第15話
クロイスンがマハート達に案内されている頃、魔族の集落の会議室では、暗澹(あんたん)とした空気に満たされていた。
森の中でも一際大きな樹木の、大きく開いた穴に造られたその場所には、木漏れ日すらも入らない。
唯一の光源は、中央に置かれた古びた光の摩石……人間の街からどうにか仕入れた、貴重なものだった。
その場にいるのは、3人。
そのうち、髭を生やした壮年の、青肌の偉丈夫は、胡座を組んで静かに目を閉じていた。
「セト隊長、いつまでこんなことをしているつもりですか!」
灰色の肌の若い男が、我慢の限界と言わんばかりに立ち上がり、壮年の偉丈夫―――セトへと吠える。
「黙れ、テオー」
それを諌めるべく、もう一人の角の生えた中年の男が口を挟んだ。
「誰のせいでセト殿が頭を悩ませていると思っている」
「だが、このままじゃあ、俺たちは飢え死にだぜ! 今、飯が食えてるのは、俺が人間から食糧を奪ってきたお陰だろうが! ダートゥ、テメェは口が達者なだけじゃねぇか!」
「貴様の安直な行動が、我らをさらに追い詰めたことがなぜ理解できん!」
「―――やめろ」
「「っ……」」
重々しいセトの一言で、二人は黙り込む。
「ダートゥ、テオーの言うことには一理ある。テオーは現状をどうにかしただけだ。責められるべきは、追い詰められるまで何もできなかった儂だ」
「そんな! セト殿は現状を理解していたまでのこと。今動けば、我々魔族は蹂躙されるだけだということを!」
「それで飢え死にしていては元も子もなかろう。テオーは飢えよりも戦うことを選んだ。それだけのことだ」
「しかし………」
庇ったはずのセトに言いくるめられ、ダートゥは言い淀む。
セト達、魔族の未来は暗い。
動かねば飢え、動けば人間に滅ぼされる、破滅の二択。
若い衆は飢えを凌ぐべく、若者のカリスマであるテオーに賛同し、戦うことを選び、人間の貨物列車から食糧を奪った。
だが、セトやダートゥを始めとした歴戦の戦士は、今、人間と戦えば負けることを知っている。
20年前、魔族の国は滅んだ。
人間が開発した魔力銃の威力は絶大で、当時は連射などできない型だったが、それでも魔族は何もできずに国を滅ぼされた。
わずかに残った戦士達は子供達を連れて転々と拠点を移しながら生きながらえてきたが、10年前から始まった魔族の弾圧もあり、もう限界だった。
だが、戦えば皆殺しにされる。
それはわかっているセト達だったが、飢えを凌げているのはテオー達のおかげであることもまた事実。
故に、あまり強くは出れない……結果を出している者こそ正義なのだから。
「ここに人間たちが攻めてくるのも時間の問題だろう。荷物を纏め、速やかに拠点を移さねばならん」
そうしても、どれだけ時間が稼げるか……危険因子を放置しているほど、人間も悠長ではないだろう。
本気になって殲滅に来るに違いない。
「会議中に失礼します!」
移動についての話し合いをすべく、セトが口を開きかけたその時、部下の一人が慌てた様子でやってきた。
「どうした、そんなに慌てて? まさか、もう人間が攻めてきたのか?」
「いえ、それが、マハートがセト隊長に話があるようなのですが……怪しい人物を連れております」
「怪しい人物? それも儂を名指しか、ふむ」
マハートはセトが信頼する部下の一人だ。若く経験も浅いが、それを補うだけの知恵と思慮深さがある。
人間が攻めてくることを危惧して、マハートが独自に見回りを行なっていることを、セトも把握している。
(何か掴んだか?)
見回りで何かあったのかもしれないと、セトは思い至る。
「わかった、通せ」
「あ、あの、それが……」
「お初にお目にかかる、ご老公」
部下が何かを言う前に、その後ろから人影が現れる。
烏の仮面をつけ、フードを深くかぶったローブ姿の男。線は細いが、声からして男だろうか。
「誰だ!」
「名を名乗るならそちらから、と言いたいが、今はこちらが客人だな………私はペルソナ。貴君たちと同じ魔族だが、訳あって姿を晒すことはできない」
「ペルソナだと? ふざけるな!」
テオーが敵意を隠そうともせず、床に置かれていた剣を抜き、ペルソナへと向けた。
素性のわからない相手に対しては、正しい行動といえるだろうが………。
「やめろ!」
「し、しかし!
「黙れ。死にたいのか」
セトはテオーを睨みつけた。
その頬には、一筋の汗が流れている―――季節的にも気温はそれほど高くないし、汗をかくような環境にいるわけでもない。
では、なぜか。
(こいつは………化け物か)
セトはペルソナを前に、恐怖の感情に襲われていた。
彼の固有魔法『魔力感知』は、魔力の大小を可視化することができる。
それは物体に対してはもちろん、生物に対しても有用な魔法……それが、ペルソナの魔力量をセトに伝えてくる。
(儂の10倍、いや、それ以上か……?)
セトの魔力は少なくない。むしろ、魔力に恵まれているとされる魔族という種族目線からしてみても、一般魔族の2倍ほどはあるだろう。
確かに、セトよりも魔力量の多い相手はいる。それはセト自身、過去にいくらでも出会ったことがある。
その中で代表的なのは、魔法に長けるエルフだろうか。それでも、せいぜい、セトの1.2倍程度が精々だろう。
すなわち――――目の前にいるのは、まさに怪物。
下手に怒らせれば殺される。
ペルソナに固有魔法などなくても、魔力撃―――豆鉄砲レベルの魔力を飛ばすだけの技術を刺す―――だけでも、この場の者を蹂躙できるだろう。
「待て、貴様!」
出方をうかがっていると、ペルソナの後ろからマハートがやってきた。
「申し訳ありません! 待つように言ったのですが、こいつが勝手に……」
「かまわん。マハート、お前もこちらに来て座れ」
「は……は!? し、しかし」
「二度言わせるな。それに、貴様の知恵が必要になるかもしれん」
「む………わかりました」
マハートはペルソナとセトを交互にみやると、セトの斜め後ろに位置取り、胡坐を組んだ。
「なるほど、貴様がリーダーか?」
タイミングを伺っていたらしいペルソナは、値踏みするようにセトを見てくる。
「いかにも、この集落のまとめ役だ。して、儂に何か用が?」
「なんてことはない。君たちに、提案をしに来たのだ」
「提案だと?」
ペルソナはこくりと頷くと、セトの部下をちらりと見やる。
それを見たセトは「下がれ」と一言口にすると、ペルソナに座るように促した。
ペルソナは一歩前へと進んで、胡座を組む。
「そちらのお二人に聞かれても?」
「問題ない。むしろ、いてもらった方がいいだろう」
「そうか」
「ま、まってください、セト隊長! せめて、手足を縛るべきでは!?」
流石に我慢できなかったのか、ダートゥが異を唱えた。
「ほう。それが客人に対する、君たちの扱いということかな? 程度が知れるな?」
「貴様、我らを愚弄するか!」
「やめんか!」
「セト殿……ぐぅ……」
セトが呆れたように怒鳴ると、ダートゥは渋々といった様子で引き下がる。
「さて、単刀直入に言おう。君たちには、私の手足となっ働いてもらいたい」
「つまり、部下になれと?」
「そうだ」
「もしも断ったら? 儂たちを皆殺しにするか?」
直接的な要求を向けてくるペルソナは、遠回しな言い方を好まないだろうと判断して、セトはストレートな物言いを選択する。
「まさか。その時はおとなしく引き下がるさ。しかし、そうなると、君たちは死ぬかもしれないな」
「? 引き下がるのに、私たちが死ぬ? どういうことだ?」
「簡単だ。一週間後、教国軍がここに攻めてくるからさ」
「「「「!?」」」」
つい先ほど、教国軍から逃げる算段を立てようとしていたセト達にとって、それは聞き捨てならない情報だった。
嘘だと切り捨てるには、人間の列車を襲った背景もあり、現実味を帯びすぎている。
なにより、それはセト達が危惧していた可能性そのものなのだから。
「証拠はあるのか?」
だが、セトはそれを鵜呑みにするほど馬鹿ではない。なにより、ペルソナの正体も目的もわかっていないのだから。
「ないな。信用してもらうしかない」
「ふむ………しかし、それと貴様の部下になることに、関係があるのか?」
「話が早くてたすかるよ。そうだ、私は教国軍を使って、君たちが私の手足となりうるか、テストをしたい」
「テスト?」
ペルソナは首をかしげるセト達の前に、楽器ケースを開いて見せる。
「……ほう」
「これは……魔力銃か?」
「馬鹿な、魔力銃は軍によって厳しく管理されているはずだ! 貴様、これをどこで手に入れた!?」
落ち着いて確認するセトとダートゥに対し、テオーは声を荒げて詰問する。
ペルソナはそれを意図的に無視してか、続けた。
「これを人数分、君たちにプレゼントしよう。それをもって。教国軍を見事撃退させたまえ」
「人数分だと!? 30人はいるんだぞ!」
「問題ない」
どうということはなさそうに、ペルソナは言う。
おそらく、本当に用意ができるのだろう。なにせ、彼がその気になれば、セト達など一瞬で殺すことができるのだから、嘘をつく理由がない。
とはいえ。
「それを儂らが持ち逃げするかもしれんぞ。教国軍がやってくる前に、な」
「不可能だな。なぜなら、貴様らはすでに私の術中にあるからだ」
「なに?」
ペルソナは声を低くして、続ける。
「『平伏したまえ』」
「「「「!?」」」」
ペルソナがそう口にすると同時、セト達は全員、上半身を倒し地べたに顔を押し付けた。
「がっ……な、なにをした!?」
「か、体が……いうことを効かない!?」
どうにか体をあげようと藻掻くが、しかしそれはかなわない。
明らかに本人達の意に沿わない行いだ。誰がそうさせているかは、明白だった。
「私に敵意を向ける者は、何人たりとも私の命令に逆らうことはできない。それが私の固有魔法『暴君(タイラント)』の能力だ」
ペルソナがパチンと指を鳴らすと、セト達は再び自由を取り戻し、顔をあげた。
「……その力その力で我々を従えればいいのではないかな」
「私は君たちを支配するつもりはない。私が欲しいのは手駒ではなく部下なのだ。もちろん、取引に応じないのなら、良くも悪くも私は君たちに何もしない。教国軍から逃げるなりなんなり、するといい。だが、いいのか?」
「いい、とは?」
「いつまで、その逃亡生活を続けるつもりだ? 王国との停戦が解かれ、再び開戦されるまでか?」
ペルソナは馬鹿にするように鼻を鳴らす。
(お見通し、か)
セトは深く息を吐き、肩の力を抜く。
図星を突かれた、とは思わない。
セトも、第三者視点から見れば、魔族にとって、それが教国を打倒する最大のチャンスなのは明らか。
少し考えればわかることである。
「そうだ。来るときに王国に協力し、教国を打ち倒す。その機を待ち、今は耐え忍ぶべきなのだ」
いつ開戦するかはわからないが、しかし、王国と教国は昔から仲が悪い。
おそらく、戦争は再び起こるだろう。
五年前の戦争では、まだ未成年も多く、とても戦争ができるほどの力はなかったが、今は違う。
若い戦士が育ち、王国と協力すれば、教国とも十分に戦えるはずだ。
「楽観的過ぎるな」
だが、その考えは、ペルソナによって否定された。
「20年前、今は亡き魔族国ヴェルドニアは教国によって滅ぼされた。だが、王国は我ら魔族に手を貸さなかった。なぜか? 奴らにとって、魔族などどうでもいいからだ。王国は傍観し、ヴェルドニアを見殺しにした。それが現実だ」
「しかし、教国との戦争中であれば、王国は我らと手を組むはずだ!」
「仮にそうだったとしよう。だが、王国が見返りを用意するとでも? 王国が勝ったからといって、魔族に恩赦でも送ると本気で思っているのか?」
「それは………」
セトは反論できず言いよどむ。
魔族に手を貸す可能性はある。しかし、それは100パーセント王国のためだろう。
それは魔族の権利を利用した、土地の強奪。すなわち、元魔族国ヴェルドニア国土の、教国からの切り離し。
その結果、仮に魔族国ヴェルドニアが再建されたとしても、王国の植民地になるのがオチだろう。
それははセトもわかっている。しかし、
「それでも、このまま教国の奴隷でいるよりも遥かにマシだ」
「巫山戯るな!!!」
「っ!」
ペルソナの恫喝に、一同は肩をびくりと震わせる。
これまで理性的に、静かな物言いだったペルソナが声を荒げたことに驚いたのだ。
彼は畳みかけるように続ける。
「貴様らは知っているのか! 教国で魔族の子供がどのような仕打ちを受けているのかを! 魔族がどんな生活を送っているのかを! 奴らの前で、同じことが言えるのか! 王国の奴隷になれと、貴様はそう、言えるのか!」
そう口にするペルソナは、まるで今まで見てきたかのような―――あるいは体験してきたかのような。
「私は認めない! 奴隷であることを認めない! 我々は人だ! 家畜などではない、人なのだ! 我らだけで教国を滅ぼすか、否か! 貴様らは人か、家畜か! 今、選べ!!」
ペルソナは顔を逸らさず、真っ直ぐにセトへと瞳を向けてくる。
ペルソナのことは信用できない。しかし、言葉の節々に感じられる人間に対する彼の憎悪は本物だ。
教国を滅ぼし、魔族を解放せんと、本気で願っていることが伝わってくる。
「…………儂は―――」
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