第11話

「お前ら、離れすぎるなよ。穴を作るな。必ず隣の隊員が視界に入る位置につけ」


 作戦開始から1時間と少し。

 森を進むサントラ大尉は、赤部隊のチャンネルで隊員達に注意を促す。


『了解』


 隊員の一人がそういうと、サントラ大尉の周りの隊員は、左右の隊員へと目配せを始めた。


 『狩り』とはいえ、争い事である以上、怪我をするのはもちろん、命を落としても何ら不思議ではない。


 王国との戦争を経験したサントラ大尉は、経験則で、作戦中は何が起きても不思議ではないと知っている。


 来るはずのない場所から現れる敵軍、敵都市部に入った際に民間人に紛れた敵兵に襲われ死亡した戦友、想定外の季節外れの土砂降りで川が増水、水に飲み込まれる作戦司令部……数えられないほどの『想定外』が、戦場には起こりうる。


 地獄のような戦場を駆け抜け、生き残ったサントラ大尉は、簡単と言われる任務でも手を抜くような事はしない。


 手を抜けば部下が死ぬ。


 その重圧は、サントラ大尉の心待ちに、程よい緊張感を生んでいた。


 サントラ大尉の部隊は、民間人から徴兵された兵士で構成されている。

 軍人として生きていくと決めている者は、そう多くはない―――大半は日々進化していく工業製品により職人としての価値を失い、税金を払えず、徴兵義務に応じただけだ。


 サントラ大尉がそんな彼らに気を使い、普段から気さくに話しかけるようにしているおかげか、そんな雰囲気は出してはいないが、みんな心のどこかで、兵士であることに嫌気は差しているだろう。


 戦争などなくていい。あってはならない。


 皆平和を愛し、平和を望んでいる。

 だが、一士官として、抱えられる命など限られている事はわかっている。

 

 ―――平和の下に、苦しむ者がいることに目を瞑ってでも、部下を守る。


 それが自分に作れる、せめてもの平和だとわかっているから。


 しばらくして、


『サントラ大尉、隣の隊との間隔がまた狭まってます。少し詰めますか?』


 幹の太い木に身を隠しつつ前進していると、左翼側の兵長がそう進言してくる。


「では先ほどと同様に、左翼、右翼共にそれぞれ5メートル程、内側に詰めろ」

『了解』


 サントラ大尉が命令を飛ばすと、左右の隊員がこちら側――中央へと距離を詰めてくる。


「……妙だな」


 それを確認しながら、大尉は一人呟く。


 森の中は、鳥や虫の声、それに自分の足音が聞こえてくるばかりで、銃声ひとつ響きもしない。


 接敵すらしない……事前調査では10から20程の集団だと聞いていた。流石に、これだけの人数が森に入っていれば、どこかで接敵していてもいいはずだ。


『サントラ大尉、静かすぎませんか』


 部下の一人も気になったのか、通信でそう尋ねてくる。


「ああ。周りに気をつけろ。こういう時は、何かある。想定外の何がが」

『しかし隊長、慎重になりすぎても周りの隊と差ができて穴ができてしまいます』

「わかっている。作戦司令部に一度ペースを落とすように進言する。少し待て」


 サントラ大尉が共通チャンネルに切り替えようとした、その時である。


「!? なんだ!?」


 突如、森の中に重々しい爆発音が響き渡った。


 森の中は生い茂る太い木々のせいで視界が悪く、正確な位置が掴めない。

 しかし、そう遠くはない。


「今の爆発音はどこからだ!」


 すぐさま、サントラ大尉が赤チャンネルで状況の共有を求めると、


『大尉! 右翼方面! 黒部隊、森南西方向からです!』

「黒! 南東か!」


 報告を聞いてすぐ、銃声が森に響き渡りはじめた。

 サントラ大尉は焦る気持ちを抑えながら、共通チャンネルへと切り替える。


「こちら赤! 黒部隊方向から爆発! 黒、状況を伝えろ!」

『こちら黒! 黒部隊最右翼は爆発に巻き込まれ連絡が取れない! 現在敵兵と交戦中! 正確な数は不明だが敵の装備にボルトアクション式―――連射式ではない魔力銃全般を指す―――を確認! 援軍を求む!』

『赤部隊、黄色部隊は全軍黒部隊の援護に回れ! 敵は一点突破を狙っている! 他部隊も前進のスピードを上げろ! 白部隊はそのまま待機! 万が一、森を突破してきた敵を殲滅しろ!』


 報告からすぐさま、作戦司令部から指示が飛ぶ。

 万が一、敵が一点突破を仕掛けてきた際の、ほとんどマニュアル通りの内容だ。


 しかしそれは、相手が飛び道具を持っていないことが前提のもの。


 銃は教国では民間人が手に入れられない武器である。

 民間人、それも魔族が持っている状況は、情報をもとに立てられた作戦では、完全に想定外だった。


 そう。問題は、情報が間違っていたことである。


 食糧輸送中の商団が襲われた際に連中が装備していたのは、剣や槍だったはず―――。


 つまり、最近、誰かが銃を横流しをしたか、あるいは、最初から銃を持っているにも関わらず隠し持っていたかのどちらかだろう。


 後者ならば敵のリーダーは相当に頭がキレるし、前者ならば大問題。


 ……いや、考えるのは後だ。


『赤了解』

『黄色把握』


 命令に対して、サントラ大尉は迷うことなくそう返答を入れると、続けて赤チャンネルで隊員に指令を下す。


『赤右翼はそのまま東へスライドし黒部隊に加勢。左翼は西方向から敵の横を叩け。黄色部隊の援護が来るまでは無理をするな』


 サントラ大尉には作戦実行能力はあれど、戦術を組み立てる能力はない。


 たとえ敵が銃を持っていたとしても、作戦司令部が出した作戦以上の対応策は出せないだろう。


 代案のない反論など、子供の駄々でしかない。そしてそれは、部隊に混乱を齎す。


 ―――今はとにかく、東の敵に注意しなければならない。

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