第16話

 そして現在。


「な、なんだ、貴様その眼は! その、その、言葉使いはぁ! 不敬であるぞ!!!!」


 唾を飛ばし怒鳴り散らす恐怖リー大尉を、クロイスンは冷ややかな眼で見ていた。


(ここまでは予定通りだったのだがな……)


 マイコル教官から渡された作戦書には、やはりというべきか、詳しい内容までは書いていなかった。

 精々が、作戦日時とその目的、作戦規模程度。

 作戦の詳細などは、決行日前日、車内でティリー大尉に初めて聞かされたくらいだ。


 だが、クロイスンが魔族と接触したのは、銃などは闇商人を通じて渡していたため、一週間前が最初で最後。

 手渡された作戦書の僅かな情報から今回の作戦を予測し、クロイスンの作戦を予め魔族に伝えていたのである。


 ―――まあ、及第点だな。


 最低限の作戦実行能力はあることがわかったので、上出来といったところだろう。

 ここまでは順調だった。

 ………目の前の愚者を除いては。


「この状況でよくもまあ……ただの鈍感か、あるいは豪胆ななのか」

「黙れぇ!!!」


 愉悦そうに嗤うクロイスンを前に、ティリー大尉は耳まで赤くし、唾を飛ばしながら銃を前へと突き出す。


 ……否。


 突き出そうとして、しかしそれは地面へと向けられていたのだった。


「!? な、なぜだ! 銃が……いや、腕が動かん……!?」


 必死に、両腕に思い切り力を入れて、銃を構え直そうとするティリー大尉。

 しかし、いくら力を込めても、銃口はクロイスンへと向いてはくれない。


「軍人である以上、死ぬ覚悟はできているはずだな、ティリー大尉」

「き、貴様……! まさか、これは貴様が? しかし、お前

の固有魔法は風魔法のはず! その程度の魔法に、こんな力があるはずがない!」


 ティリー大尉は顔を歪ませながら、再確認するように怒鳴り散らした。


「くくく」


 飛んでくる唾を躱すためか、クロイスンは一歩下がると、口角を釣り上げる。

 それはまさに悪魔が嗤っているようで、ティリー大尉は「ひっ」と肩を縮こませた。


「頭が硬いな、ティリー大尉。いつから私の固有魔法が一つだと勘違いしていた?」

「まさか………あ、あ、あ、ありえん! 一人の人間が、二つの固有魔法を、も、も、持つなど!!」

「ありえるのさ。現に、ここにいる」


 クロイスンは腰の魔力拳銃(ハンドガン)をティリー大尉へと向けた。


「や、やめろ! わた、わたわたわたわた、わたし、私は貴族だぞ!」

「この期に及んで身分が役に立つとでも? 愚かだな」

「やめろおおおおおおお!!!!」


 タァン!


 森の戦場から響き渡る銃声に紛れて、一発の銃声が鳴った。

 ………眉間に風穴を開けられたティリー大尉は、白目を向き血を流しながら、後ろへと倒れこむ。


「ひ、ひいいいぃ!!!」


 それを後ろから見ていたジジールニール大佐は後ずさるが、やはりまともに動くことはできない。

 クロイスンは振り返ると、大佐の前でしゃがみ込む。


「さて、貴方には証人になってもらわねばならない」

「しょ、証人だと!?」

「流石に、ここまでやれば俺も疑われる。無実だと、証言してもらわねば困るのでね」

「そ、そんなこと、私がすると思っているのか!?」

「するさ。貴様は、な」


 クロイスンはジジールニール大佐の瞳を見据え、はっきりと口にする。


「『今起きたことは全て忘れ、皆、魔族達に殺されたことにしろ』」


 クロイスンがそう言うと、大佐の瞳からは光が消えた。

 まるで無垢な赤ん坊がじっと何か見つめる時のような、そんな表情……そこに恐怖の感情などは微塵もない。


 ―――クロイスンの『暴君(タイラント)』は、精神すらも操ることができる。


 とはいえ、そう便利なものではない。


(単純な命令しか実行させられないのが玉に瑕だな)


 例えば『部下になれ』と命じても、自分で考えることのない、命令を聞くだけの兵士だけが出来上がるのみで、いざという時に役に立たない。

 柔軟性には欠ける能力だった。


「ああ、それと『止血中にやってきた私には、各部隊への伝令を命じたことにしろ』」

「はい」


 そう言ってジジールニールに救急セットを手渡すと、彼は言われた通りに止血しようと手を動かし始める。

 まさに、傀儡と言って差し支えない様子だった。


「………やはり『暴君(タイラント)』は強力な分、消費魔力も馬鹿にならないな」


 クロイスンの魔力は膨大だが、『暴君(タイラント)』の燃費が非常に悪いため、そう連発できない。


 「ふう」と大きく息を吐いて疲れを誤魔化すと、クロイスンは天幕から顔を出し周囲を警戒し始める。


「……よし」


 そしてそのまま、人の気配がないとわかるや否や、森へと駆けた。


 森へと入って走ることしばらく。


「はあ……ここまで来れば、はあ……大丈夫か」


 息を整えようと、木に手をつくが、心臓の音はいつまで経っても鳴り止まない。


「っ……はあ、はあ」


 段々と激しくなっていく動悸を押さえるように、胸へと手を当てるクロイスン。

 興奮しているのが、自分でもよくわかった。


「人を、殺した……! 殺したんだ、この手で……うぷっ」


 噛み締めるように反芻した直後、大量の唾液と共に胃液を吐しゃする。


 初めての人殺し。


 稀にスラム街で死体を見たことはあれど、自分の手で殺したことは一度として無い。

 人に人を殺させたのも、初めてだ。


 覚悟はしていた。

 目的のためだ。

 いつかはやらなくてはいけなかった。

 たまたま、それが前倒しになっただけだ。


 クロイスンは誰かに言い訳するように頭の中で繰り返しながら、少しずつ息を整えていく。


 大丈夫、大丈夫。


「……ふう」


 どうにか鼓動が落ち着いてきたのを確認して、クロイスンは前を向く。

 銃声はもう聞こえてこない。陽動の魔族は逃げたか、あるいは殺されたかはわからないが―――逃げる手段は伝えてあるが―――、とにかく戦闘は落ち着いたようだった。


(まずはサントラ大尉と合流するか)


 クロイスンは『ジジールニール大佐の命令通り』、各部隊へと状況報告に向かったのであった。


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