泥の雨②

 佐々木は鰻屋の(父方の祖父と食べに行ったのが最後だ)秘伝のタレのように撮ったものを継ぎ足しては継ぎ足して映画を作っている。映像を継ぎ足したものを何本か同時に作っていて、ずいぶん離れた時期に撮ったものを切り貼りすることもある。ただあまり撮影が長引くと、編集の過程で恣意が強く出過ぎると佐々木はこれも嫌う。らしい。僕は佐々木の編集現場を見たことがない。だからどんなふうに作業をしているのか、どんなことを話しているのか、よくわからない。撮影に参加したとき、砂除けの傘をさしながら話したひとりから少し聞いたきりだ。

 佐々木は室内劇だけでできた映画は作りたくないと言った。これは佐々木が言っているのを聞いたことだ。室内撮影だけで、だったかもしれない。劇というより撮影といったほうが合っているかもしれない。そこはかまわない。砂が降っているから室内だけで撮りますというのでは面白くない。天候に負けるわけにはいかない。映画監督は雨が降らなければホースで空中に水を撒き即席の雨を降らせたものだった。雨が降らなくても……つまりは空から砂が降っていようとも……映画は撮られるのだ、撮られなければならないのだ。空から砂が降っていようとも、とは佐々木は言っていなくてこれは僕が勝手に挿入した句だが彼が言いたいことはつまりそういうことだと僕は思っている。撮られなければならないのだ、と彼はくりかえした。聞いているのか? 聞いているのか? われわれは撮られなければならないのだ、われわれは……撮……映画は撮られなければならないのだ。酔っていた。佐々木は五本目のチューハイ缶を上下から押し潰した。ワッと歓声が上がった。試写が終わって明日は土曜で、皆休みをとっているから酒盛りだということになって、皆だいぶできあがってきたところだった。度数が一割に届くウオツカと果糖の割りものを飲む飲むまた飲む。佐々木と役者と音楽担当と僕とで円に肩を組んで右左に揺れながら歌った。伴奏は耳が覚えていた。冷たい初春の雨、土砂降りの雨には砂が混じり、空の泥がぞめぞめと屋根を叩いた。

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