ていた。


 瞬間、彼のつま先数ミリ前の地面が抉れた。


「動くなヒューマン。この第一級天使クリム様はアンタの行動を許可していない」


「自分の許可は自分で出せる。そんなことよりも、だ。君は先程第一級天使と名乗ったな? 第三級天使とはどれくらいの実力差があるんだい? 教えてくれないか?」


 目の前に出されたご馳走を我慢するかのような顔で、ウィズは質問していた。自分で自分の表情をコントロール出来ない。

 そんな彼をゴミのような目で見つめているクリム。


「……何故ヒューマンが天使の等級を知っている? アタシは“第三級天使”なんて一言も言っていない。……ヴァールシア?」


 クリムはヴァールシアを見るが、彼女が首を横に振ったのを見て、余計わからなくなった。

 すると、ウィズはさらりとこう言ってのけた。


「第三級天使フェザラルと戦った時に彼女がそう名乗ったんだ。だから倒した僕は礼儀としてその名を覚えていた。それだけだ」


「なっ……!」


「フェザラルに打ち勝った……ですって?」


 ヴァールシアとクリムが同時に驚く。


 ――天使を倒した。


 気が狂ったとしか言えない妄言。世界の均衡を維持するバランサーとして存在する天使にとって、敗北は許されない。ましてや管理対象である人間に打ち倒されるなどあってはならない。

 第一級天使クリムは彼の発言の真意を探る。


「……格としては最下級の第三級天使とはいえ、フェザラルはその第三級天使筆頭よ。ヒューマン、アンタ――冗 談 に し て は 笑 え な い の だ け ど ?」


「事 実 を 述 べ て い る だ け だ が ?」


 クリムは片方の突撃槍を軽く振るった。まるでハエを払うかのような動作。

 だが、その軌跡は不可視の斬撃と化し、ウィズ目掛けて走るッ! 一つの斬撃は二つになり、二つの斬撃は四つとなり、四つが八つに、そしてまた倍増し――。

 一秒ごとに繰り返される斬撃の分裂はウィズの至近距離へ到達する頃にはその数を数万にまで増やしていたッ!

 もはや壁。斬撃の壁を通り抜けた頃には、ウィズ・ファンダムハインという存在が分子レベルすら残らず切り刻まれることはもはや当たり前の未来。


「砕けろヒューマン」



 斬撃の壁が通過する瞬間ッ! ウィズの身体が発光したッ!



「ふぅ……間に合ったか」


 無事ッ! ウィズ・ファンダムハインは無事だったッ!! その体には掠り傷一つないッ!

 この結果は流石のクリムも想定していなかった。天使という存在はそういうものなのだ。自分の攻撃は“攻撃”ではなく、“処理”。ちり紙を捨てるのに気負う人間は誰一人いないだろう。彼女はそういうつもりで突撃槍を振るったのだ。


「……何をしたの? アタシの攻撃は防御はおろか、回避なんて不可能なはずよ」


「だ か ら 全 部 撃 ち 落 と し た」


「は?」


 ウィズが指を鳴らすとクリムの周囲に魔法陣が無数に展開された。その一つ一つにエネルギーが溜め込まれている。

 それが攻撃だと気づいたクリムは既にその場にいなかった。ドーム状となった魔法陣の中心へ破壊光線が放たれる。そのドームの隣にいたクリムはその攻撃を横目で眺めていた。


「その魔法は知識としてはあるわ。〈バニシング・シューター〉よね。ヒューマンにしては中々難しい魔法を使うみたいだけど……まさか」


「僕は〈バニシング・シューター〉には少し自信があってね。斬撃は全てこれで撃ち落とさせてもらったよ」


 この魔法を知っている者が今のやり取りを聞いたら“そんな馬鹿な話はない”と断じられていた。

 クリムも人間の使う攻撃魔法のことは知識として頭に叩き込んであるので、この〈バニシング・シューター〉がどれだけおかしいのかが分かっていた。

 規格外の魔法を操る者。

 クリムの見る目が少しだけ変わった。



「オーケー。少しアタシは貴方を見くびっていたようね。――天使舐めるなヒューマン」



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