6 閻魔と死神
人は死ねば裁きを受ける。
生前の行いによって死後の行き先が決まるのはご存知だろうが、
虫一匹殺しただけで大半の人間が地獄へ堕ちるという。
そんな中、地獄でも天国行きでもなく、閻魔との無慈悲な契約を交わされ魂を預けざるを得なかったのが、地獄で働く獄卒たちである。
死神もまた、その一端。
魂となってあの世へ連れてこられた秀一は、ただならぬ威圧感と戦っているなうである。
目の前では祭壇の上の装飾煌びやかな椅子に座り足を組む、かの有名な閻魔大王とやらが自分を見下ろしているのだから。
閻魔は現世でよく見た鬼のような大男のイメージとは違い、
スラリと伸びた足を組み、青みがかった灰色の長髪にはフードを被り、
血の気のない顔には鋭く細い切れ長な目、筋の通った高い鼻がバランスよく配置され、
その冷たい眼差しで彼を睨みつけている。
周りをよく見渡してみると、閻魔の脇のデスクには秘書のような男が場違いにもパソコンを扱い何かを打ち込んでいる。
その横には大きなモニターに自分の生前の姿が映し出されていた。
亡者はこれがある限り嘘をついてもすぐにバレるのだ。
自分をこの場へ案内してきた死神はというと、一歩後ろでスラックスのポケットに手を突っ込み、
片足に重心を置き、片手ではさっきから無関心そうにスマホをいじっている。
「おい...死神...ここってあの世なのか.....?めちゃくちゃイメージと違うんだが....。」
生前とは打って代わり、場の雰囲気にあの威勢を放てないでいる秀一がガクへ問う。
「まぁあの世っつか地獄だけど、ここは裁判所だな。
あの世だっていろいろ進化してかなきゃ裁判追いつかねーからさ、1日何百といる亡者の情報を手書きの書類で管理してやがったから、
俺がパソコンとかスマホとかSNSとか導入させたんだよ。」
「SNSて...何に使うんだよ...。」
「え、獄卒間の情報共有のため。ほら。」
そう言ってガクはスマホ画面を見せた。
まるでTwitterのようなアプリ画面には
〖『拡散希望』衆合地獄で亡者一人逃亡なう。見つけてくれたら昼飯おごる。
いいね 126 RT 53〗
と表示されている。
「へ...へぇ...。」
「つか、本来なら裁判所は10個あって順番に審議されんのよ。
でもお前9人も殺してるし、俺に魂預けてっからいろいろすっ飛ばして、閻魔から直々の裁きを受けんだわ、よろしく。」
ガクはスマホをいじりながら淡々と説明した。
すると頭上から、重厚感のある低音な声が降り注いだ。
『菊田秀一。汝、生前の行いに於いては情状酌量の余地も無し。9人もの殺生を施し、自らをも自尽(じしん)するとは慈悲にも値しない。』
閻魔のその見た目と声の重圧に、秀一の身体はビリビリと電気の走ったように硬直した。
閻魔は変わらぬ冷たい視線で続ける。
〖だが、汝はそこの死神へ魂を預けた。他人の転生へ貢献したとみなし、恩赦を与えよう。〗
「えっ!まぢで!魂預けてよかったー!」
秀一はどん底から格上げされたと思い込み歓喜を上げた。
〖等活地獄、多苦処(たくしょ)での1兆6千億年の刑期を、1兆2千億年まで減刑としよう。そこで己の所業を悔い改めるがいい。以上だ。〗
「え。」
硬直する秀一に向かって、閻魔はその青白い手のひらを向けた。
すると秀一の額から赤い炎のような光が抜け出て、閻魔の手のひらへ吸い込まれて行った。
これがいわゆる魂のエネルギーだ。
「良かったなっ。4千億年も特したじゃねーかっ。」
背後のガクが白い八重歯を覗かせながらニカリと笑っている。
「ちょっ...待って!何だ1兆て!どんくらいだよ!」
慌てふためく秀一の両腕を、傍に待機していた獄卒の3メートルはあろうかという鬼達が持ち上げた。
「じゃあな秀一っ。俺とはここでお別れだっ。元気で頑張れよーっ。」
鬼達に腕を持ち上げられ地に足が着かない秀一はジタバタと暴れながら叫んだ。
「ざけんなクソ死神!聞いてねーぞ!お前に魂預ければ天国行けんじゃなかったのかよ!」
「あ?んなもん一言も言ってねーよ。」
ガクは連れ去られる秀一にシラケた口調で答えてやった。
「なんっだそれ!魂預けたって俺に何の得もねぇじゃねーかぁぁああああーーーー!」
秀一の叫び声は広い裁判所の出口である大きな扉が締まり切るまで響いていた。
ガクが裁判所を出ようとその扉へと歩き始めた瞬間、あの低音が響いた。
〖待て。ガクよ、今日はこの一体のみだとは言うまいな。〗
ギクリと足を止めるガクは振り返り引きつった笑顔で答えた。
「あは。閻魔さまー、1人落とすのにも結構時間かかんすよー?」
〖貴様が余計な情けをかけるからではないのか。〗
閻魔はやはり表情一つ変えず冷たい視線で見下ろしている。
「いや、そもそも自殺専門死神て不利でしょーっ。病死とか事故死とかならそのまま魂持って来れるっすけどー、
俺の場合生前の本人の許可を得なきゃなんないんすよー?」
そのガクの愚痴を聞いていたデスクの秘書が立ち上がった。
黒い燕尾服に眼鏡をかけた、金髪のオールバック、額から2本の角が生えた鬼の男。
裁判補佐から閻魔のあんなことやこんなことまでの身の回りの世話をする、いわば執事のような存在である。
「ガク。閻魔様のお計らいに文句でも?」
ズレた眼鏡をカチャリとかけ直す男は鋭い目付きでガクを睨みつけた。
「いやー、あはー。そーゆーわけじゃー....。」
ガクはなるべく笑顔を崩さないようニコやかに答えた。
「置かれた状況をありがたく思え。本来ならばお前も殺生を施した者が堕ちる等括地獄行きなのだぞ。」
「......はいはい、分かってますよーユキさんー。」
ふんっ、と1つ鼻息を漏らすと、執事のユキは閻魔の君臨する祭壇を登り始めた。
すると閻魔が再び口を開いた。
〖ガクよ....一つ仕事をくれてやろう。
いつまでも満足に任務を遂行出来ぬのなら、
どうなるか分かっておろうな。〗
更に煽りを効かせ見下ろす閻魔の威圧に、ガクの笑顔も更に引きつった。
「了解っすー....。」
すると閻魔はまた手のひらを翳し、白い光を放つと、ガクの姿は一瞬でその場から消えた。
「閻魔様、あんな脳天気な人の子など早急に裁いてしまっては...?」
閻魔の隣までやって来たユキは呆れたように言った。
〖あれでも頭はキレる。現に地獄の形態を効率化させたのも奴だ。少しは買っている。〗
「確かにそうですが....私くしには礼儀のないただの小僧にしか見えません。」
〖いつでも換えは効く。〗
そう言う閻魔の顔を覗くと、ため息をついて虚空を見つめている。
ユキは椅子の肘掛に腰を降ろした。
「閻魔様、お疲れですね。次の裁判まで時間はございます。少し休まれては?」
すると閻魔はユキの胸元に寄りかかり呟いた。
〖少し眠る。〗
「はい、閻魔様。」
ユキは閻魔のフード越しに頭を撫でた。
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