第623話 愚かなる者への断罪

 




 その夜。

 ラウルは自分の店で、エドガーとレオナルドの3人で集まり飲んでいた。


「 俺達が……俺達がまだ未熟だから、アルは1人で戦うしかないんだよな 」

 もう少し自分に力があればと、レオナルドが悔しそうな顔をする。


 レオナルドもルーカスの秘書になっているラウルの様に、外相である父親のイザークの秘書になる様に言われたが、彼は世界中の国に行きたいと言って、一外交官として仕事をしている。


 アルベルトとレティの結婚式の時に訪れる、他国の王太子や要人達とコンタクトを取って、後に色んな国に行く計画を立てていた。

 レオナルドは昨日は傍聴席に座っていた。



「 レティは凄いよ。あの大臣や議員達とやり合って。しかも勝ってるんだもんな 」

 お前の妹は大したもんだよとエドガーは感服していて。


 エドガーはまだ一兵卒だ。

 アルベルトの護衛をしているだけの。

 昨日もアルベルトの護衛でずっと側に立っていた。



 シルフィード帝国の三大貴族と言われるウォリウォール公爵家、ドゥルグ侯爵家、ディオール侯爵家の各々の嫡男が、偶然にもアルベルト皇子と同い年で、小さい頃から遊び相手として勉学も防護術も一緒に習い、共に成長して来た。


 しかし……

 アルベルト皇子が立太子で正式に皇太子となってからは、アルベルトが何時も3人より先に歩いていた。


 皇太子と言う立場が……

 彼を一足早く大人の世界に入らせていたのだ。

 シルフィード帝国最高指揮官と言う名を背負って。



「 しかし……これ程までに結婚が拗れるとはな 」

「 レティは本当にアルを諦めるのか? 」

 レオナルドとエドガーがラウルの顔を覗き込んだ。


「 レティは……アルしか無理だよ 」

 良く分からないが……

 レティのアルへの想いは、何か……があるとラウルは言う。


「 アルのレティへの愛はけどな 」

「 違いない 」

 俺達はずっと鬱陶しい2人を見守って行こうと言って、3人で乾杯をした。



「 その鬱陶しい2人の為に、明日は兄ちゃんが一暴れするんだろ? 」

「 俺達は何もしなくて良いのか? 」

「 これは当事者の兄である俺にしか出来ない事だ 」

 お前達まで巻き込む分けにはいかないと、ラウルがグラスに残っていた酒を飲み干した。



 それにしても……

 レティが慰謝料を値切った時の陛下の顔には笑えたと、悪ガキ達は大笑いをした。


  流石はお前の妹だと言って。




 ***




 側室を認める特例を決める会議が、まさかの皇太子と公爵令嬢の婚約破棄と言う事態になった。

 結婚式まで後2ヶ月を切ったと言うのに。


 形としては……

 公爵令嬢からの一方的な破棄だ。


 皇族が貴族に婚約破棄を申し出る事はあっても、貴族から皇族に婚約破棄を突き付けるなんて事は前代未聞だ。

 ましてや……

 慰謝料を値切ると言う。



 そして……

 婚約破棄の理由が、なのである。


 翌日再び開かれた議会ではそこが議論された。


「 リティエラ嬢はやはり皇族に嫁ぐには少し役不足では無いのか? 覚悟が足りない 」

「 かと言って、リティエラ嬢しか皇太子妃にはなり得ませんよ 」

「 今更募集を掛ける訳には行かないし 」


 大臣や議員達は、アルベルトの記憶が無い事を良い事に、彼の記憶を失くす以前のレティへの想いをまるで無視をして、堂々巡りの意見を続けているだけの議会になっていた。



「 聖女を皇太子妃にすると言う話が一向に出ないな? 」

「 最後の判決できっと出ますよ 」

「 婚約破棄した今となっては、それしか道は無いでしょうに 」

 傍聴席にいるミレニアム公国の公子達が余裕を持ってこの議会の成り行きを見ていた。


 聖女と言う名を盾にして調子に乗り過ぎている彼等は、を完全に見誤ってしまっている事には、この時点ではまだ気付いてはいなかった。



「 もう一度リティエラ嬢をここにお呼びして、きちんと話しをしよう 」

 シルフィード帝国の貴族達は当然ながら他国の平民女性を、皇太子妃にする考えは無かった。

 たとえ聖女だとしても。



「 もう、妹は皇宮には居ない 」

「 !? 」

 皆は声のする方を一斉に見た。


 ラウル様の登場である。


 ラウルはスタスタと議会場に入って来て被告人席に座った。

 昨日、レティが座っていた席だ。



「 貴殿はウォリウォール公爵令息ではないか!? 」

「 何をしにここへ?」

「 昨日の続きをしにね。俺の妹からバトンを引き継いでここに来た 」


 驚く皆を他所に、ラウルは挨拶も無しにいきなり話をし出した。

 先手必勝だ。



「 妹は、昨夜皇宮を去った。可哀想に……大の男達に寄って集って断罪されて…… 」

「 いや……貴殿の妹君に論破されたのは我々だが? 」

 口を開いたのは、レティと舌戦を繰り広げた父親の代理の議員のベルーシス侯爵だ。


 彼は昨日の舌戦ですっかりレティに惚れていた。

 勿論、妻子のいる彼にとっては、頭の切れるレティに対してだが。


 ラウルは彼をチラリと見て直ぐに視線を前に向けた。

 誰もが思う。

 よく似た兄妹だと。



「 妹は、確かに殿下に側妃を迎えるのが嫌だと言うのが婚約破棄の理由だと言ったが、その他にも理由がある事を伝えに来ました。そして……議会場のを断罪する為にな! 」


「 !? なにを…… 」

「 陛下の御前で無礼であるぞ!! 」


「 愚か者に愚か者と言って何が悪い! 」

 立ち上がって怒る議員達を睨み付けながら、ラウルは吐き捨てる様に言った。



 勿論、議会場には昨日同様にロナウド皇帝がいて、父親であるルーカスもいた。


 ルーカスは昨日辞表を提出したが……

 陛下の承認がいる事から直ぐには受領されず、彼はまだ宰相としてこの場にいるのだった。



「 ラウル! お前まで……止めないか! 」

 凄い剣幕のルーカスや議会場の大臣や議員達に、ロナウド皇帝は片手を上げて制した。


「 構わぬ……ラウルや、そのまま続けなさい 」


 ラウルは一歩前に進み出た。

 前方にはアルベルトが座っていて。

 アルベルトはやはりぼんやりとラウルを見ていた。



 少しずつ記憶を取り戻してはいるが…

 医師からは、沢山の情報を一度に与え過ぎるとパニックを起こすと言われていて、皆が慎重に接している所である。


 それでも……

 生活をするには支障が無くなった事から、ある程度は自分の意思に任せる様になっていた。

 昨日も今日も、彼の意思でこの場にいた。



「 もう1つの理由は、聖女に自分の与えられた仕事をさせる為にです 」

「 仕事って……そんな無礼な言い方を…… 」


「 そう! それだよ!それ! 」

 ラウルはそれを言った大臣に向けて、真っ直ぐに片手を伸ばし指を差した。


「 お前らが必要以上に聖女を崇め過ぎるから、こんな事になったんじゃないか!!聖女は浄化の魔力使いなだけ。それ以上でもそれ以下でも無い事が何故分からない? 」


「 何を言ってるんだ? ラウル殿はあのガーゴイルを見たのかね? あれを聖女が一瞬にして消し去ったのですぞ? 」

 皆がそうだそうだと言いながらバンと机を叩いた。



「 ああ、それって聖女が聖女の仕事をしただけだよな? その前に俺の妹が橋の欄干に立ち、ガーゴイルを街に行かせない様に誘導してたのを、知らなかったとは言わせないぞ! 」


「 それは……リティエラ嬢には…… 」

 大臣が思い出したと言う様な顔をして、自分の頬を触り出した。


 あの時……

 聖女の浄化の魔力に圧倒されて忘れていたが。

 確かに……

 あの欄干に立ってあの巨大なガーゴイルと対峙する小さな少女に感動したのだ。



「 街へ行くと大惨事になるからと、武器も持たない妹が咄嗟に思い付いた所為だ。そこでガーゴイルを誘導したからこそ聖女が浄化出来たんじゃないのか? 」


 ラウルはここで優しい口調になる。

 ヒートアップした輩を一旦冷静にさせる手法だ。



「 それもアルの護衛付きでな! 浄化の旅では魔獣が目の前に現れても、聖女は震えて何も出来なかったらしいな 」


「 それは……リティエラ嬢は騎士の訓練をしていて…… 」

「 ああ、アルを守る為にな。騎士な妹は今までどれだけアルを……いや、このシルフィード帝国を救って来たのかはオメーラも知ってるだろうが!? 」


 ラウルは……

 ドラゴン討伐の時はレティの魔獣の知識が役に立った事。

 船の爆発を未然に防いだ事。

 流行り病の特効薬を発明する手掛かりを発見した事。

 それらの事を簡単に話して聞かせた。



 そして……

 ガーゴイル討伐の時には何百ものガーゴイルを倒したのは皇太子殿下と妹のレティだと言う事も。

 腕が契れそうになりながらも弓を射続けた事も。


「 オメーらの見た、たった一匹を倒したんじゃ無いんだ。何百ものガーゴイルだ! 」

 それ程の事をしながらも、我が妹は皇太子妃と言うビッグネームを貰えるからと、勲章の1つもいらないと言っていた事を話した。



「 リティエラ嬢が…… 」

 ラウルの説明したこの話を、知っている者もいれば知らない者もいて。



「 いや、まだある! リティエラ嬢は舞踏会のシャンデリアの落下を防いだんだ 」

 議員席にいる誰かが声を上げた。


「 他にもある。大火の時には……居合わせたうちの下男が、ウォリウォール医師の手当てを受けて命を救って貰った 」

 今度は傍聴席にいる男が言う。


「 学園で……侵入した暴漢から、うちの娘を助けてくれたのはリティエラ様だ 」

「 娘の卒業式の時に……娘に暴力を振るおうとした元婚約者に、ドロップキックをかましたのはリティエラ様です!」


 皆が口々に言いだした。

 婚約破棄をした事を聞き付けて傍聴席にやって来ていたのであった。


 広い議会場の傍聴席はいつの間にか満員になっていた。

 ラウルは場内を見渡して満足そうな顔をする。



「 そんな妹が……皇宮を去った理由は聖女に浄化の仕事を早くさせる為だ! オメーらが側妃の事ばかりに気を取られている間にな、妹は我が国の事を考えて身を引いたんだぞ 」


 その時……

 ソワーズ伯爵ここに来てくれと言って、ラウルは傍聴席を見た。


 丸いメガネを掛け、青のローブを着た長身の男が立ち上がりラウルの側にやって来た。

 箱を大事そうに持って。


「 君は? 」

 コの字型の議員席の一番端にいる議長が聞いた。


「 私は虎の穴で錬金術を研究しているシエル・ラ・ソワーズです 」

 シエルは台座に持っていた箱をそ~っと置いた。


「 それは何だね? 」

「 この箱の中には聖杯が入ってます 」

「 えっ!? 何だって!? 」

 会場は騒然とした。


 聖杯は皇帝陛下が持つ神器。



「 これはオリハルコンから作った正真正銘の聖杯です 」

「 !? オリハルコンだって!? 」

 傍聴席にいた公子達が各々で叫んだ。


 オリハルコンはミレニアム公国にあるエルベリア山脈で、千年に1度採掘出来るかどうかの超レアな金属である。



「 私は……リティエラ嬢から依頼を受けて、彼女が持っていた弓の……からこの聖杯を作りました 」


 1つはローランド国に。

 イニエスタ王国、ナレアニア王国にサハルーン帝国。


 そしてフローリア皇女様が嫁いだグランデル王国に、シルビア皇后陛下の母国であるマケドリア王国。


 これは隣国タシアン王国。

 そしてミレニアム公国。

 ……と、言いながら、シエルは8個の聖杯を1つずつ順番に並べて行った。



「 どの国も魔獣で苦しんでいるから、我が国の持つ聖杯と同じ役目をさせて欲しいと言われて、彼女が大切にしているオリハルコンの弓からこの聖杯を作り直しました 」


「 リティエラ嬢がそんな事を……… 」

 会場にいる者全員が感動で震えていた。


 皆も知っていたのだ。

 何処かに行く時には、必ずやレティの背中にはあの弓があった事を。



「 妹はこの聖杯に、浄化の魔力を早く融合させたくて身をひいたんだ。どの国も魔獣は待ってはくれないからと言ってな 」


 そして……

「 こんな妹を愛していたのがアル……そこにいる皇太子殿下だ! 」


 ラウルは改めてアルベルトを見た。

 皆も椅子に座るアルベルトを見つめた。



 その時……

 俺にも言わせて貰いたいと言って、傍聴席にいたレオナルドが立ち上がった。


「 親父に言う! 外交の天才と言われてる天下のディオール家の先祖が泣いてるぜ。 ミレニアム公国ごときに手玉に取られるなんてな! 」


 何時も飄々としているレオナルドが珍しく声を荒らげながら、大臣席にいる父親であるイザークを睨み付けた。



「 それを言うなら、赤い旗を揺らして敵を蹴散らしたドゥルグの血が泣いてるぜ! 」

 アルベルトの後ろに立って警護の任務中のエドガーが叫んだ。


 任務違反だと後から罰せられても構わない。

 最早黙ってはいられない。


「 ミレニアム公国には、聖女が魔力を放出しないと捻り潰すと脅せば良いだろうが!? 」

 脅しはドゥルグ家の専売特許。


「 勝利する為には手段を選らば無いのがドゥルグの立場であった筈なのに、何を躊躇してるんだよ! 」

 ……と、エドガーが気炎を吐いた。



 皆はやっと気付いた。

 二百年振りに現れた聖女が、まるで神が現れたと言う状況だと思い込み、すっかり舞い上がってしまっていた事に。



 そして……


「 宰相……そして……皇帝陛下に進言します! 」


 ラウルはその場で跪いた。

 議会場が静かになり皆がラウルに注目する。



「 我々が今一番大切にしなきゃならないのは、そこにいるアルベルト皇太子殿下であって、未来の皇子なんかじゃ無い!我が国の唯一無二の皇子であるアルに、何かある度に……側室とか世継ぎとか本当にウザ過ぎるんじゃないか? 」


 ラウルは大きく息を吸った。



「 大切な人を失って……がいた事をもう忘れたのかよ? アルの記憶が戻った時に……最愛のレティがいないと、どうなるのかを考えられねーのか? 」


 ボーッと座っているアルベルトを見てラウルは泣いた。

 ラウルが涙をごしごしと拭いていて。



「 ……こんな……こんな状態のアルに……騙し討ちみたいに側妃なんか娶らせ様とするなんて…… 」


 アルベルトは……

 議会での情報量が多くて……

 頭が付いて行かない状態でそこに座っていた。


 ボーっとしている姿でも限りなく美しくて。

 しかし……

 その美しい姿が何だか哀れで。



「 殿下…… 」

「 殿下…… 」

 ウッウッと……

 皆が嗚咽していた。


 ラウルの断罪に皆の目が覚めた。

 自分達は取り返しが付かない様な事をしようとしていたのだと。



 暫く沈黙が続いた後……


「 我々の過ちだ。聖女の側妃の件は不問とする 」

 ロナウド皇帝は立ち上がり裁決を告げた。



 その時……

 台座に並べられた小さな聖杯を、ずっと見ていたアルベルトが立ち上がった。




「 レティに……会いに行く 」














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