第9話 シエルッ!

 エメラルド色の髪が美しい少女シエルがよろよろと歩いてきた。

 どこか儚げな印象を抱かせる彼女は今にも倒れそうだった。




「シエル様ァァァァァァァーーッ!!!!!!」




 ヴァールシアが双剣を左右の鞘に収め、一目散に駆け出した。後ろからウィズが攻撃するという可能性など全く考慮していない。それだけシエルの目覚めが彼女にとって大事なのだ。

 当然、ウィズは騎士道精神を見せ、攻撃を中断した。下手をすれば何の罪もないシエルが巻き添えを食う可能性がある。あそこでかすり傷一つでもつけてしまえば、ヴァールシアと本当に命のやり取りをするであろう――そんな推測は非常に容易であった。


「ヴァールシア……私、痛っ!」


「し、シエル様!? おいヒューマン! シエル様が苦しんでいます! 早くなんとかしなさい!」


「ついさっきまで戦っていた僕に良くそんなことが言えるな。恥ずかしくないのかよ」


「シエル様の健康と私のプライドごときが釣り合うとでも思いましたか? もっとよく考えてください」


「あッ! 怒りで頭の血管が切れそうだッ!」


 ウィズが怒りを鎮めるにしばし時間が掛かった。

 その間、シエルはじっと見つめていた。


「ふっっうぅ~……僕はクール、僕はクール」


「あの……」


 シエルが恐る恐る口を開く。実にか細い声だった。

 そんな彼女の反応にウィズはつい言わなくても良いことを口にする。


「正直驚いたよ。傲慢な態度を取るヴァールシアが必至に護るくらいだから、君はとびきり傲慢な子だと思っていたよ」


「首を差し出してください。一息で刈り取って見せましょう」


 双剣の柄に手をやり、睨みつけていたヴァールシア。その眼力はそれだけで射殺せるほどに怨念が込められていた。

 その様子を見ていたシエルが手で制した。


「ヴァールシア、駄目」


「命拾いしたなヒューマン」


「……跪きながら言っても凄みはないから」


 シエルとヴァールシアの間には確かな主従関係が見て取れた。

 しかしそこまで。ウィズはそこから一切の興味はなかった。彼は傷ついた心を癒やすためのスローライフを求めている。 

 さっさと出ていって欲しい。

 彼はその一心だった。


「貴方が私を助けてくれたんだね」


「ウィズ・ファンダムハインです、こんにちは」


「こんにちは」


 丁寧に挨拶をするシエル。この段階でウィズの好感度は非常に高かった。

 後は気持ちよく別れて、気持ちよく酒盛りをするだけ。

 そのつもりでウィズは話を続けた。


「君達が訳ありなのは何となく分かる。だから僕は何も聞くつもりはない。そのまま回れ右をして帰ってくれないだろうか? お互いの心の平和のためにも、早く忘れたほうが良いだろう? ね? ね?」


「それとこれとは話が違います。私とシエル様を追ってくる者たちがいる以上、貴方という最大級のリスクは排除しておかなければなりません。だから再びお願いします。粉微塵になって死んでください」


「話をする気のない新種の生物だということを再認識できて僕は嬉しいよ。だから丁寧に回答しよう。く た ば れ」


「分かりました。それならば決戦といきましょう。シエル様、お下がりください。このヒューマンを徹底的に切り刻まなければ、私達の今後の平和はあり得ません」


 まるで狂犬だ。品位のかけらもない。ウィズはヴァールシアを心のなかで見下していた。

 元よりファーストコンタクトの時点で印象最悪だというのに、更に下へ突き抜けてしまっている。彼はある意味感動していた。


「ヴァールシア、駄目」


「はい、シエル様」


「話が進まない……ッ! ねえシエル? で良いんだよね。しばらくヴァールシアを黙らせることって出来るかい?」


「出来るヴァールシア?」


「私はこれより物言わぬ物質となりましょう」


 座り込み、一切口を開かなくなったヴァールシア。

 シエルが“死ね”と言ったら、即自害する女だ――改めてウィズは確信した。


「とりあえず話“だけ”聞いてもいいかな? それ次第ではヴァールシアも納得して、君たちは無事ここを離れられるかもしれないからね」


「うん」


 ヴァールシアが睨みつけていることは気づいていた。

 しかしここで反応するとせっかくの努力が水の泡になるので、ウィズは努めて視界に入れないようにした。


「まず最初に聞きたいんだけど、君たちって人間? ずっと意識しないようにしてたけど、ヴァールシアの物言いは明らかに普通じゃない。だけど彼女は錯乱しているようには見えない。なら、そういうだけの理由があるはずなんだ」


 ただの精神異常者ならば優しい目を向け、背中をぽんぽんと叩いてあげればそれで円満に解決できる。

 しかし、ヴァールシアは明らかにそうではない。確固たる意思を持ち、明確な目的を胸に、彼女は動いている。

 質問を受けたシエルは悩んでいるようだった。視線は下に向け、組んだ両手は落ち着かない。それでも彼女は話そうと何度か口を開閉し、ついに覚悟を決めたのか、力強い瞳をウィズへ向けた。



「私達は“天使”です」



「疲れているんだね。大丈夫、精神的疲労はいつか回復する。だから君もいきなり天使だなんて妄言は吐かないほうがいい」


「……私は追われています」


「……あくまで訂正しない、か。まあ良い。そういえばそこも気になっていたんだ。君たちは一体誰に追われているの? ムカつくけどヴァールシアがいるのに追われるだなんて考えづらいんだけど」




 その時ッ!!! 天空より落ちてくる一筋の流星ありッ!!!!!!





「これはァァァァァァーーーーッ!?!?!?!?」





 ウィズはこの展開にデジャヴュを感じていたッ!

 直後、足元から徐々に上ってくる圧倒的恐怖ッ!!! 常人ならばその場で泡を吹き、卒倒するッ!!!

 この神話的戦気を醸し出す存在とはッッッ!!!!!

 

 流星から大翼が生えるッッッ!!!!!!

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