鬼退治 #7

「本当に唯ちゃん思いなんですね〜♡ こんなかっこよくて妹思いなお兄ちゃん素敵すぎます♡」

「ほんと〜?嬉しいな〜笑 でも兄として妹を支えるなんて当たり前のことだよっ(ドヤ顔)」


 支えるどころか行き過ぎなんだよ。


「美紅ちゃんはいつから俺のファンなのっ??」

「産まれた時からです!!」

「え、そんな前から!?嬉しいな〜!」


 そんな前から知っているはずがない。喜ぶ前に気づけ。


 私が突っ込むにも値しない会話がしばらく続き、気づけば時間が遅くなってしまった。ハルは美紅にタクシー代を渡し、玄関まで送る。


「今日はありがとうございました。ご飯美味しかったです!よかったらサインもらってもいいですか...?」

「全然いいよ〜! 色紙持ってこようかっ?」

「あ、いえ!ここに書いて欲しくて...」


 そう言って美紅は自分の靴下を脱ぎ出した。

 ハルは少し不安そうな顔つきに変わっていった。

 美紅の奇行にはハルもかなり怖がっていたけど、さすがにこれは私も予想ができない。必死に両方の靴下を急いで脱ぎ、ハルに差し出してきた。


「あの、この靴下の裏に書いてください。」

「え、ほ、本当にここでいいの!?」

「はい!これで毎日唯斗さんを踏んでるって考えると、もうそれだけで足が早くなって唯斗さん本人を捕まえられそうなんで♡」

「ゆ、唯ちゃん...やっぱり怖いぃ....」


 これに関しては、私からしてもさすがに怖い。こいつ本当はドSか? 早く走れるバネ付きの靴のバネをハルと思っているのか。まあこれでハルを捕まえて怖い思いの1回でもしてくれるなら悪くない。

 ハルは美紅の純粋なキラキラした目を見て、恐る恐るサインを書いている。この先美紅がハルを捕まえられますように、と私も一緒に願いを込めておいた。


「ありがとうございます!宝物にします!唯ちゃんまた明日ね!」

「楽しかったならよかったっ。うん。また明日ね。」


 ガチャ


「ゆ、唯ちゃん...僕...あの子...苦手...」


 そう言って力尽き、その場で腰が崩れていくハル。

 美紅に勝てる人なんてそういないだろう。それにしてもハルがここまで魂が抜けたような疲れた顔をしているのは初めて見た。いつもこのくらい大人しければいいのにと思う。

 その後もハルは大人しく、私が寝る時までずっと玄関から動くことは無かった。かまって欲しいのかわざとらしく「はぁ...。」と大きめのため息が玄関から何度か聞こえたが無視しておこう。


 次の日になり、ハルは仕事で先にでていたので、のんびりした1人の朝を過ごした。のんびり学校に行き、のんびりとした学校生活...と進みたいがそうは行かない。

 校門につくなり、頭にガーゼをしたあからさまにイライラしたるいが立っている。周りには追っかけの女の子達が群がっているため、何とか王子様気取りで笑顔を振りまいていた。

 バレる前に木の影に隠れ、普段より高い声を作り

「るい先輩がもれなく女の子皆にキスし放題!!」

 と大声で言ってみた。少し離れた所にいた女の子もすぐにるいに集まり、身動きが取れなくなっていた。スーパーのセールが始まる時の大声で叫ぶ店員の気持ちが少し分かった。人を操っている気分になってかなり楽しい。


 身動きの取れないるいを横目に堂々と校門を通ると、るいが私に気づくなり、必死の笑顔と裏腹に全く笑っていない目でこれでもかと睨んでくる。涼しい秋の季節とは裏腹に、背筋に寒気がした。今日はなるべく関わらないでおきたい。


 教室まで無事にたどりつくと、なんだか教室がざわついていた。どうしたのか美紅に聞こうと美紅の席を見る。


「え、なんでそら先輩があの天然女に!?」

「あれなに?私たち今幻覚見てる?」


 原因は美紅だった。座っている美紅の前にそら先輩が膝立ちになって話している。周りは意外すぎる出来事に自分たちが幻覚を見ているのかまで疑い始めてしまっていた。美紅が女子から囲まれると余計厄介になりそうだ、次は私が助けてあげよう。


「るい先輩がこの学校の女の子にイケメンだらけの合コン開いてくれるらしいよ〜。早い者勝ちらしいから今すぐ行った方がいいんじゃないっ?」


 私がそう言うと騒いでいた女子達は皆、光の速さでるいの教室に向かった。朝から散々な目に会わされてるいも可哀想な奴だ。原因は全部私なんだけど、それはまあ誰も知らないことにしよう。

 美紅はさぞかし助かって喜んでいるはずだ。美紅の席に向かい声をかけようとしたその時、目の前の光景に思わず言葉を失った。


「そら先輩見てくださいよ!この靴下のサイン!誰のだと思います!?」

「え!それって昨日言ってた唯斗くんの!?凄くない!?ちょ、俺にも片方ちょうだっ」


 ゴツンッ


「「いたっっっ!!!」」


 感謝どころかなんて言う会話してるんだ。苛立った私は2人の頭に思いっきり拳を落とした。2人ともいきなりの事にキョロキョロして何が起こったか分かっていない。美紅も美紅だが、そら先輩は本当に美紅に告白するつもりあるのか。


「ってあれ?唯ちゃんじゃん!るい校門で待ってなかった? 朝一緒に登校してきたんだけど、俺はあいつ待つって鬼みたいな顔して言ってたよ?」

「鬼退治は済ませておきました。」

「ふはっ、さすが唯ちゃんっ笑」


 何をヘラヘラしてる。るいがそんな顔をしてたなら最初から止めろ。私はあんたの恋沙汰の協力者じゃないのか。すると、美紅が我に返ったかのように挨拶してきた。


「あ、唯ちゃんだ!いつからそこに!?おはよ!」


 拳くらってから状況把握するのにいつまでかかってるんだ。それに女の子達から目の敵にされかけてたこと全く気づいてないようだ。全く手がかかる。この2人がもしも付き合ったら私とるいは世話係になるんじゃないかと不安になる。


「それより唯ちゃん!美紅ちゃんが見せてくれたこの靴下すごくない!?あの有名な唯斗くっ...」


 ドカッ

「グハッッッ」


 そのくだりはもういい。さっきくらったげんこつの場所に加えて拳を落とす。

 さすがに効いたのか白目を向いて机に頭を伏せていた。少し力加減を間違えてしまった。ふと時計を見るともうすぐ朝礼の始まる時間になっていた。そもそもまだ朝だったのか。もう1日分の疲れを感じた。こいつをどうやって教室に返すか悩む。


「美紅?思いっきり変顔できる?別人になるくらいの」

「ん〜、こんなのとかどおっ??」

「クッ...うん、それ、その顔でこの人を3年のところまで引きずって教室に投げ入れてきてくれない?」

「え!?そ、そんなこと!?」

「できるよね?兄にまた会いたくない??」

「で、できる!!任せて!」


 危ない。思わず変顔で笑ってしまいそうになった。この顔なら他の生徒からもバレることはないだろう。今度この顔で夜にハルを追いかけさせてみよう。

 美紅はそら先輩を必死に担いで教室を出ていった。朝のチャイムがなる頃に急いで戻ってきた美紅は何も無かった顔をして席に座る。

 よく見てみると額に尋常じゃない汗をかいていた。さすがにやりすぎたか、朝礼が終わってお礼を伝えた。

「ありがとうね美紅、重かったでしょ」

「思ったほどは無かったけどさすがに少し疲れちゃったかも...笑」

「お礼って言っちゃなんだけどジュース後で奢るよ、好きなの飲んで?」

「いいの!?そら先輩ごときのことなんかでジュースなんて!」


 お前はそら先輩をなんだと思っている。ごときって急に口が悪くなるじゃないか。昼休みになってあいつらが来る前に美紅と食堂の自販機に急いで向かった。自販機前で何を飲もうかと美紅が悩んでいる時、


「唯せんぱぁーーーーい!♡」


 トットットッ ギュッッ

「ゆ、唯ちゃん!?またその子くっついてるよ!?」


 1年生の姫野愛ひめの あい。この前の告白から何日か経ったが諦める気は全く無さそうだ。美紅は私といつも一緒にいるからもちろんこの子の存在を知っている。金魚のフンのようにくっついてくるこの子を引き離せる人はきっといないだろう。


「愛ちゃん?一旦離れようか?苦しいな」

「あ、ご、ごめんなさい!唯先輩の彼氏さんってるい先輩だったんですね。私の学年でも美男美女だって話題になってますよ〜」

「そうだよっ。愛ちゃんは気になる子とかあれからいないの?」

「私は唯先輩だけですもん!!他の人なんていません!うっ...うぅぅっ....」


 泣きながら走って行ってしまった。私は悪くない。多分。告白の時から泣かせたのはこれで2回目だ。さすがに少し罪悪感がある。るいなんかより愛ちゃんと付き合ってしまった方が幸せだったかもしれない。


「ちょっと唯ちゃん!追いかけなくていいの!?」

「え?うん。この前もだったから。」

「あんなに可愛い後輩に好かれるなんて羨ましいな〜っ」

「でもあの子の好きは本気なんだよ?」

「え〜いいじゃんか〜、私が唯ちゃんの立場なら絶対愛ちゃんと付き合うもん!」

「ほんとるいなんかよりいいかもしれない...」

「だってあんなに可愛いんだよ!?毎日教室来てくれていいのに〜」


 それだけはやめてほしい。美紅にとっては愛ちゃんはとにかく可愛くて癒しの存在らしい。るいの存在を知っても諦めないのはなかなかの強者だ。愛ちゃんに合った男の子を探してみよう。

 その後、教室に戻りながら美紅にるいとあった朝の出来事を話していた。完全に愛ちゃんに気を取られて大事なことを忘れてしまっていた。教室に着くと、るいとそら先輩が私と美紅の席を使って仲良くご飯を食べていた。

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