バーガーナイズド・ユリ

@Altplus

百合に挟まりたい男マサキ

 エス。それは魂の連帯。瞳に映る二人の世界は、ようやく金色に輝いた。夕日に染まる公園。世界には二人だけ。秋風が、長身の少女――マイの黒髪をなびかせる。もう一人の短髪の少女――シオンは、マイの髪をそっと撫で上げた。耳には、少女には似合わない純金のピアス。それは、彼女が帝国の軍曹の所有物であることをあからさまに示している。陰鬱に輝くG・Bのイニシャル。三十センチのペニバンを装着し、人の道を外れた悪魔。シオンは、腰のホルダーからダガーナイフを取り出し、何も言わずにマイの首筋に刃を当てた。黒い血が流れる。体内に埋め込まれた発信機が、足元に転がった。ずっといっしょだから。ハンカチをあてがい、シオンはそっと囁く。その甘い声に胸が締め付けられる。うん、そうだよね。ずっといっしょだよね。互いの手は、収まるべき場所を探るように、震えながら近づいていく。

 本当は、ずっといっしょであることなどありえないのだ。シオンは今すぐにマイを拘束し、その首を献ずることで大統領に永遠の忠誠を誓わなければならない。歩兵師団第八班を若くして統率する彼女には、家族全員を失った軍属として生きる以外の未来はなかった。いつか、シオンとマイは互いのしなやかな体を汚し、殺しつくさねばならぬ地獄に追いやられることだろう。敵対する帝国と合衆国の十年戦争は、今や絶滅の宿痾をあらゆる領域にもたらそうとしている。その最前線で、二人は出会ってしまった。幼い頃に失った友の面影を、互いに重ね合っている。シオンとマイは、自らの信じるべき新たな軍紀(ルール)を見つけてしまったのだ。掌が、交わった。汗ばんでいたらどうしようとどうでもいいことを考え、マイは赤面してしまう。自分よりもずっと背の高いマイの幼い仕草に、シオンは微笑んだ。わたしたち、反逆者なのにね。そうだね。あの人怒るだろうな。怖い? ハンカチを首に巻いて、マイは答える。よくわかんない。でも、いっしょに死ねるなら、その方がいいな。そだね、がんばろ。

 そうして二人は、ゆるやかに口づけする。互いの温度を、防弾チョッキ越しに感じながら。重なりあう薄桃の唇。艶めかしく動くシオンの舌を、マイは食らうように噛んだ。そして、ハンカチに滲む自らの血を指にこすりつけ、接吻を重ねる口の中に差し入れた。唇に、どちらのものかわからない血が垂れて、落ちる。あなたの血が、わたしに混ざりあうことができれば、わたしたちは、二人だけで独立できる……コミック百合姫電子版に発表された短期集中連載漫画、白川『悔いなき戦のために』。日米関係の破綻した未来をテーマにした救いのないストーリーは、ごくごくわずかな読者からは絶賛を、ほとんど多くの読者からは反感を持って迎えられた。一方神奈川県横須賀市に居を構えるアメリカンダイナー『ガイア』の店主マサキヨシヒコの一読した感想は、相も変わらず「やっぱ、百合に挟まりてえ~」であった。

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