ヒー・ウォンツ・トゥ・スローライフ~世界をぶっ壊してしまう力を持った男がパーティーを追放された結果、世界を消滅させてしまう天使と出会い、スローライフを強く求める物語。以上!~

右助

第1話 やる気のない魔術士ッ!

 獅子は兎を狩るのにも全力を尽くす。

 しかし、全力を尽くした結果、世界が壊れるとしたら獅子は手を抜かざるを得ないだろう。



「ウィズ。お前は何でそうやってやる気が無いんだよ!!」



 宿屋の一室。男の怒号が響く。

 室内では整った顔立ちを持つ金髪の男が栗毛の男の胸ぐらを掴んでいた。周りには妖艶な雰囲気漂う魔女、気弱そうな女僧侶、そして屈強な男剣士がただ事態を眺めていた。


 栗毛の男ウィズ・ファンダムハインは周りを見て、味方が居ないことを受け入れた。最初から期待はしていないが、それでも一縷の望み、というのはあったのだ。

 ここで涙の一つでも流そうものならば金髪の男フレン・ヴァーミリオンが更に勢いづくことは目に見えていた。


「僕は邪魔にならないように立ち回っているはずだよ」


「それが問題なんだよ! お前は仕事していないように見えるんだよこっちはさ!」


「そんな……僕は最低限の仕事はしている」


「お前の動きを見て、誰がそんな事を信じられるんだよ!? 戦闘じゃ中途半端な威力の魔法しか撃たない、補助魔法も下手くそ、お前は一体何が出来るんだ!?」


「それは――」


 ウィズが反論しようとしたらフレンの怒声で遮られる。


「この辺りじゃ魔法の腕が良いって噂を聞いたからお前をパーティーに入れたってのに……。とんだデタラメだったな!」


「フレン、何を考えているんだ?」


 嫌な予感がしたウィズは発言の真意を問いただそうとする。

 するとフレンが扉を指差した。


「もうお前はウチのパーティーには必要ない。さっさと出ていけ」



 戦力外通告。



 この五文字がウィズへ突きつけられた。

 ウィズはフレンに縋るように歩み寄った。


「ま、待ってくれフレン! 折角見つけた居場所なんだ! これからはもっと働く! だから!」


「しつこいぞ!」


 ウィズの右頬に突き刺さるフレンの拳。絶えきれず、ウィズは扉まで吹き飛ばされてしまった。

 しばらく立てなかったウィズの身体に小袋がぶつけられる。


「ぐっ……!」


「後で変な噂広められても面倒だから、退職金はやる。それ持ってさっさと消えな!」



 この日、ウィズ・ファンダムハインは辺境一の剣士であるフレンのパーティーから追い出されることとなった。



 ◆ ◆ ◆



 二週間後、彼は王都を出ていた。

 馬車を乗り継ぎ、辿り着いたのは王都から離れた所にある草原の村――シルバ村。平和でのどかな雰囲気が持ち味の村だ。


「何でこんな事に……」


 村長に軽く挨拶をしたウィズはそのまま村を出て、小高い丘へと向かった。

 変わらない村にウィズは安心した。過去、何度かここを襲う魔物を無償で追い払ったことで村との付き合いがあったのだ。

 村人は朗らかだった。変わりない優しさが今のウィズには強烈に染み渡った。


「まあ、でもフレンが退職金をくれたから、小さいとはいえ、一軒家を建てる事が出来たんだけどな」


 小さな家を見上げると、まだフレンの言葉が重くのしかかる。


「やる気がないんだよ、か」


 両手を開き、じっと見つめるウィズ。彼の表情は僅かな疲れと大きな絶望に満ちていた。


「やる気が無いわけじゃないんだよ……本気でやれないだけなんだよ」


 早速新居の中身をチェックしようとウィズは扉へ手を伸ばす。

 その時だった!



「きゃああああ!!!」



 女性の悲鳴! 直後、感じる圧倒的な戦気!!

 何かが女性を襲っていると確信したウィズはすぐに現場へ急行した。


「な、何でこんな所にスプリントドラゴンが……!!」


 到着したウィズの目に飛び込んできたのは小柄な女性が大剣を構え、二本脚の魔物『スプリントドラゴン』と対峙している所だった。

 ウィズは理解が追いつかなかった。強靭な二本脚で獲物に飛びかかり、一瞬で喉元を喰らうスプリントドラゴンなんていう凶悪な魔物がこんな所にいるはずがなかったからだ。


「私はこんな所で死なない! 私は生きてウィズ・ファンダムハインさんに会うんだ!!」


 呼ばれたのはまさかの自分の名。

 ウィズは何か宿命的なモノを感じ、思わず駆け出していた。


「気合を入れろリリウム・センテリオン! 私は勝てる!」


 大剣を横に構え、少女リリウムは駆け出した。接近し、勢いよく剣を振り抜く。勢いと武器の重量の合わせ技により、当たれば重い一撃が期待出来る。

 しかし、スプリントドラゴンはそう容易い魔物ではなかった。

 スプリントドラゴンが叫んだ次の瞬間、スプリントドラゴンはもうそこにはいなかった。


「え!? 上……!!」


 スプリントドラゴンの特徴は強靭な二本脚。異常なまでの脚力から繰り出される跳躍の後、標的へ真っ直ぐ蹴りを食らわせる。そして獲物を昏倒させた後、スプリントドラゴンはその肉を喰らうのだ。

 すなわち、攻撃を喰らうことは死を意味する。


「は、速すぎる……!」


 想像以上の速さ。リリウムは防御が間に合わないことを悟った。全身の血の気が引いた。見せつけられる濃厚な死の予感。

 本能が、己の目を閉じさせた。

 普通ならそれで終わりだ。


 その場にウィズがいなかったなら、の話だが。



「潰れろォ!」



 ウィズが右手五指それぞれに小さな青黒い球体を生み出し、スプリントドラゴンへ投げつけた。

 紙をくしゃくしゃに丸める時、片手あるいは両手でぎゅっと力を入れて潰すだろう。その時の紙は当たり前だが何ら抵抗することはなく一瞬で紙くずと化す。

 スプリントドラゴンがまさにその状態だった。

 頭、四肢にぶつけられた小型重力球はあっという間にスプリントドラゴンを潰しきり、やがて血の一滴すら飛び散らせず潰しきり、この世から消滅させた。



「世界を壊さないように加減するのは……やっぱり難しい」



 世界を構成する火・水・地・風の四属性を複合させた攻撃魔法〈グラビトン・ビーズ〉。大きさはちっぽけだが、その一つ一つが大陸一つ飲み込むほどの重力を持つ。

 ウィズは限界まで魔法をコントロールし、何とか存在を一つ消滅させる程度にまで抑える事が出来たのだ。


 そう、これがウィズの“やる気の無さ”なのだ。


 瞬きする程度の時間で世界をぶち壊せるほどの実力を持ちながら、それを良しとしない彼による努力の賜物。人類愛と言っても過言ではない。


「決めた……僕は世界を壊さないように、トラブル無く平和にここで過ごすッ!!!」


 ここまで共に彼の動向を見守ってくれた諸君ならばもうお察しのことだろう。



 これは、世界をぶっ壊してしまう程の力を持った魔術士が平和なスローライフを求めていく物語だ。

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