第14話
時は8日前へと遡る。
マイコル教官から作戦への参加を言い渡された後、クロイスンは急ぎ準備を済ませ、魔族の住まう森、ヨマワーズの森へとやってきていた。
「斥候が森を見張るならあの崖か……見つけた」
望遠鏡を片手に崖の上の斥候を視認したクロイスンは、楽器ケースを肩にかけながら、崖から死角となるようルートを地図で確認し、森へと入っていく。
森は幹の太い木々が生え並び、夕暮れ時とはいえ50メートル先すら見えない。
それでもどうにか方角だけは見失わないよう、常備している携帯ライト――動力は魔力である――を片手に、コンパスと地図を見ながら進んでいく。
それから30分ほど歩いた時のことだった。
「止まれ」
一本の木の横を通り抜けようとしたその時、男の声がすると同時、陰から剣が飛び出して進行を妨げてきた。
首元まで伸びてきたそれを見て、クロイスンは言われた通りにその場で立ち止まる。
「野蛮だな」
「黙れ。貴様は俺の質問にだけ答えろ」
「それは構わないが、姿くらい見せてくれないか?」
クロイスンは緊張を悟られないよう、意識的に余裕を見せる。
この距離では、何かをする前に首をはねられてしまうだろうが、この後のためにも下手に出るわけにはいかない。
「…………」
数秒して、声の主が木の陰から姿を現す。
それは青い肌を持ち、街で見かけるような、麻の服を着た男だった。
魔族の男。それも、戦士だろう。
服の上からでもわかるほど、屈強な体つきをしている。
「この森に何の用だ。まさか、斧も持たずに木を伐りに来た、とはいうまい。木こりが、そんな怪しい仮面をつけているはずがないからな」
「そうだ、その通りだ。よくわかったな。この仮面は、祖父の形見なのだ」
「ふざけるな!」
演技っぽく、冗談を冗談で流そうとするクロイスンに対し、青い肌の男は怒りを露わに怒鳴りつけた。
しかし、殺すつもりはないらしく、剣は喉元に突き付けたままだった。
「そう怒るな、冗談だ」
笑いながら謝るものの、怒らせるようなことを言ったのは故意だった。
どうにか交渉くらいはできそうかとクロイスンは判断する。
「まずはこれを」
クロイスンは楽器ケースを男の足元へと投げ捨てた。
「………おい」
青い肌の男は木の陰へと視線を送ると、そこから角の生えた銀髪の女が音もなく現れる。
(固有魔法か?)
彼女からは足音どころか、息遣い一つ聞こえてこなかった。
足元を見れば、落ちた木の枝を踏みしめているというのに、である。
銀髪の女は楽器ケースへと手をかけ、中を開く。
「これは………」
彼らの表情が、驚愕に染まる。
そこに仕舞われていたのは、一丁の銃だった。
ボルトアクション式の魔力銃。
自動連射式(サブマシンガン)が軍の通常装備となるより前、主力となっていた銃である。
手動ではあるが、一発撃つごとに装填せずとも、連射が可能となる銃。
自動連射式よりも射撃精度面は優れていることから、狙撃に自信のある者が好き好んで使っている。
「貴様、これをどこで?」
「それは言えない。だが私には、これを君たちにプレゼントする準備がある。とりあえず30丁ほど、な」
「……なるほど、こちらの情報は、ある程度は掴んでいるということか。何が目的だ?」
青い肌の男は一層に警戒を強め、こちらを睨みつけてくる。
30丁というのは、集落の人数を把握するために出しただけの数字だったが、概ね当たっていたらしい。
「それはここでは言えない。まずは君たちのリーダーと話をさせてくれないか?」
「…………」
剣を突き付けられているというのにもかかわらず、クロイスンは少しも怯む気配を悟らせない。
………青い肌の男は見るからに怪しいクロイスンに対して、なお話を聞こうとしていた。
つまりは、多少のリスクを冒してでも、情報を得ようとする程度の理性はあるということだ。
(貴様はこの提案を飲むしかない。目の前に餌までぶらつかされている状況ならば、なおさらな)
そしてクロイスンの読みは、数秒後、現実となる。
青い肌の男はしばらく考え込んだが、やがて剣を下ろし鞘へと納めたのだ。
「わかった。だがその前に、貴様の名を聞こう」
その答えに、クロイスンは内心でほっと安堵する。
大丈夫だと思ってはいても、確実ではない。
己惚れた者に未来はない。常に想定外があることを念頭に置き、その想定外すらも計算に入れ、行動する。
それこそが、半人半魔であるクロイスンが、人間の町で暮らし続けられている理由でもある。
「人に名前を尋ねる前に、まず自分達から名乗るべきではないかな?」
「………マハートだ」
「チッ………ランカよ」
渋々といった様子で答える二人は、無言でクロイスンをにらみつけ、「次は貴様だ」と言外に伝えてくる。
「ふむ………では、私のことはペルソナとでも呼んでくれ」
クロイスンは自らの顔を覆う、鳥の嘴のようなマスクからとって、そう答えた。
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