7 自殺志願者は4歳児
死神のガクは気が付くと、河原の木の枝に足が引っかかり、逆さで宙吊りになっていた。
「なんだこりゃ。」
よくよく思い返してみると、ガクは納得して手のひらを拳でポンと叩いた。
「そだ、閻魔に突き落とされたんだ。」
さっぱり魂を回収して来ないガクは地獄の閻魔に文字通り干されたのだ。
〖任務を遂行出来ぬのならどうなるか分かっておろうな。〗
先程閻魔に振りかけられた重低音な痛い文字列がガクの脳内にコダマしている。
「しゃぁねぇだろ...自殺志願者に突然死神が現れたらそりゃ死ぬ気も萎えるっつの....。やっぱ自殺専門て不利だよなー!」
逆さまのまんまのガクはなかなかの声量で独り言を発した。
「お兄ちゃん何してんの?」
頭上、いや、地上から幼い声がする。
見ると3、4歳程の男の子が逆さまのガクを見上げている。
「あ?」
「ははっ。」
男の子はガクの反応に無邪気に笑った。
「お前なんで俺が見えんの?」
「羽生えてる。なんでー?」
質問を質問で返され、ガクはその漆黒の翼を一振りすると、ふわりと地上に降り立った。
「お前自殺志願者?んなわけねーか。ならなんで俺が見えてんだ?」
「何で1人で喋ってんのー?」
またも質問を質問で返されガクはたじろいだ。
「っ...こいつに聞いたって分かるわけねーか。えーっとー、お前何してんだこんなとこで。」
男の子は木の傍を流れる川を指さし言った。
「パパに会いにいくの。」
「あ?」
男の子の指さす方には川が流れるだけ。
父親どころか人の気配すらない。
「親父なんてどこにいんだよ。」
辺りを見回すガクに、男の子は言った。
「ママと行こうしたんだけど、ママ病院に行ったの。」
「..........さっっっぱり分からん。」
話の見えない会話にガクは頭をかいた。
「お兄ちゃん神様?」
「は?」
また突拍子もない質問にガクは唖然とした。
「神様?羽生えてる。」
「いや...神様っつーか死神な。」
「しにがみ?」
「まぁ神様みたいなもんか。」
「神様?じゃあパパを返して?」
「はぁ?」
ガクはまた頭をかいた。
子供は嫌いではないがどうも話が通じない。
「お前、何があった?言ってみ?」
ガクは男の子の目線までしゃがみ込み、仕方なさそうに話を聞いた。
「うんとね、パパは神様に連れて行かれたんだって。だからね、うんとね、ママと川に入ってパパの所に行こうとしたんだけどね、うんとね、ママが救急車に乗ったの。」
ガクは支離滅裂な文章を頭でなんとなく繋げ、整理して答えた。
「つまりあれか、死んだ親父に会いに心中しよーとして母親だけ溺れて運ばれた、ってとこか。たぶん。」
「??」
男の子は首をかしげて分かっていないようだが、ガクは更に質問した。
「ほんでお前1人で親父んとこ行こうとしてたのか。」
「うん、パパ連れてきたらママ元気になるでしょ?」
────ドクン....
その瞬間だった、男の子は父親を連れ帰る目的で川の中に入ろうとしてはいるが、どうやらそれは自殺者扱いとなる為、
ガクの頭の中に一気に男の子の情報が駆け巡った。
「なぁーるほどね、こんなのも俺の担当なのかよ...鬼畜すぎんだろ閻魔め...。」
「また1人で喋ってるー。神様ウケるー。」
そうケタケタと笑う男の子に、ガクは真面目な顔で話し始めた。
「よし、石川淳哉。お前の親父は神様に連れて行かれたんじゃねぇよ。」
男の子は突然名前を呼ばれてハッとガクを見上げた。
「お前の親父はさ、この川で溺れて死んだんだよ。」
「しんだ?どこに行ったの?」
「あの世だよ。」
また首をかしげる淳哉に、ガクはなるべく文章を崩すように続けた。
「あんなぁ、父ちゃんは、ここで釣りしてて、足が滑って流されて溺れたんだよ。分かるか?」
「危ないねっ。」
「そう、危ないっつか手遅れなんだよ。淳哉、父ちゃんはもう帰って来ねーよ。会いにも行けねぇの。」
淳哉はポカンと口を開けたままガクを見上げ、そっと呟いた。
「会いに行くもん...。」
一つため息をついたガクは、いつもとは違う質問を投げかけた。
「だってお前...死にてぇのか?」
「し...ぬ...?」
「そ、あの川に入ったら、父ちゃんには会えないわ、お前は死ぬわで母ちゃんめっちゃ悲しむぞ。」
「やだもん。死なないもん。」
子供の聞き分けの無さに白目を剥くガク。
「んー。どー言えばいいかねぇ。困ったなまぢで。」
淳哉を見ると、その目にはうるうると涙が溜まり始めていた。
「なーんだ、お前、ちゃんと分かってんじゃねーか。川に入ったって、父ちゃんには会えない。だろ?」
淳哉は頷きはせず、目に涙を溜めながらただガクを見つめたまま。
「ん”ーー。そんな目で見られましてもですね、俺元お巡りさんだからさ、迷子くんは早くおうちに帰したいのよ。分かれよ淳哉。」
「お巡りさん....ならパパを探してよ。」
淳哉はもう既に、叶わない願いであることは承知でも尚、ガクに懇願した。
頭をかいたガクは一度天を見上げ立ち上がり、仕方なさそうに話始めた。
「はぁ....分かったよ、分かった。今回だけだぞ。もう二度とねぇ。父ちゃんに会わせてやるよ。」
「ホント!?」
ガクの言葉に潤んだ目を丸くする淳哉。
するとガクは、もう一度天を見上げ、おもむろにパチンと指を鳴らした。
河原に一瞬そよ風が吹き抜けた。
「淳哉。」
背後から自分を呼ぶ声がする。
振り向くとそこには、生前と変わらぬ優しい笑顔で微笑む男が立っていた。
「パパっ!」
淳哉は父親に駆け寄り抱きつくと、声を上げて泣き出した。
「淳哉、ごめんな、突然お前たちを置いていなくなったりして。ごめんな。」
淳哉の頭を撫でながら父親は寂しそうに言った。
「パパ!いつ帰ってくる?」
「パパはもう帰れないんだよ。帰れないから、淳哉にお願いがあるんだ。」
その言葉に淳哉は顔を上げた。
「淳哉、パパが居ない代わりに、ママを守ってあげなさい。頼めるのは淳哉しかいないんだ。」
父親がそう微笑むと、淳哉は不思議そうに聞き返した。
「僕が守るの?僕.....出来るかな?」
「お前、ここまでパパを探しに1人で来たんだろ?すごいじゃないか。淳哉は強い子だね。必ず出来るよ。やってくれるか?」
淳哉の涙はもう止まっていた。
「うん!出来るよ!」
「そうか、良かった。なら安心してパパは天国に行けるよ。ありがとうな、淳哉。元気で、早く大きくなれよ。」
────────
日の暮れかけた、茜に染まる川の流れる中、
気が付くと淳哉は、河原で仰向けに横たわっていた。
「パパ....?」
辺りを見回しても父親も死神の姿もない。
すると遠くから、自分を呼ぶ声が聞こえてきた。
「淳ちゃーーん!淳ちゃーーーんっ!!」
淳哉は走ってくる人影に手を振った。
「綾姉ちゃーん!」
「っ!!淳ちゃん!!やっと見つけた!もうーーー!どこ行ってたのよもおおぉっ!!」
母親の妹で、淳哉の叔母にあたる人物が警察と共に淳哉を探していたようだ。
「あのねっ!パパに会ったんだよ!」
「へっ!?」
淳哉のあまりに嬉しそうな顔に、叔母の綾は目をうるませながら淳哉の手を握った。
「.....そう....そうね、淳ちゃんに会いに来てくれたんだね。よかったね...良かったね淳ちゃん。」
「うんっ!!」
叔母に手を引かれ河原の土手を歩いてゆく淳哉を、ガクは父親と共に橋の手すりに肘を付きながら見つめていた。
「サンキュー親父さんー。」
ガクがそう言うと、父親の姿がゆらりと陽炎のように滲みだした。
そしてゆっくりとその形は変化し、ガクと同じく黒いスーツ姿で背中に黒い翼を生やした、黒髪で短髪の男が現れた。
「誰が親父だ。人のことコキ使いおって。」
男は両腕を組み、ガクと同じく遠くに見える淳哉を目で追っていた。
「いや、シン様、なかなかの父親感だったぞ?あは♡」
「.....事故死専門の私の案件かと思って来てみれば...。なんでこんなとこで自殺専門のお前に使われなければならんのだ。」
「とか言って空気読んで父親に変化してくれたんだろー?助かったぜまぢー。」
「言っとくがセリフはお前が私の脳内に勝手に送ってきたものを復唱しただけだからな。あんな臭いセリフ生み出す柄とは思わなかったぞ。」
「っ....しょーがねーだろガキがゆーこと聞かねんだからよ。」
珍しく照れだしたガクを横目に見ながら、事故死専門死神のシンは今のガクに1番痛く刺さる言葉を投げかけた。
「お前これ.....閻魔様の案件だろ。いいのか?平安期からの古株の私より新人のお前が先に消されそうだな。」
ギクリと肩を窄めるガクは、即座に翼を羽ばたかせ宙に浮いた。
「あのさっ俺風邪ひいた的なあれってことにしといて!頼むわ!じゃっ!」
そう早口に吐き出して飛び立っていくガクを見上げながらシンは呟いた。
「......死神って風邪ひくのか?」
人間にはどうしようもない苦の瞬間がある。
金銭での失敗。
男女関係のモツレ。
自分以外の人間を傷つけた時、また殺した時。
そして、後追いの衝動。
それが自ら命を絶つ死へと発展してゆくなら、是非協力してやってほしい。
死神屋さんのガクさんに。
アナタの力で生を受ける魂たちに。
TO BE CONTINUED…
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