泥の雨

 泥の雨が降る。雨に砂が混じって泥になる。僕は傘をさして家を出た。佐々木と映画館に行く予定だった。僕と佐々木は爪先の割れた靴を履いておおきな傘に入って歩いた。

 黒い丸い屋根の小さな二階建ての映画館で、何十年も前に撮影された古い映画のリバイバル上映だった。砂が降り出してからは撮影もひと苦労が必要になったし、観客も砂を気にしない世界を求めたので、多くの映画館では古い映画がくりかえし観られるようになった。佐々木(ほんとうは勇飛という名前があるのだけどいざ書こうとすると気恥ずかしい)と僕はたたんだコートを足許に置いて席に座った。小説を翻案した映画で、逆さになった遺体が脚だけを水面に突き立て、屋根の上で首を絞められた男が天窓から蒼黒い顔を覗かせる。湖には、風が立てるさざなみだけが、濁ることのないあおあおとした緑で映し出されている。

 芝の丘に灰色の王冠。放射状にひらいた腕をもつコンクリートのオブジェが、開けた公園の一角に立つ。レジャーシートを敷いて憩いの場にすることもできなくなった緑地に各地の行政は巨大な碑を建てて再利用した。臨海公園には何本ものクラゲのような腕をそなえた人の背丈の倍ほどの円形の環が、東の瀬戸海に面した位置にある。瀬戸海のふかい青は、暗い雲の下ではただ黒い。碑の上に泥の雨が降る。

 佐々木はカメラを回して歩きながらぐるりとオブジェを撮る。泥の雨が碑に降る。晴れの日がつづくと砂が碑のうえに積る。雨が降ると泥が砂を碑から流す。海へと流す。海へ流れる砂は魚の命を奪ったわけではなかった。しかし敏感な膚をもつ魚たちは回遊路を住処を変え、それまでどおりのやりかたでは魚を獲れなくなった。折悪しく奇形魚がたてつづけに水揚げされて、少なからぬ人に忌まれた。海の魚を扱わない店も増えた。佐々木はカメラを回しながらオブジェの周りを歩き、眉山を正面から映すすこし手前でカメラを止め、山の正面をすこしはずれたところでまたカメラを回しだす。僕が少し映り込む。人影はあっていいのだと佐々木は言う。人がいてくれていい、無人の公園を撮りたいわけではないのだと。

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