第10話
クロイスンが各部隊に挨拶を済ませた翌日。
「さて諸君、今日は作戦決行日である」
天幕の前で整列した白部隊。ティリー大尉は隊員らを見渡し、クロイスンに視点を合わせた。
「貴様、隈ができているぞ」
「……申し訳ありません。昨夜はあまり眠れず」
「チッ、これだから平民は。まさかとは思うが、天幕は出ていないだろうな? 他の隊とイザコザを起こされては敵わんからな」
「はい。それは問題ありません」
「ならばいい」
ティリー大尉は「こほん」と喉を鳴らす。
「各自、作戦を改めて確認しておくように。では、天幕を片づけ次第、集合場所へ向かうぞ」
例の森までは列車で1時間弱だが、クロイスン達国軍は森から30分ほどのところで列車を降りた。
森から死角となるちょっとした崖の間にて、彼らは隊列を組み始める。
……天候は曇り、見晴らしも若干悪いだろうか。森の中では、射撃に十分な光量は確保できないかもしれない。作戦実行日には少し不向きな日となった。
だが、決行日に変更はない。この程度は想定内のことだった。
―――それから少しして、こちらに駆け寄る人影が二つ。
先行して森の調査をしていた、地方都市の斥候であった。
「お越しいただきありがとうございます」
「挨拶はいい。それより、どうだ」
大佐は面倒臭そうにしながら、斥候達を急かし、顎で森の方向を示した。
「はっ。ここ一週間、敵は何度か森と線路付近を行き来しておりましたが、現在は森におります」
「そうか、ならば問題はない。それと、貴君らには道案内の後、共に作戦司令部で待機してもらう。疲れているところに鞭を打つことを許してほしい」
おそらく斥候二人は、作戦中の情報源として利用するつもりだろう。
どこかの隊に加わえたところで、無意味に指揮系統が乱れるだけである。
「はっ!」
斥候がそう返事をすると、傍へと避けた。
それを確認した大佐は、国軍へと振り返る。
「全軍に告げる。これより先は敵に気づかれないよう行動をする必要がある。計画通りの、森から死角となるルートから外れるな。足音一つに注意せよ」
声一つあげることも賜られる状況で、兵士たちは敬礼で了解の意を示す。
そして、行軍が開始される。
直線で進むところを、迂回しながら進むことおよそ1時間。
森へとたどり着くや否や、白部隊が静かに作戦司令部の天幕を立て始める。
それを待つことなく、各隊は足音を抑えながら、配置につくべく動き出していた。
時間にして20分ほどで、
『こちら黄色。南西配置につきました。どうぞ』
『こちら青、西配置完了致しました。どうぞ』
『赤、南完了です、どーぞ』
『黒、南東完了、どぞ』
『緑、北西完了であります。残り白、どうぞ』
近年、軍の通常装備として配給された、近距離通信用魔道具(マリンシーバー)から、各隊の隊長から配置完了の報告が上がってくる。
マリンシーバーはチャンネルごとに繋がる先が決まっており、発信先は複数設定することができる。
基本、送受信は全体共通チャンネルと各部隊用のチャンネルに合わせており、全体共通チャンネルは、緊急時以外は隊長のみが発信することができる。
『各位、配置についたか』
『エリア中尉、配置完了でーす。ドーゾ』
作戦司令部の天幕を張り合えた白部隊は、白チャンネルでマリンシーバーで報告をし始める。
「緊張感のない奴め」
クロイスンの隣で、フォックス中尉がぼやいた。
「我々も配置完了報告をしたほうがよろしいのでは」
「わかっている、クロイスン二等兵。俺に指図するな……クソ、なんで、よりにもよってこんな配置なんだ」
今回、白部隊は3手に分かれている。
フォックス中尉、クロイスンのチームは司令部東。
トール一等兵、ティリー大尉のチームは司令部西。
最後に、エリア中尉が司令部前である。
本来は、この規模の作戦であれば、最低でも10人程度は必要だろう。
なにせ、司令部には地方都市カリトリアに繋がる長距離通信機に加え、マリンシーバーのための通信制御装置が設置されているのだ。
これが壊されれば、マリンシーバーが使えなくなるだけでなく、緊急時に地方都市カリトリアと連絡すら取れなくなってしまう。
しかし、今回の作戦は『狩り』という認識である。
配置から見ても、防衛面はあまり重要視されていない。
精々、後方に敵が流れてきた時の予備戦力といったところか。
フォックス中尉は歯がゆそうに一瞬だけ顔を歪めながらも、平静を装ってマリンシーバーへと手を伸ばした。
「フォックス中尉、クロイスン二等兵チーム、完了です。どうぞ」
フォックス中尉が白部隊チャンネルでそう報告してしばらく。
『こちら白部隊、配置完了である。どうぞ』
共通チャンネルから、ティリー大尉の報告が聞こえてくる。
「……クロイスン二等兵、我々の役割はわかっているな?」
暇そう周りを警戒していたフォックス中尉が問いかけてくる。
「はい。万が一、森から抜けてきた敵を射殺することです」
「そうだ。それさえ覚えておけば問題はない。よかったな、平民に相応しい楽な初任務だ……全く、訓練兵のお守りをしてやるのだ、感謝しろ」
フォックス中尉は心配したいのか、馬鹿にしたいのかわからない態度で鼻を鳴らす。
「ご心配をおかけして申し訳ありません」
「俺の足を引っ張るなよ」
フォックス中尉は嫌味なニュアンスを隠そうともせず、小さく舌打ちをする。
どうやら、心配していたのは自分のことのようである。
『各隊、前進し包囲を狭めよ』
共通チャンネルで、司令部から指示が飛ぶ。
いよいよ、作戦が開始されたようだ。
「………」
クロイスンは森へと入っていく兵士たちの背中から視線を外して、無表情に森を見上げた。
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