平和を取り戻せ #3

 とりあえず、玄関で倒れてるこいつは放って置いて、眠気に耐えきれない私は部屋にあがり、兄のベッドで寝ることにした。


 パシャッ...パシャパシャッ...


 なんだかうるさく感じてふと起きると兄が私の寝顔を携帯で連写していた。鬱陶しい。すごく鬱陶しい。


「僕のベッドで寝てる唯ちゃんかわい〜♡」

「なに?きもいんだけど」

「え!ひどい!お兄ちゃん泣いちゃうよ!」

「私の荷物なんだけどさ」

「ねえ泣いちゃうよ!!」


 話が通じない。美紅以上に通じない。かなり厄介だ。とりあえず家が取り壊される前に私の荷物をこの家に運ばなければいけない。だけどこいつに頼んだら...


「唯ちゃんの使ったベッドだ♡いい匂い♡」

「この教科書で勉強してるの!?これ毎日使ってるの!?えらいね〜っ♡」

「クローゼットだ!下着は?下着入ってるのどこ??ここ??」


 こうなる想像しかつかない。仕方ない。兄が仕事の間にヤクザ連中に頼んでここに運ばせよう。

 それにしても広い家だ。ここにあのヤクザ連中をたくさん呼んで兄が帰ってきた時に脅させて怖がらせる...楽しそうだ。


「なんでにやけてんの?なになにっ?僕がかっこよすぎたっ?え〜嬉しい〜!!」


 しまった。兄の怖がってる姿を想像したら自然とにやけてしまった。


「お風呂どこ?」

「あそこだよ!お兄ちゃんと一緒に入る?兄妹水入らずで初めてのお風呂♡ くぅ〜〜!いいね!!まずはシャワー浴びてっ、そしてそして...」


 ガチャ


 なんか1人でずっと喋っていたから無視してお風呂に入った。喋っている途中に私がお風呂に行ってることに気づかないものだろうか。まさか今も喋り続けてるなんてこと、さすがにないか。想像しただけで鳥肌がたつ。あいつのファンが可哀想だ。

 そう言えばあいつの名前を知らない。有名な俳優とはいえ、俳優の名前までは興味が無い。あいつを兄なんて呼ぶのは来世になってもまだ早い。あとで名前を聞いておこう。


 ガチャ


 お風呂をあがりリビングに行こうとドアを開けた。


「で、お風呂では僕が唯ちゃんの背中を流すんだ〜♡ その後はのんびり2人で髪乾かしあって、あ、お揃いのエプロンなんかして料理とか...」


 ガチャ


 見なかったことにしよう。それにしてもなんで気が付かない?とりあえず髪でも乾かしながらあいつが喋り疲れて喉が枯れるまで待っていよう。あんだけ喋っていたらもうすぐだろう。できることならこのまま喋らないでいて欲しい。


 しばらくしてリビングに戻るとさっき見た事が夢だったのかと錯覚するくらい、無言でキッチンに向かい料理をしていた。集中しているのか私の夢が叶ったのか。とりあえず放っておこう。適当にテレビをつけてソファに座り、1日ぶりの静かな空間を噛み締める。


 -----------テレビ-----------

「では、登場してもらいましょう。今どの世代からも人気の超イケメン若手俳優!

 水瀬みずせ唯斗ゆいとくん!!」


 ピッ


 すぐに消した。名前を気にした私が馬鹿だった。

 もう一度言う。私の名前は水無瀬みなせゆいだ。妹の苗字と名前を1文字ずついじって自分の芸名にするロリコンバカは世界にこいつしかいないだろう。

 それにしても大人しい。料理するだけで大人しすぎる。少し話しかけてみよう。


「ねえ、あのさ」

「うぅ....うっ...(泣)」


 まてまて、なんで泣いてる?もしかしてずっと泣いてた?私何もしてないよね?


「なんで泣いてんの?」

「だってぇぇぇぇ!!唯ちゃん見てない間にお風呂入ってるんだもん!うぅぅ...一緒に入ろうって思ってたのにぃぃぃ...(泣)」

「私高2なんだけど?」

「うん。それで?」


 こいつはほんとに25歳か?私の兄なのか?証拠を見たけどまた怪しくなってきた。腹違いとは言え、どうして兄妹でここまで頭が違うのか不思議だ。


「ご飯!食べてくれるっ...?僕のこと嫌いになったりしてない...?」

「え、なに?それキャラじゃなくてそっちが本性?」

「テレビで本性出してる人の方が少ないよ〜」

「そのロリコン変態泣き虫馬鹿が本性?」

「うわぁぁぁぁぁ(泣) やめてぇぇぇお兄ちゃんそれ以上言われたら死んじゃうぅぅ...」


 こいつまじか。もう早くご飯を食べて寝てしまおう。明日は荷物を入れて、明後日からは学校。大丈夫、いつも通りの生活をなんとしても取り戻す。こんな奴に私の生活を狂わされたくない。


「ご馳走様。おやすみなさい。」

「え、え、もう寝ちゃうの!?何か、兄妹で水入らずの話とか、ね!?ほら!しようよ!」


 何か必死すぎて哀れに思えてきた。哀れさが増すようなことしてるのは私だけど。とりあえず気になったことだけ聞いておこう。


「本名は?」

神崎かんざきハル」

「じゃあハルね。あんたを兄って呼ぶには早すぎる。」

「え〜!名前で呼んでくれるのっ?♡嬉しい〜♡」

「芸名、わざとだよね?」

「そう〜!唯ちゃんの存在は知ってたからこっそり名前とっちゃったっ!」

「誰から聞いたの?」

「探偵雇ってしらべた〜!」

「母親は?」

「ちっちゃい頃に捨てられたから知らな〜い」

「捨てられた!?それはごめんなさい」

「全然いいんだ〜、だって今は唯ちゃんが目の前にっ!!」


 バタッ

「うっ...いったぁ...」


 話の流れでしれっと抱きつこうとしてきたので私はそれを避けた。ハルは飛びついた勢いで避けられるとも思わずそのまま床に転けた。いけない。こいつに隙を見せちゃだめだ。一瞬同情してしまった。


「う...うぅ...唯ちゃんなんで避けるのぉぉ(泣)」


 また泣き始めた。面倒くさいので、床に倒れているハルを無視して寝室に向かう。

 今日は色んなことがあり、疲れた。ベッドに入るなりすぐに眠りに落ちてしまった。


 ------------次の日-----------

 起きるともう昼の12時だった。

 明日からは学校もあるし、今日はヤクザ達に荷物を運んでもらう日だ。

 起きてリビングへ行くと、1枚の置き手紙と朝ごはんが置いてあった。


〔 お仕事に行ってるからこれ食べて♡〕


 このハートを付けるのどうにかやめてもらいたい。1つ良い事を思いついた。私が楽しみたいだけだけど。サンドイッチと手紙をそっと冷蔵庫にしまった。

 その後はヤクザ達からのお迎え、荷物の運び出し、この家に入れる作業をして気づくとあっという間に夜になっていた。


「姉貴!これで最後っす!」

「ありがとう。今日のこと兄に伝えたんだけど、そしたら朝から張り切ってこれお礼にって作ってたの、よかったら食べて。」

「えぇぇ!姉貴の兄がわざわざ!?サンドイッチ!嬉しいっす!しかも手紙にハートまで!」

「え!俺にも見せて!美味しそ〜!」

「それじゃあ私はこれで。」

「はい!またいつでも呼び出してください!」


 ハートがヤクザに効くとは。これからハルとこいつらがたまたま会った時どうなるのか楽しみで仕方がない。

 20時を周りご飯を作っていたところ、ハルが帰ってきた。


 ガチャッ

「はぁ...はぁ...」


 すごく息を切らして汗をかいていた。


「どうしたの?」

「ファンに追われて走って巻いてきた...はぁ...」

「そっか」

「それだけ!?僕に嫉妬は!?」


 よかった。帰ったら妹のいる嬉しさから興奮が止まらず走って帰ってきたのかと思った。


「あ、でも唯ちゃんに会いたくて走ってかえ...」

「ご飯食べる?」

「無視!?」


 予想通りだった。聞かなかったことにしよう。

 ハルが人気の俳優なのは分かっている。けどどうしてもそう見えない。こんなやつをわざわざ走って追いかけるファンもなかなか変わったやつなんだと思う。


「そういえばこんな量の荷物どうやって運んだの?」

「子分に運ばせた。」

「こ、子分!?え!?やっぱりヤクザ...!?」

「朝ごはんありがとう」

「え!?今ありがとうって言った!?やばい...嬉しすぎて泣きそう...」


 ヤクザがこの上なく美味しそうに食べていた姿を想像してなんだか面白かった。その後は追いかけてくるハルから逃げて、無事に布団までたどり着くことができた。明日からは学校だ。やっと日常が戻るって考えると少し安心する。


 -------------次の日--------------

「おはよ〜唯ちゃん♡」

「仕事は?」

「もーすぐ行くよ〜!本当は唯ちゃんと1日一緒にベッドでゴロゴロして...」

「いただきます」

「聞いてよ〜...」


 朝からロリコン話なんか聞く気になれない。ご飯を食べた後、私は日常を取り返すため、家を出ると、いつもより学校に行く足が自然と早く進んだ。


 --------------教室---------------

 教室に着いて、自分の席に座ると美紅が話しかけてきた。

「おはよ〜!」

「おはよ。今日なんかテンション高いね」

「実はね!昨日の夜!唯斗〔ハル〕って私の好きな俳優がいてね!もう抑えられず全速力で追いかけちゃった〜!」


 こいつだったか。美紅は足が早い。ハルからすると仕事終わりにあの速さで追いかけられるのは、なかなかの地獄だっただろう。焦るハルを想像するだけで幸せな気持ちに包まれる。美紅にはなんかお礼をしてあげないとな。


 いつも通りの学校生活になんだか安心して、放課後までこのまま過ごそうと思っていた時、昼休みになり、ことは起きた。担任に呼び出され、職員室に向かう。


「水無瀬。両親のこと大丈夫だったか?」

「はい。大丈夫です。」

「今はお兄さんのところで暮らしているんだよな?」

「なんでそれを...?」

「お兄さんから電話があったんだ。」


 ハルもなんだかんだ親代わりになろうとしてくれているんだと少し感心した。


「妹に手を出したら本気で許さない。俺のものだ。とな」


 感心なんて二度としない。


「とりあえず心配だったから聞きたかったんだ。こんな状況だしあんまり無理しないようにな」

「ありがとうございます」


 私は教室に戻りながらどうにかロリコンを辞めさせる方法を考えていた。それさえできれば普通の兄妹として平穏が戻ってくるはずだ。

 そんな時、


「唯せんぱ〜いっ!!♡」


 とんでもない人がもう一人いることを忘れてしまっていた。

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