第599話 ループの終わり
「 皇太子殿下がお戻りになりましたーっ!! 」
アルベルト御一行様が皇宮に帰還して来たのは、出立してから何と2ヶ月以上が過ぎていた。
行きは時折雪が降る事もある位に寒かったのだか、帰りは皇都に近付いてくるに連れ、春の気配が感じられる様な季節になっていた。
休憩毎に林の中にある芽吹いたばかりの薬草達に誘われて、夢中になって摘んでいる内に馬車の出発が遅れて、ラウルに叱られると言う、のんびりとした楽しい帰路になった。
他国に侵入すると言う今までに無い緊張感で臨んだ任務を、無事にやり遂げたと言う安堵感と、長い旅路の疲労感が皆にも心地よかった。
目的であったタシアン宮殿に夜遅くに潜入して、早朝には脱出した事で、宮殿での滞在時間は僅か7時間余りで。
「 タシアン王国が近くなったけど……将来的には絶対に陸路よりも航路を使った方が良いわ 」
馬車の旅はもう懲り懲りだと、レティだけで無く皆が思うのだった。
アルベルトはシルフィード帝国の深い森も、タシアン王国の深い森にした事と同じ様に、雷の魔力で道を作った。
誰にも許可を取らなくても良いのが皇太子と言う立場で。
いきなり始まったアルベルトの道作りと谷の整備。
ドカーンドカーンと木々だけで無く、地面までもならしながら森に道を作り、谷のガタガタな道も綺麗に平面にした。
その場にいたロバート騎士団団長が率いて来た騎士や兵士達が、アルベルトの魔力の凄さを間近で見る事が出来て歓喜した。
我が主君は最強だと口々に叫んでいた。
「 殿下……滅茶苦茶な…… 」
キャアキャアと喜ぶ未来の皇太子妃と悪ガキ達にクラウドはまたまた頭を抱えた。
「 これからは、アルは土木工事の仕事をしたら良いわ 」
レティは水の魔力使いのルーピンに、火消しをやれと言った女である。
適材適所。
役に立つ事をしろと。
「 リティエラ様……殿下にそんな仕事をさられませんよ 」
殿下は執務だけでもお忙しいのですからと。
帰城したら……
暫くは執務室に缶詰だなと、クラウドは空を見上げた。
2か月も城を開けたのだ。
緊急性のある公務は陛下がやって下さっているだろうが。
山積みにされた書類を想像しては、溜め息が出るのであった。
そしてアルベルトは……
この国境を守るカルロス・ラ・マイセン辺境伯に、トンネルから出て来て直ぐの谷にテントを張り、四六時中人の出入りを監視する様に命じた。
カルロスには、他国の者が既にこのトンネルを利用している事を告げて。
鉄壁な護りを誇っていたカルロスは、私の首を切ってお詫びをと騒いでいたが。
「 お前の首などいらん! そんな事よりもこれからの事を考えよ 」
アルベルトは……
やがてはここに関所を作って、タシアン王国との貿易の道になれば良いと考えていた。
コバルトのタシアン王国の再興を願いながら。
秘密裏に来ているのだからとマイセン邸の夜会を断り、翌日にはドゥルグ邸に向けて出発した。
ドゥルグ領にはここから15日間もかかる。
何よりも……
早くふかふかのベッドで寝たかった。
馬に乗っている騎士達は、尚更休ませなければならないのだから。
ロバート騎士団団長が率いていた軍隊は、ドゥルグ領地で集められた兵士達。
彼等とはドゥルグ邸でお別れをした。
実は……
航路ではディオール家の艦隊が、タシアン王国の海沿いに待機して、何時でも開戦の合図を待っていた事をロバートから聞いた。
今頃は引き揚げている事だろうと。
自分達が如何に重要な任務でタシアン王国に出向いたのか……
皇帝ロナウドの本気度を改めて思い知るのであった。
***
早朝に皇宮に到着したアルベルト達は、皇帝陛下やルーカス達に全てを報告した。
「 そうか………ご苦労だったな。無事に任務を遂行出来た事を称賛する。余も嬉しいぞ 」
暫くはゆるりと休暇を取るが良いと言って、ロナウド皇帝陛下は皆に労いの言葉を掛けた。
その夜。
ロナウド皇帝は……
ルーカス、デニス、イザークの三代貴族達と酒を酌み交わしていた。
アルベルトから聞いた話があまりにも衝撃的過ぎて。
誰かと飲まずにはいられなかった。
「 余が狂ったら……その方達が余の命を断ってくれ」
ザガードの狂って行く切っ掛けは、最愛の妻を亡くしたからで。
これは……
自分にも起こり得る事だとロナウドはグラスを揺すり、グラスに入っていた氷をカランと鳴らした。
「 私は陛下に手を掛ける事は出来ませんな 」
「 私もですぞ 」
デニスとイザークが口々に言う。
「 では狂った余をどうするつもりだ? 」
「 我々が責任を取って腹を掻っ捌きますかな 」
デニスとイザークは陛下に手を掛ける位なら、代わりに自分達が死ぬのだと言う。
「 ルーカス。そなたはどうだ? 」
「 陛下が狂う前に、私が間違いを正して処罰を受けます 」
黙って聞いていたルーカスが言った。
己の命をも恐れずに、主君に進言する事が出来るのがウォリウォール家。
それは……
皇族であるシルフィード家の血が入っている公爵家だから出来る事ではあるが。
シルフィード帝国は、代々この三代貴族がバランスを取って支えているからこそ栄えて来たのであった。
「 ルーカスがいる限りは、余は狂わなくて済みそうだ 」
ロナウドは嬉しそうに笑った。
***
そして……
こちらは息子達。
一旦自分達の家に戻り、軽い休息を取ってから酒を飲む為に夜に集まっていた。
長旅の疲れを癒そうとラウルの店で。
ラウルは2ヶ月も留守にしていた店の様子を見たい事もあって。
「 俺が狂ったらどうする? 」
「 尻を叩くか…… 」
「 木から吊るすか…… 」
レオナルドとエドガーがニヤニヤと笑う。
こちらはアルベルトに過激療法をするらしい。
「 おい、クラウドか!? 」
ラウルが突っ込みを入れて皆で爆笑して。
昔々……
悪戯をして逃げる4人は、クラウドに追い掛け回されて捕まえられたあげく、容赦無く罰を与えられたのだった。
「 私は死なないから大丈夫よ 」
皆で笑い合っていると……
アルベルトの隣にちょこんと座り、唐揚げをモグモグと食べているレティが言った。
レティもアルベルトに付いて来ていた。
この4人が話し出すと、大人しく横にいるのは学園時代の生徒会の頃からで。
本当に仲が良いわねと何時も思っていて。
「 確かにな~レティは死んでも生きていそうだからな~ 」
レティのお皿から唐揚げをフォークで刺して、エドガーが口に入れているのをジト目で見ながらも、レティは横にいるアルベルトを見た。
エドガーの言葉に2人はドキリとする。
レティは3度も死んだのにこうして生きているのだから。
冗談で言ったエドガーだが……
本当の事だから洒落にならない。
アルベルトとレティは、2人で顔を見合わせてクスクスと笑うのだった。
アルベルトとレティは……
今までのレティの3度の死に関わる事が、タシアン王国のザガード国王とドレイン卿の策略だと知った時から、ずっと思って来た事があった。
その元凶であるザガードとドレイン卿を処罰すれば、レティのループがクリアー出来るのだと。
特に……
レティが魔力を奪う能力がある事を知っているアルベルトは、魔力使いであるザガードとドレインの魔力を奪う為に、レティがこんなループを繰り返しているのだと確信していたのだ。
シルフィード帝国を守る為に。
いや、世界を守る為に。
俺達が出逢う為に……
レティはループを繰り返していたのだ。
しかし……
それでもレティが死んでしまう定めから抜け出せ無いのであれば、あの建国祭の夜に交わした決意の通りに、アルベルトはレティと一緒に逝くつもりでいた。
だから……
聖剣を帯剣して来ていた。
勿論、聖剣で自分を突き刺したとしても、レティと一緒にループ出来る確証は無い。
それでも……
足掻きたかった。
レティと一緒に……
彼女の5度目の人生をどうしても生きたかったのだ。
レティの5度目の人生は……
アルベルトと出逢わない人生を選択しているのだから尚更で。
入学式の日に学園を辞めて無人島暮らしを始めると言う。
レティなら本当にやりそうだから恐ろしい。
勿論、アルベルトが聖剣を持参したのは国境に出現する魔獣の討伐の為でもあるが。
道中は運良く魔獣に遭遇する事は無かった。
レティは残念がっていたが。
無事にシルフィード帝国に帰国した時には……
2人は抱き合って喜びを分かち合った。
これでループが終わったのだと。
レティの悲劇的な死は、回避されたのだと言う喜びでいっぱいだった。
「 うん……レティは僕よりも長生きしてね 」
アルベルトはレティに顔を近付けて、レティの耳元で囁いた。
「 任せといて! 」
折角生き残ったのだから、長生きするわと言ってレティは胸を叩いた。
「 君は僕よりも先に死んだら駄目だよ。たとえ1分でも1秒でも……僕は狂ってしまうから 」
そう言って……
アルベルトはレティのオデコにコツンとオデコを合わせた。
レティは20歳の時に3度も死んでいる。
しかし……
死んだのに死ななくて……
入学式の日の14歳の身体に戻ると言う奇妙な事を、もう3度も繰り返している。
本当に訳の分からない数奇な運命を生きて来たのだ。
彼是35年も生きている。
デザイナーとして生きていた1度目の人生で
医師として生きた2度目の人生は
そこで出会ったユーリ医師との刺激的な毎日は自分の財産だ。
平民達との関わり方もこの時に備わったものだ。
3度目の人生での騎士時代。
身体の小さなレティでは辛い訓練ではあったが……
騎士達とのハチャメチャな時間が楽しかった。
憧れの騎士グレイから、剣と弓矢の全てを教わった。
勿論、今でも彼はレティの憧れの師匠だ。
そんな色んな経験が……
今の自分を作ったのは間違いない。
もう良い。
もう十分。
そう……
これで終わりだと誰かに告げられてる様な気がするのだ。
これは今までに無い事で。
もう……
お前の役目は終わったのだと。
ループがやっと終わったのだとレティは泣いた。
嬉しさの余りに飲みすぎて……
酔っ払ってキス魔になり、アルベルトに背負われて帰城する時の……
その大きな背中で泣いていた。
今までの永い永い時間を思うと涙が止まらなかった。
「 アル……有り難う…… 」
4度目の人生では、このループの意味を考え向き合おうと思った。
向き合おうと思ったのも、アルベルト皇太子殿下に出逢ったからで。
アルがいたから成し遂げられた。
アルが私を信じてくれたから……
「 レティ……後は僕達の結婚式を待つだけだよ 」
幸せになろうねと言って。
2人は皇太子宮に入って行った。
正面玄関口に迎えに出た来ていた嬉しそうな侍女達に囲まれて。
このまま……
レティの21歳の誕生日の日の結婚式に向けて……
幸せが訪れる筈だったのに。
─────────────────
この物語の核心であるレティのループが終わりを遂げました。
書き足りなかった話を何話か更新して、いよいよエンディング向かいます。
もう少しお付き合いして頂けたらと思います。
読んで頂き有り難うございます。
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