第2話 振るわれる神の鉄槌ッ!

「どうぞ」


「ありがとうございます」


 その場でオサラバ! という訳にもいかなかったのでお茶を飲んで帰ってもらおう――その一心でウィズはリリウム・センテリオンと名乗った女性を家の中まで招いた。

 テーブルに座らせ、ウィズが出したのはシルバ村で買った安物の紅茶とカップである。

 少し気が引けたが、それでもリリウムが美味しそうに飲んでいるのでウィズはひとまず良しとした。


 ウィズはじっとリリウムを見つめる。

 黒髪の少女、髪は高い位置で一つに束ねている。そしてスタイル。これがまたウィズを困惑させる。低身長ながら大きな胸が正直、目を引く。しかしこういった類はフレンのパーティーにも居た。

 魔性の女と相場が決まっている。ウィズは心のなかで見下していた。


「あ、あの!」


 リリウムが立ち上がった。


「あのウィズ・ファンダムハインさんですよね!?」


「そうだ、僕がそのウィズ・ファンダムハインさんだ」


「私と一緒に来てくださいませんか!?」


「お断りします」


「なんでですか!?」


 リリウムの勢いに合わせて対応してみたが、既に彼女は泣きそうだ。だが、ウィズは可哀想とは思わない。何せこの手のお涙を誘うのはだいたい悪魔の手先か何かなのだ。同情の余地はない。


「ウィズさんが来てくれなきゃ私、怒られちゃいますよ~!」


「誰に、何の理由で怒られるんだ……? 辺境一の剣士フレンのパーティーをクビになった僕ごときを連れてこられないから怒られるのかい?」


「そうじゃないです! でも軍団長に怒られちゃうんですよぉ!」


「軍団長……? じゃあ君、軍の手先なのかい? どこの軍だよ……こんな僕に興味を示すやつなんて……」


 するとウィズの言葉を遮るように、リリウムがその張本人の名を告げた。


「コルカス王国軍軍団長オルフェス・レイレナール様です」


「オルフェスだと!?」


 その名を知らない、とはとてもじゃないが言えなかった。あの人が良くて、意地の悪い奴を一秒たりとて忘れられる訳が無い。

 

 ウィズはオルフェスを良く知っていた。

 何故なら奴は――彼女は――!!


「何でまだ幼馴染のあいつの名前を聞かなければならないんだよ……」


 オルフェス・レイレナールは昔からの幼馴染だ。

 そして、いつもウィズへちょっかいを掛けてくる、彼にとっての頭痛の種。


「リリウムさん、だっけ? 今ならまだ僕は聞かなかったことにして、このまま君を気持ちよく帰すことが出来ると思う。だからもう帰ってくれないかな?」


「帰れません! ウィズさんを連れて帰れなかったらオルフェス様がしばらく食堂の肉料理の提供を禁止するって言ってますので!」


「……僕が実力行使に出たら?」


「死ぬギリギリまでウィズさんを説得します! だって肉が人質に取られているから!!」


「あ、頭がタンパク質に支配されている……!」


 この類の人間を説得するのは無理だとウィズは長年の経験で知っていた。それこそ殺しでもしなければ彼女の決意が変わらない。

 ウィズは天を仰いだ。オルフェスは完璧に弱点を突いてきた。こういった理屈じゃ説得できない相手をぶつけることが、ウィズ・ファンダムハインにとって打撃だということを実に良く理解していた。


「君はどうしたら諦めて帰ってくれるのかい?」


「にく……ウィズさんが来てくれたら帰ります!」


「いま君、“肉”って言ったね? 僕が肉に見えたのかな? 君にとって、僕はダンジョンの奥深くにある宝箱にでも見えているのかな??」


 ウィズが先程決めたスローガンは、安らかなスローライフ。

 それを妨げる彼女はもう考えられる限りスマートな手段で消滅させた方が早いのではないか? そんなことをウィズは考えていた。


「……来てくれる気はどれくらいありますか?」


「微塵もないです」


「そ、そんなぁ!」


 ガーン、という擬音が彼女の頭の上に視えた。しかしそれで少しでも同情しようという気持ちは一ミリもない。

 このまま大人しく帰ってもらおう、そうウィズは思っていた。



 その時!!! この一帯を覆う、感じるもおぞましき圧倒的覇気!!!



「リリウムさん、伏せろォォォォッ!!」


 コンマ秒の疾さでウィズが右手を天空へと掲げた。

 彼の手から光り輝いたと思えば、彼の牙城が紫色の防御障壁に包まれた!

 直後、巨大な振動がウィズとリリウムを襲う!!


「な、何だ……! 今のは!?」


 ウィズは走り出していた。

 未知への恐怖は彼にはなかった。むしろ、ここまで“本気”の防御をさせた相手が誰なのかが知りたかった。リリウムのことは既に眼中にはない。


 家の外に飛び出したウィズは腹の底から叫んだ。



「誰だァッ!!?」



 ウィズの前方。見るも清々しい青い空に一条の光が差し込んだ。

 神々しい。だが、全身を凍らせるような超越的殺気!




『〈黄昏たそがれの槍〉を防げる霊長類がまだ存在していたとは……』




 雲を切り裂き現れたるは、一言で表すのならば――“天使”だった。

 人外の美貌、長い金髪、背の白き大翼、身を包む甲冑、双手に握るは槍と盾。見るだけで正気を失わん未知がそこにはあった。


「な、何者だァァァッ!?」



『世界の均衡を維持するバランサー、霊長類の平和の護り手。我らはこの星が産んだ調停者なり』



 天使は大翼を更に大きく広げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る