百合ンピック
横須賀、どぶ板通り。米軍基地のお膝元であるこの町には、かつてどぶ川が流れていたという。帝国海軍から提供された巨大な鉄板で川に蓋をしたことがきっかけで、「どぶ板通り」は誕生した。戦後まもなくは米兵による治安の悪化に悩まされていたが、現在では取り締まりが進み、アメリカと日本をハイブリッドさせた異国情緒あふれる平和な町に生まれ変わった。昼はスーベニアショップとハンバーガーショップが立ち並ぶ陽気な観光スポット。夜はネオン華やぐ妖しげなリトルアメリカ。町にはジャズが流れ、三ヶ月に一度実施されるどぶ板バザールには大勢の人が詰めかけている。そんなどぶ板を支えるドブ板通り商店街振興組合の幹部は、全員百合厨だった。
マサキは今日、百合厨たちの会議に招かれていた。普段は声をかけられることもなかったので、いきなりの召集は意外だった。だが、今月の話題は百合姫で持ち切りに違いない。早く『悔いなき戦のために』の竿役G・Bの話がしたい。竿役の解像度があまりにも高くて感動してしまい、昨日は仕込みもそこそこにシオンとマイとG・Bがくんずほぐれつする二次創作百合をピクシブに投稿してしまったのだ。この気持ちを誰かと分かち合いたい! マサキの頭はイチャラブでいっぱいだった。
駅前のカフェの会議室のドアを開けると、スーツ姿の会長たちが既に席についていた。マサキの知らない顔もいくつか混ざっている。重苦しい空気が満ちていて、陽気に百合の話ができる雰囲気ではなかった。マサキは軽く会釈し、手前側の回転チェアに腰を沈めた。
「さて、今日は百合ンピックについて詰めの話をしますが……」
「すみません! 百合ンピックってなんですか!!!」
会長が口火を切った瞬間、マサキはつい横槍を入れてしまった。副会長は「ほら、やっぱり……」とかぶりをふった。露骨にため息をつき、会長はマサキに、
「イベントだよ。来月にやる」
と言った。
会長と懇意にしている某広告代理店の百合厨の入れ知恵で動き出した「百合ンピック」。それは、本家と同じく多様性と調和をうたった平和の祭典である。具体的には、どぶ板の各飲食店が出場する創作百合料理コンテスト(料理の味や売り上げだけでなく、皿の上の料理を一つの百合世界として捉え、その世界の壊れそうで壊れない完全性をどれほど表現できているか、百合に対する料理人自身の解釈の質、人が「関係」することに対する根本的な問いに対してどれだけ真摯に答えられるか。といった点が評価対象になる。審査員は現在土井善晴氏など、複数人に打診中)、『裏世界ピクック』や『百合が俺を人間にしてくれた』インタビューで有名なSF作家の宮沢伊織氏、主役二人の素顔が連載以降ずっとヘルメットで隠されている前代未聞の百合漫画『イチャラブ・アクセス・メモリーズ』を『ハルタ』に連載中の漫画家ハセクラミズナ氏、『ガレット』の現編集長高田佳氏による公開対談「百合×スカジャン――横須賀百合の現在地」、百合スタンプラリー(各店舗で飲食、商品を購入しスタンプを九個集めると、『繭、纏う』の作家原百合子氏など人気イラストレーター九人が手掛けた百合イラストが完成する)などのイベントが予定されていた。
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