姉貴と兄貴 #2

 ある程度の事は私も慣れている。でもそれは学校内である事。こんなヤクザ絡みの事にはさすがに慣れていない。

 ドアの覗き穴から見てみるとあからさまにヤクザっぽい人が数人立ち構えていた。


「どちら様ですか?」

「ヤクザってわかんねーのかよお前。こっち見えてんだろ!?」


 ヤクザって自分から名乗るヤクザが本当にいるんだと興味を持ちつつ、借金から警察は当てにならないと思った私はドアを開けた。


「お前水無瀬みなせグループ代表の子供だな?」

「はい。そうですけど借金の事ですか?」

「よく話わかってんじゃねえか。こっちもあいつらに金貸してやってんだよ。日本で使うお前の生活費とかでよ。死ぬ前に貸してやったけど可哀想なやつだな。」

「この家、売ったら返せます?」

「!?ま、まてお前そんな簡単にこの家売るのか!?」

「はい。借金が返せるなら。」


 意外な言葉に思ったよりもヤクザは焦っていた。あまりに多い返済額に私はこの家を売り払うことは両親の死を聞いた時から覚悟していた。この先どう過ごすかは考えていない。でも一生こいつらから付きまとわれるよりはましだった。


「とりあえずどうぞ」

 私はヤクザ達を家に上がらせて1人じゃ広すぎる一軒家の客間に通す。


「それで、この家売ったら借金返せるんですか?」

「ま、まぁ、、てかまだお前高2だろ!?簡単にヤクザ上がらせて怖くねえのかよ。」

「別に。ヤクザは一般の方には手を出さないってよく聞きます。」

「お前...そんなこと誰から聞いてんだよ...まぁこの家の土地を売ってその額をこの組に渡す契約書、今作るから待ってろ。」


 話は簡単に進んだ。


「よし。これで契約成立だ。それにしてもお前...何者だよ。」

「知ってますよね?ただの高校生です」

「はぁ...これから先は?」


 数人のヤクザを目の前にしても私は動揺しない。ドラマで見るヤクザよりも案外優しくて両親以上に私に感情移入してくるからだ。


「何も考えてません」

「おまっ...まあ好きにしろ。俺達には関係ない。」

「よかったらご飯でも食べていきます?」


 少し細身のヤクザが心配になり私は単調に話す。高校に入って自分でご飯を作って1人で過ごしてきた。細身のヤクザを見て少し母性がわかった気がする。いや。ここで分かっちゃいけないんだと思うけど。


「は?お前何言ってんだ?」

「兄貴〜俺腹減りました」

「お前馬鹿かよこんな高校生に惑わされんじゃねえ」

「俺!お腹すきました!」


 あの細身のヤクザ絶対馬鹿だ。なんだか美紅に似てる。目先の事にしか興味が無い感じ。そう思いながら私は何も言わず得意なチャーハンを軽く作った。怖いイメージのヤクザだったが作り始めると意外と大人しく座って作り終えるのを待っていた。あのボスみたいな人もお腹すいてたのか。分かんないけど。


「はい。チャーハン。」

「お前変わってるな。」


 モグモグ...


「うま!!!何これ!!」

「兄貴も食べてみてくださいよ!!」

「分かったよ...ってうま!?」


「良かったらこれもどうぞ。」


 昔家政婦が私に隠れて夜飲んでいた日本酒のお酒を渡した。


「お前...まあ今日はいいか。1つ借りが無くなったし親分も喜ぶだろ。」

「よっしゃーーーー!!」

「飲むぞーーー!!」


 普通毒味して殺されないか不安になるだろってヤクザ以上に私が心配しているうちに、そのお酒を渡しただけで私の家はヤクザの宴会に変わった。のちにこのヤクザが私の子分になり結局一生付きまとわれる事になるとは思っていなかった。酔っ払ってきたヤクザ達がいきなり私に話を持ち出してきた。


「おい!ゲームしようぜ姉ちゃん!」

「ゲームですか?」

「そうだなあ、ヤクザ流のゲームだ!どうだ?」


 なんのゲームかしらないけど私には負ける気がしない。頭だけは切れるからだ。もう私の家じゃないし行くところもないからこの酔っ払いヤクザ達に付き合ってあげた。


「よーし、にらめっこしましょ!笑うと負けよ!...!」

「フフッ...ハハッ...ハハハッ!お前後ろで笑わせんなや。」


 ヤクザ流にらめっこなんて小学生がしそうなものだった。にらめっこをした時お互いの後ろで誰かが面白いことをして笑いをこらえる2対2のゲーム。むしろ1対1でもいいんじゃないかと思う。

 感情のない何をされても笑わない私とお互い笑わせ合う酔っ払ったヤクザじゃ勝ちも同然、最後1対1になっても私が真顔をつらぬき優勝してしまった。


「姉貴!!これからなんでも従います!」

「ヤクザ流睨めっこ!笑わなかったの姉貴だけっす!!」


 どんなにらめっこをしてきたんだよ。てかヤクザ相手でこれで笑う人いるんだ。普通怖がるだろ。

 そう思いながらも一生付きまとわれたくないと思っていたヤクザたちはいつの間にか私の子分になってしまった。女子高生相手にたかがにらめっこで子分になってしまうなんてプライドが無さすぎる。

 そうしているうちに朝を迎え、ヤクザたちは家政婦が残した酒を飲み干し、二日酔いで今にも吐きそうな顔をして帰って行った。出来れば子分になった話を忘れていて欲しかったが帰り際に大きな声で


「何かあったら守りますから姉貴!」

「だまれ」


 と立場が逆転してしまっていた。美紅にもにらめっこをして子分になってもらいたい気分だ。

 今日が学校のない土曜じゃなかったら私も眠気に襲われてかなりしんどかった。最後にこの家でゆっくり寝ようってそう思っていた時だった。

 両親が残してくれた今月限り契約してる携帯からメールが届いた。


 ―朝の8時。名瀬なせビル。4010号室。兄より―


 私には兄なんて居ない。イタズラかと思ったが少し気に触り、行くことにした。


 朝8時の時間ぴったりにそのマンションに着いて、エントランスで番号を押そうとすると、後ろから深く帽子を被り、マスクをした顔が見えないようしている背の高い男の人が近づいてきた。


「え!?ゆ、ゆいちゃん!?水無瀬唯みなせゆいちゃん!?4010号室!?メール送ったの俺だよ!」

「本当ですか?せめて顔見せてください。」


 周りを見て誰もいないことを確認するなり、帽子とマスクを外す男。それは最近テレビをつける度にしつこいくらい出てくる顔だった。私が見ているドラマにもよく出ている有名な俳優だった。


「なんであなたがここに?」

「唯ちゃんは知らないかもしれないけど、俺腹違いのお兄ちゃんだよ。」

「!?」


 いつも冷静な私もびっくりした。さすがに嘘だろうと思い帰ろうとした。


「これ見たら信じてくれる?」


 私が帰ろうとした瞬間見せてきたのは私の両親とまだ産まれたての私が写ってる唯一3人の写真だった。


「なんであんたがこれを!」

「だから言ったじゃん!腹違いのお兄ちゃん!お母さんは違うけどお父さんは同じだよ。」

「そんな...!そんなこと絶対ない!」


 私はこの現状に信じられず思わず動揺してしまった。でもよく見てみると確かにお父さん似の私の顔つきと兄って名乗るこの俳優の顔は似ていた。


「まあ信じなくてもいいからとりあえず家おいで。親が倒産して家がないなんて言えないんでしょ?」

「!?」

「言ったじゃん。だから部屋においで。全部話すから。」


 武道も習ってる私なら部屋に行って何かあっても大丈夫と思い、ついて行きエレベーターに乗った。すると兄って言い張る男がその高級マンションの40階の最上階を押す。


「ていうかこんな有名でイケメンな俺を目の前にして動揺しないの凄くない?」

「いや、興味無いんで。」


 最初に言い忘れていた。こいつはナルシストも入っていたんだった。

 最上階には1部屋しかなく、そこに向かい、入ってと言わんばかりにドアを開けて待つ兄もどき。信用性が高い話だったから私も油断して入り、ドアを閉めた瞬間。


「妹!?ほんとに妹!?うわあ...見るほど似てる!え〜!可愛い〜!」


 と、いきなり豹変する兄もどき。


「あの、どうでもいいんですけど証明できません?本当の兄か...って、あ、腹違いなら義兄ぎけいですよね?」

「そんなこと言わないでよ!はいこれ。」


 一瞬ロリコン化したように見えたけど見なかったことにしておこう。見せてきた書類はDNA鑑定など兄妹をちゃんと示す内容だった。


「見たっ?家失くしたんでしょ?僕が唯ちゃんを見るから!だってお兄ちゃんだもん!」

「あの、そのお兄ちゃんって言い方気持ち悪いんでやめてくれませんか?まあ本当に兄だってことは分かりました。確かに家は困ってます。落ち着くまではここに居させてもらいます。」

「なに!?肩苦しくない!?」

「...」


 万が一の嘘があったとして、本当の事を知る手段...そうだ。あの手があった。あの人に電話しよう。

「もしもし?」

「なんすか!姉貴!」

「私の腹違いの兄知ってる?」

「知ってるっすよ!姉貴探した時に調べったす!有名な俳優っすよね!かっこいいですよね〜」

「なんで言わなかったの?」

「すっ、すいません!聞かれなかったから...」


 情報量を持っているヤクザも当てにならないと呆れて電話を切る。でも本当に義兄って事は証明された。


「あ、あの...ちょっと声聞こえたけど姉貴とか..言い方...ヤクザ...とか...」

「うるさい。ほんとに」

「うわぁぁ!こわい!ねえ!怖いから嘘やめて!?」

「めんどくさいからそのキャラやめてくんない?」

「キャ、キャラ!?違うよ!」

「キモイ。録音してテレビ局に流そうか?」

「わ、わわ分かったよ!でもお金は何も気にしなくていいから!」

「ほんと?なら卒業まではここに居させて」

「卒業までいてくれるの!?え!?逆に嬉しい!!そのままずっとここにいても...」


 ドコッ


「ブハッ...スー...スー...」

 鈍い音が静かな部屋に響く。

 私はしつこい義兄に耐えきれず武道の癖でかかと落としをしてしまった。まさか本当に武道が役立つ日が来るとは思っていなかった。

 これが私と義兄の波乱万丈の生活の始まりだった。

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