怒りの先 #8
手遅れだった。このままどこかに行ってしまいたいけどあれはどう見ても私と美紅の席だ。教室の女子達は私達がいないのを良いことに、2人の周りに集まって必死にアピールしていた。
「美紅?見えてる?あれ」
「うん、るい先輩と今会っちゃまずいんだよね...?」
美紅の言う通り。
「美紅が鬼退治するなら何使って倒す?」
「ん〜...猿とカニ3匹!」
「それさるかに合戦」
「じゃあ...太郎と亀!」
「それは浦島太郎」
「え〜...じゃあお爺さんとスズメのあの...」
「舌切りすずめ?」
「それ!ってなんの話だっけ?」
なんの話はこっちのセリフだ。いきなり始まった昔話クイズに気を取られてしまった。あの2人に気付かれていないかそっと教室を覗いてみると、るいが思いっきりこっちを見て睨んでいた。
「るい何見てんの??って美紅ちゃん達じゃん!ほら!席守っておいたよ!おいで〜!」
何から守るんだ。そら先輩が廊下まで聞こえるよう大声で話しかけてきた。周りの女子達は「なーんだ。またあの2人か。」と言葉を吐いて解散していく。イケメンだったら彼女持ちでもアピールしていいのか。
とりあえず私はここからどうやって逃げ切るか頭をフル回転させていた。この後の美紅の行動に私は生まれて初めて殺意って感情が芽生えることになった。
「席守ってくれてたんですか!?ありがとうございます!唯ちゃん行こ〜!!」
私の手を引っ張りながら楽しそうにそら先輩の元に向かい始めた。
るいに殺されるくらいならその前に今美紅を殺してしまいたいくらいだ。
「ねえ美紅。さっきの話忘れた?」
「さっきのって...あっ...」
「とりあえずついてくけどこの借りはでかいよ?」
「ご、ごめん!なんでもします!」
美紅にとっては私以外に初めての友達、そら先輩って存在ができて最近は楽しそうにしている。引き止めるのもなんだか気が引けた。
私達が近づくとそら先輩は立って美紅に席を譲り、隣の空いた席の椅子を美紅の横につけて座った。私の席はるいが座っているけど近づくだけで分かるすごい殺気に、顔すら見ることができない。どうしよう。
そら先輩に助けを求めようと見てみると、横にいる美紅をひたすら幸せそうに眺めている。美紅は携帯を触っていて全く気づいていない。仕方ない、もう私から謝るか。謝ってしまえばるいも今より多少は機嫌がよくなるだろう。
「ごめん。朝のこと。それとそこ私の席なんだけど。邪魔。」
しまった。気持ちでは謝ろうとしていた、けどるいなんかに謝ることをプライドが許さずに余計なことを言ってしまった。るいは一層殺気を
空いた自分の席に座り、案外あっさり席を取り戻してほっとした瞬間、横で立っていたるいが座っている私の顎に手を置いて、覆い被さるように背をかがめて突然キスをされた。
あまりに手慣れた速さに私も追いつかず何が起こっているのかわからなかった。
「えええ!?!?」
そら先輩のびっくりする声にその時教室にいた人全員が振り向き、この光景に驚いてざわついていく。美紅に至ってはなぜか1人泣いている。この場で思い切り振り切って気を失わせたいところだけど流石に周りの目がある。女子達を敵にするのはめんどくさい。抵抗もせずそのままにしていたら、目の前にあったるいの顔が遠のき、唇が離れた。
別に守っていたわけではないが、私の初めてのキスだった。その相手がよりによってるいになるなんて、油断した自分を死ぬほど恨んだ。るいの顔を見ると、周りが私達に注目しているからか、王子様を気取った笑顔を私に向けていた。私はさっきのるいとは比にならないくらいの殺気に満ちた。
いきなり起こった出来事に、ざわつく教室とは反対にこの4人の空間は静まりかえっていた。そんな静かな空間を何も気にすることなく最初に話始めたのはそら先輩だった。
「え、るいって人前でキスなんてするタイプだっけ?思わず声出しちゃったよ。」
「うるせえ、朝の仕返しだよ」
「あんだけ遊んでたるいが教室で堂々と俺の女アピールか〜、唯ちゃんもやっとるいのイケメンさに気付いたんじゃない!?」
「海の底か、山の土の中どっちが良いですか?」
「ま、待って?今僕が死ぬ場所選ばされてる!?」
「...」
「え、何も言われないの怖すぎるんだけど...美紅ちゃん助けてぇぇぇ...ってなんで美紅ちゃん泣いてるの!?」
「だってぇ...私の唯ちゃんが取られちゃったんだもんん...」
お前はどの立場だよ。今までだったらこのまま教室を出ていって早退でもしていただろう。でも今の私には、るいにどうやって復讐するかしか考えられなかった。王子様気取ったこの顔に腹が立って仕方がない。口が悪くて鬱陶しいあの裏の顔を学校中に広めてやりたい。何か方法がないか考えているといつの間にか昼休みの時間が終わろうとしていた。
「あ、もうこんな時間だ!僕たち教室に戻るね!」
「じゃあな、唯っ」
私の殺気から逃げるように出ていくそら先輩。るいは教室の女子達からの熱い目線に軽く微笑みかけると、最後に私に笑みを見せて出ていった。まるでどこかのロリコンバカのナルシストさに似たような行動にいちいち腹が立つ。
その後は美紅もいつの間にか泣き止み残りの授業を受けていた。復讐する方法を考えていたらあっという間に放課後になっていた。
帰ろうと準備をしていると当たり前かのように教室の外でるいが待っていた。無視して美紅と反対側のドアから出ると何も言わずに後ろをついてくる。気持ち悪い。
「るい先輩ついてきてるよ?私邪魔かなっ...」
「邪魔なのはるいだよ。気にしないでっ」
「美紅ちゃーん!帰ろ!!」
「え!?えぇ!わぁ!」
すごいスピードでそら先輩が正面から走ってくると、そのまま美紅はそら先輩に
このままるいがいないことにして帰ってしまいたいが、どこまでもついてきそうだ。耐えきれず後ろを振り返った。
「何?ストーカー?」
「ストーカーの真似」
「いやそれストーカーじゃん」
「で、何?」
「それこっちのセリフなんだけど。」
「お前キスされたの初めてだったんだろ?冷静でいたつもりなんだろうけど顔に出てた、知らなかった。ごめん。」
こいつが謝ってくるとはまさか思っても見なかった。別にそれに関してはそこまで気にしていなかったけど、これが本心なら別に許してやってもいい。元はと言えば朝のことが原因だ。私が仕掛けたも同然だった。冷静になってみればこいつも少しは年上らしい部分があるんだ。
「なんて言うと思ったかばーーーか!!!」
ただのガキだった。一旦は取り戻した冷静さは微塵もなくなり、怒りの感情だけが湧いてくる。
「朝どれだけ大変だったと思ってんだよ。それに美紅ちゃん使って教室にそら投げ入れただろ?」
「あんな顔して校門いたら誰だって逃げる。それにそら先輩が悪い。勝手に気失っちゃうから。」
「美紅ちゃんすげえ顔して汗だくで運んできたから美紅ちゃんがそらの命狙ってるかもって噂になってたぞ。」
「待って、もしかして美紅って周りにもバレてた?」
「誰がどう見ても美紅ちゃんだろあれ。」
「わかんないと思ったのに」
「お前あんなことさせんのは流石にいじめだろ」
「美紅なら喜んでやる」
「そらとの関係応援する気あんのかよ」
忘れていた。まあそら先輩も充分私のことを裏切ってきている。美紅のことが噂になっているのは申し訳ない。けどこれで今日の借りを返されたことにして聞かなかったことにしておこう。
「とりあえずつきまとうのも面倒なことすんのもやめて」
「無理だ。そもそもお前はなんで告白OKしたんだよ。」
「私のこと好きな後輩を諦めさせるため。」
「...は?それだけ?」
「うん。るいこそ告白した理由あんの?」
「顔がいいから。遊んでやろうかなって」
「クズじゃん」
「まあな。でもお前他の女みたいに全然落ちねえから今じゃ本気で気になってる。なんか俺、お前のこと好きになったらしい」
まてまてまて。今のは告白?前の「俺、お前を落とす」って威勢はどこに行った。自爆してどうする。1ヶ月くらいしたら別れたって噂でも流してこの面倒くさい関係を終わらせてしまおうって思っていたのに。かなり面倒なことになってきた。
「な、なんて言うかばーーーーか!!お、俺がお前のことなんか!!」
帰れクソガキ。
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