百合ンピック②
「補足すると、小池百合子氏にも出演を依頼しています。百合ですので……」電通の広告マンの百合厨はパワーポイントを操作しながら淡々と述べた。広告マンのパソコンには、きらら系アニメのステッカーが大量に貼りつけられている。
「なんですかそれ! 最高じゃないですか……!」
マサキの目はきらきらと輝いた。多様性と調和をうたった平和の祭典! マサキは、横須賀でたくさんの少女たちが手をつなぎ、蝶のように戯れているところにすっと挟まる甘美な瞬間を想像し、ステレオタイプな百合オタクよろしく口からよだれを垂らしてしまいそうになる。だが、周囲の反応は違った。全員が、マサキから距離を取っている。まるで、一人だけ「学級裁判」の法廷に立たされているかのようなヒステリックな悪意が、彼に向けられていたのだった。
「そうだ。最高だ。あまりにも尊い。だから、お前がいたらそれが尊くなくなるんだ」
「……? お前って……?」
「あなたですよ、マサキさん」広告マンが無作法に指を指す。
「待ってくださいよ……わたしなにも悪いことしてないのに……!」
「ふざけるな!」会長が机を叩き、湯呑が倒れる。慌てる副会長に構わず会長は声を荒げた。
「だいたい、お前百合好きじゃないだろ! そんなやつが百合好きを名乗ってること自体、間違ってるんだよ! 挟まりたいだと! 馬鹿げてる! お前はペニスに脳を支配された3P野郎だろうが! 3P野郎が神聖な百合の敷居を跨いでいいわけねえだろ!」
「で、でも、白川先生の『悔いなき戦のために』読んだでしょ。みなさんも!」
3P野郎とレッテルを貼られ、蒼ざめながらマサキは次の言葉を探す。
「えーと……そう、そうですよ! G・B! いたでしょ! ペニバンつけた帝国の軍曹! ペニバンですよ! 百合漫画に! しかも男が! でも、やっぱ、あいつが大事だと思うんですよ!」
「いい加減にしろ!」
広告マンが一喝する。会議室の時間が止まった。広告マンは先の尖った靴を鳴らしてマサキに近づき、彼を壁際に追い込む。マサキは、後ずさりすることしかできなかった。
「これ以上あの漫画について話さないでください」
胸ぐらをつかみ、ドスの効いた声をきかせる。カタギとは思えない雰囲気をまとっていた。
「百合姫はもうオワコン雑誌です。女の子よりペニバンつきの変態竿役男を書きたがっているような輩は同人でシコシコやってりゃいいんです。問題は編集ですよ! あんなもの掲載して、何がしたいのかさっぱりわかりません! 本当は百合姫の編集長を呼ぶ予定でしたが、あんなもの掲載する人たちに聞きたいことなんて何もありませんからね」
そうだーッ! ペニスは死ねーッ! 百合を汚すなーッ! と罵声があがる。広告マンがマサキを軽く突き飛ばすと、マサキはよろめいた。百合姫がオワコン? 突然の怒りの意味を、自分の中で整理することができなかった。殺意に満ちた目。これが、百合を愛する者の目なのだろうか。納得がいかず、もう一度会長の下に歩み寄ろうとする。その足元に、何かが投げつけられた。それは、札束だった。
「五百万です。ここにサインしてください。あなたは、百合ンピックにふさわしくないんです。はっきり言えば、ここにいる全員が邪魔だと思ってるんですよ。百合に挟まりたいなどと頭のおかしいことを抜かすあなたをね。もっと金がほしいなら、言ってください。あなたの店を潰さないくらいの援助は、私たちなら容易にできますから」
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