5 神になりたい男
全人類よ、見ていろ。
全てをリセットしてやる。
俺は.......神になるんだ。
さぁ、生贄を捧げよう。
日曜日の歩行者天国。
アホほど人間がひしめき合うこの通りのショッピング街は、男にとってこの上なく都合が良かった。
ショップ袋を何個も持ち幸せそうに歩く若者達。
人気のクレープ屋に列を成して並ぶ人々。
そんな情景や喧騒の中聞こえてくる楽しそうな笑い声、男には嫌悪と憎悪からなる地獄絵図でしかなかった。
そして男は肩に掛けていたトートバッグからダガーナイフを取り出し、即座に視界に入る人間に向けて片っ端から振り回し始めた。
「きゃぁぁぁあああーーーっ!!」
一番先に悲鳴を上げた女子高生らしき女へ振り向き、男は飛びかかった。
胸を刺し、その返り血を浴びると、その隣にいた友人らしき女の腹にもナイフを突き刺す。
その後ろの逃げようと後ずさりする中年の女の腕を掴み首を掻っ切る。
そうやって次々に30人以上を切りつけると、男は最後に恋人らしき女を庇う男へ馬乗りになり、その胸を何度も何度も刺した。
男は狂気に満ちた顔でうっすらと笑いを浮かべている。
大量の返り血を浴びた男は、馬乗りになる男から血みどろのナイフを抜くと、自身の首元へとあてた。
───これで俺は神になれる。俺に死などない。死をも超越した神となるんだ。
「は...ふははははははは....。」
男は声を上げて笑いだした。
その不気味さに、周りの人間は為す術なく呆然と立ち尽くしている。
そして、そのダガーナイフの切っ先が男の喉に突き刺さり、玉のような血液が溢れ出した瞬間だった。
「死ぬんすかぁー?」
男が声のする頭上を見上げると、空中で黒い翼を羽ばたかせた、逆さまの死神ガクが男の顔を覗いていた。
「っ!何だお前っ!」
男はその姿に驚き、すかさず声を上げた。
「どうもー死神でーす。」
ガクは場違いな軽めのトーンで答えた。
「それコスプレかっ?」
「いや、コスプレだとして浮いてんのはどう説明すんのよ。」
ガクは上空を旋回し、男の目の前に革のドレスシューズをコツりと鳴らして降り立った。
よく見ると周りの人間達や上空の鳥、ダガーナイフから滴り落ちようとしている血液など、全てが静止している。
「すげぇ!お前何なの!神!?」
男は目をキラキラと輝かせて見開いた。
「あ、いや、俺死神のガクね。
お前が崇めてる神とは違うんだわ。
そんでまた派手にやりましたなぁコレ。
どーすんだよ可哀想に。」
ガクは腕を組み、呆れた様子で周りを見渡している。
「死神?俺を迎えに来たのかっ?」
「まぁそんなとこだ。」
「すげぇ!死神ってホントにいるんだな!ならやはり俺も神になれるんだ!」
ガクはそう歓喜する男を冷めた目で見下ろしながら、無表情のまま話し始めた。
「お前何言っちゃってんの?
まぁ、聞けよ。
俺はお前の魂を預かりに来たんだ。あの世の生まれ変わりたい魂の為に、死ぬならお前の魂を渡してもらう。」
「あ?魂?やるわけねぇだろ。俺は神になるんだ。」
「へぇ?そうか、神になってどうすんだお前?」
「世界をリセットすんだよ!俺に逆らうやつは鏖(みなごろし)だ!」
「よし、いろいろ通じないやつだなコレ。
おっけ。」
そう言うガクが右手で指をパチンと鳴らすと、突然男の体が宙に浮き始めた。
「なっ!何だっ!何しやがったてめぇ!」
ガクは無言でもう一度指を鳴らすと、男は物凄い勢いでその場の地面へ顔面から叩きつけられた。
「ふっぐっ!!」
「 菊田 秀一。何の神になりてぇのか知らねーけど、てめぇは神様になんかなれねぇよ。
神になるどころか会えもしねぇよ。
このまま地獄に直行だかんな。」
額や鼻から血を流す秀一はガクを見上げた。
「ぁんだと...なんで俺が地獄なんだよ!そんなわけねぇだろ!こんなに生贄を捧げたんだ!誰も成し得ない偉業を達成したんだぞ!」
「そうだなぁ。とんでもねぇことしてくれたよおめーは。」
ガクがもう一度指を鳴らすと、秀一の体は更にコンクリートへのめり込んだ。
「がっ...はっ...!」
「いいか、そこで頭冷やしながら聞け。」
ガクはコツコツと革靴を鳴らしながら、秀一の顔を踏み潰さんばかりの目の前まで近づき見下ろす。
そしてその据わった目で冷ややかに話し始めた。
「てめぇが崇めてんのは神なんかじゃねぇ。
その自尊心に陶酔したてめぇ自身だ。
本物の神は生贄だとかそんなもん一つも欲してねぇよ。」
「何だとっ...?」
「お前一体何を信仰してんだ?神の事をろくに知りもしねぇで神になりたい?アホか。
だいたい生贄だとか供えもんだとかそんなもん、欲を満たすために人間が勝手に作り出したただの空想にしか過ぎねぇかんな。」
「そんな....そんなわけねぇ!お告げがあったんだ...生贄を捧げれば俺は神になれると!この世の中を変えろと!俺をバカにしてきた奴らは俺にひれ伏すんだよ!俺が世界を動かすんだ!」
「黙れ中二病が。世界を動かしてんのは神じゃねぇよ。人間だ。そんなもんにのめり込みすぎた、ただのお前の妄想だ。」
「うるせぇてめぇ!神になったら俺がぶっ殺してやるよ!」
「やってみろよ。少なくとも俺の知ってる神はてめぇも、てめぇの捧げた生贄も欲しちゃいねぇよ。」
「ぅ..うっ...嘘だ!!」
「嘘かなんて何で分かんだ。てめぇよか俺のが神に近ぇんだぞ。」
「だっ....だって...お告げがっ....」
「秀一、お前が信仰してきたのはてめぇの妄想が生み出した愚かなてめぇ自身だ。
自分にお告げとやらを下して自分で実行したんだ。
ママゴトだな。」
「そんな...そんなわけねぇっ...でたらめ言ってんじゃねぇよ!」
「仮にも神である俺が言ってんのにか?」
「っ....!!」
「ま、やっちまったもんはしゃあねぇ。
今俺は時を止めてるが、時間はもう元には戻らねぇ。
お前が今生き残ったとしても、世間からは神なんぞからは程遠い、計り知れねぇ憎悪と偏見と怒りの目でしか見られねぇだろうよ。
お前だけじゃねぇ、お前の家族も友人も、お前に関わる全ての人間がだ。」
秀一の抱いて来た理想が音を立てて崩れ落ちてゆく。
「な....な.....。」
「秀一、それでもな、お前にはまだまだ寿命が残ってる。お前がその生をきちんと全うしたいと願うなら、俺がチャンスをやるよ。」
秀一は震え出した。
これまでの信仰をこの死神と名乗る男に全て覆された。
全て、間違っていたというのか。
「ぁ...あ、ぁ”ぁ...俺は....俺はぁぁぁぁあっ!!」
秀一は顔を覆って叫び出した。
「秀一、お前には2つの選択肢を与える。
そのナイフを捨てて投降し、罪を償うのか、
俺に魂を預けてあの世で暮らすか。
まぁ、見た限りもう9人は死んでる。
投降すればお前は間違いなく死刑だろうがな。
生きんのか死ぬのか、よく考えて答えろ。」
「俺は...俺は...っ!裁きを与える側だ!俺が裁かれるなんて...有り得ねぇ!」
秀一は再びダガーナイフを喉へ突きつけた。
「ちょっと待て待て、死ぬんなら俺に魂預けると宣言しろ。じゃねぇと地獄行きだぞ?」
「魂でも何でも持ってけ!!俺より下等な動物に裁かれるくらいなら何でもやってやらぁっ!!」
ガクはため息をついて、力なく業務的なセリフを吐き出した。
「菊田 秀一、死ぬんすかー?投降するんすかー?」
秀一は興奮と恐怖と怒りからか、額や首筋に青黒い血管を浮き上がらせながら唾を飛ばし叫んだ。
「俺はぁっ!死なねぇえぁぁあっ!!!」
──────
ガクが指を鳴らし時を戻すと、喉にナイフが突き刺さった秀一が、目を見開いたままコンクリートに突っ伏している。
赤黒い血が首からどんどんと広がりコンクリートを流れていく。
そこからはもうパニックだった。
駆けつけた警察官や救急隊員、何台ものパトカーや救急車の目まぐるしく赤く回るパトランプ。
死亡者9名、重傷者15名、軽傷者14名、
辺り一面が血の海、それを取り囲む野次馬。
皆がスマホでその惨劇を動画に収め、日曜日の昼下がりに起きた通り魔事件として、あっという間に情報は世界へ拡散されていった。
足元に転がる秀一の遺体を見下ろしながら、
ガクは無表情という硬くなっていた表情筋を緩めた。
「ま、俺も神なんか会ったことねぇけどな....。」
ひと仕事終えたガクに口角を上げた表情が戻った頃、背後から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「あーぁ。なんだこの凄惨さは。戦でもあったか?」
その声にガクが振り向くと、黒い羽を散らせながら舞い降りた、別の死神が辺りを見回している。
ガクと同じ黒スーツに、黒髪のオールバック、片手はスラックスのポケットへ突っ込み、片手では着けたてのタバコをつまんでいる、ガクよりも長身な男。
切れ長な目には大きな傷があり、眉間にシワを寄せるその顔は、死神というよりまるでヤクザだ。
「おぅー来たか、コウちゃん。」
「ちゃん付けやめろ。殺すぞ。」
殺人専門の死神コウは、秀一によって殺された9人の魂を迎えに来たようだ。
「こいつが犯人ね。これは俺が持ってく。あとよろしくぅ。」
そう言いながらガクが秀一の遺体の頭部に手をあてると、白く光る魂が手のひらに吸い込まれて行った。
そしてすぐに翼を広げ飛び立とうとすると、コウはその背中にタバコを押し付け制止した。
「待て。9人もいんだ。てめーも手伝え。」
「あーーっち!ちょっとー、俺の羽根ー!焦げたー!」
火傷に悶絶するガクの首根っこを掴み、コウは遺体の傍へとガクを放り投げた。
振り返り更に文句を繰り出そうとすると、コウの睨みを効かせた形相にたじろぎため息をついた。
「はぁ....わーったよ。やりゃいんでしょ。んな怖い顔すんなって。」
ガクとコウは9人の遺体からそれぞれ魂を抜き取り、救急隊員に担架で運ばれてゆく秀一の姿を背に、翼を広げ飛び立った。
「虚しいもんだねぇ。神になるんだってさっ。神って何だ?いるならこんな惨劇を止めない理由は何だ?」
「知らねぇよ。閻魔にでも聞け。」
「〖貴様に答える義理はない。〗とか言われんでしょ。やだよ怖いもん。」
「それよりお前、営業成績最悪らしいが今日は手ぶらになんなくて良かったじゃねぇか。」
「一体だけどねぇ...コウちゃん、たまには手伝ってよ。お願い♡」
「殺すぞ。」
人間にはどうしようもない苦の瞬間がある。
金銭での失敗。
男女関係のモツレ。
自分以外の人間を傷つけた時、また殺した時。
そして、憐れな現実逃避。
それが自ら命を絶つ死へと発展してゆくなら、是非協力してやってほしい。
死神屋さんのガクさんに。
アナタの力で生を受ける魂たちに。
TO BE CONTINUED…
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