第598話 再興を願って

 




「 今日はこのまま宮殿に滞在して下さい。食事も用意したいし……それにお風呂も…… 」


 そう……

 今、ここにいる皆がレティの『 肥溜め香水 』の香りがぷんぷんしているのである。


「 いや、不法侵入者はこのまま退散するよ 」

 見付かったら牢獄行きだと笑って。


 もう朝日は昇った。

 宮殿のスタッフ達が朝の支度に掛かる頃だ。

 いや、もうシェフ達は仕込みを始めている頃だろう。

 アルベルトはこのまま宮殿を去る事に決めた。


 他国である自分達が……

 この国王の挿げ替え劇に関係した事は、タシアン王国の者に知られる訳にはいかない。

 あくまでも自分達の手で成し遂げた体にしなければならないのだ。


 結果的には自分達の手でやり遂げたのだが。



 レティはザガードの身体から魔石を取り出してあげた。

 人間に戻してあげたいと言って。


 有り難かった。

 綺麗な身体で母上の傍に埋葬出来る。


「 父上も……喜んでいる事でしょう 」

 コバルトはレティの思いがけない所作に感動していた。



 レティは魔石を取り出す間中ずっと泣いていた。

 涙が出て止まらなかった。


 タシアン王国の事情なんか知ったこっちゃ無い。

 私は……

 この国王の弱い心根のせいで3度も死んだのよ。

 それが自分の弱さを隠す為にだったとか言われても……

 冗談じゃ無い!


 こんな……

 魔石を身体に入れてまで、家臣に強さを示さないと駄目だったの?

 そんなにタシアン王家は軽んじられていたの?



 サハルーン帝国では一体何人が死んだ?

 何人が怪我をして家を失った?


 あんな火を吹くドラゴンに襲わせるなんて。

 サハルーン帝国の人々がどんなに怖かった事か。


 ナレアニア王国だって……

 沢山の貴族が亡くなったと聞いたわ。

 決闘をして死んだり、自死をした人もいるのよ。


 この国王には同情する気も起きない。


 人間にしてあげるのはコバルト王太子殿下の為。

 彼があまりにも辛そうだから。



 だけど……

 悲しい。

 王族として産まれたばかりに。

 決して逃れられない定め。


 レティはそれがアルベルトと重なり……

 胸が痛くなるのだった。


 

 1つの国を背負う国王。

 血の継承で続いていく制度。

 たとえ国王としての資質が無いとしても、受け継がなければならない定め。


 ザガードは第2王子だった。

 第2王子の立場は……

 あくまでも第1王子のスペアとして育てられる。

 第1王子の御代である未来を、脅かす存在になってはならない様にと。



 人の上に立つ者として育てられる第1王子。

 人の下に仕える者として育てられる第2王子。


 資質が無い王子ならば、周りを固めると言う磐石な体制をとる必要があった。

 しかし、それをしないままに父王が長い闘病生活に入り、そのまま崩御してしまったのだ。



 それでも王妃の実家が強力な貴族であれば良かったのだが……

 第1王子の邪魔にならない様にと、ザガードの婚約者に選ばれた王妃の実家は、政治関係には程遠い貴族だった。


 子供の頃に結ばれた婚約ではあったが……

 結婚にあたって、唯一ザガードが譲らなかったのはこの王妃との結婚だったのである。



 比べられる事があってはならない筈なのに、事ある毎に比べられ、ザガードの優しい心根が削られて行く毎日。


 王妃も早くに亡くなった事も。

 ドレインが彼の前に現れた事も。

 宰相がルーカスで無かった事も。


 全てがザガードの負の連鎖になってしまったのだった。


 

 シルフィード帝国のロナウド皇帝も早くに先帝が崩御した。

 それも突然の崩御だ。

 国内は大混乱に陥ったが……

 それでもロナウドは第1皇子だった。

 そして……

 彼の傍には宰相ルーカスがいた。


 コバルトも若くして国王になったが……

 彼は第1王子。

 タシアン王国の未来が期待出来る。

 宰相となるヒューゴがルーカスである事を願わずにはいられない。



 取り出した魔石にはまだ魔力があった。

 その魔石をアルベルトの雷の魔力で爆破した。


 皆が……

 狂った国王の最期を静かに見送った。




 ***




「 ジャック・ハルビンは? 何処へ行ったの? 」

「 お前が前王から魔石を取り出している時に消えたよ 」

 ジャック・ハルビンは諜報員。

 何時も突然現れて、突然消えるのだ。


「 それより、レティはジャック・ハルビンと何で一緒だったんだ? 」

「 タイナー様を牢屋から出そうと、石を探してたら出くわしたの 」

 レティはジャック・ハルビンと偶然出会った時の話をした。


 ルーカスの言う……

 レティのたまたま論とそんな子論がまさに作動したのである。



 ジャック・ハルビンはタシアン王国に偵察に来ていた。

 あのドラゴンの襲撃が……

 タシアン王国の仕業かも知れないと聞いては、黙っている訳にはいかない。


 サハルーン帝国は伊達に帝国を名乗っている訳ではない。

 かつてはシルフィード帝国と並ぶ国力があったのだ。

 タシアン王国ごときに袖にされる訳にはいかない。



「 今回の事は我が主君に報告をする。その後どうするかは主君次第だな 」

 ジャック・ハルビンはそう言って、ザガードの死を見届けた後に消えたのだった。


 因みに……

 ラウルがどうやってここに来たのかとジャック・ハルビンに聞いたら、国境にあるトンネルを通って来たのだと言う。


 アルベルト達よりも一足早くにタシアン王国に潜入していたジャック・ハルビンは……


「 あのトンネルが出来て、行き来しやすくなったよ 」

 ……と、飄々と言うのだった。



 既に他国の者が自由に行き交うあのトンネル。

 ザルの様なカルロスの警備力にアルベルトは頭を抱えるのだった。


 それは……

 コバルトも同じで。

 自分達が作ったトンネルを放置している事を嘆いた。


 それよりも……

 国境の警備事態が手薄なのを恥じる事になった。

 こんな所にも既に国として機能していない事も。



 コバルト新国王の国の再興は前途多難であった。




 ***




 アルベルト達は王太子だった時のコバルトの部屋にいた。

 王太子宮の秘密の通路を通って来た事から、帰路もここを通り抜ける事にしている。


 乗って来た馬は入り口の民家に繋げてあるし、昨夜遅くからそこに待機して待っている騎士達もいる。

 夜明けまでに戻ると言って出て来た事から、きっと心配しているだろう。



 シルフィード帝国の皆はコバルトとの挨拶を済ますと、順番に通路の中に消えて行った。


「 我が国を救ってくれたご恩は一生涯忘れません 」

「 タシアン王国の再興を願っている 」

 言葉に出来ない程の感謝を込めて、コバルトはアルベルトと握手をした。


 最後にレティの前に立った。

「 そなたがずっと私の癒しになってくれた。礼を言う 」


 レティはタシアン語で言った。

「 国王陛下には、次はお土産屋さんに案内して頂きたいですわ 」

 コバルトは泣きそうになった。

 次のある別れの言葉に。


「 ええ……勿論! 次回は皇太子ご夫婦として正式にご招待いたします 」

 約束よと言うレティの手をコバルトは取った。


 そして……

 レティの手の甲に唇を落とした。


 レティはカーテシーをして、アルベルトと共に通路に消えて行った。


「 この秘密の通路は塞いだ方が良いわよ~ 」

 可愛らしい声が小さくなって行く。


「 さよなら……私の初恋…… 」

 コバルトは独り言ちて……

 淡い恋心を封印した。



 この後の国民への公表は……

 心神耗弱だったザガード国王は、病気の為に崩御した事にした。

 狂った国王が家臣によって殺された事が理由ならば、王妃の眠る王家の墓には入れない。


 宮殿に住み着いていたドレイン卿の一派は……

 厳しい取り調べの末に、王族冒涜の罪でその家族全員を処刑した。


 まじない師が心神耗弱な国王に取り入り、税金を湯水の様に使った事実を公表すると……

 民衆の怒りは一気に彼等に向かい、彼等を容赦なく処刑する強い新国王に国民は熱狂した。


 コバルトは上手く国民の世論を利用したのだった。



 元々、世界の美しい王子様ランキングで、第3位になる程のイケメンなコバルト王太子は女性達の人気は高かった。

 その上、ザガードの時代は圧政を強いられた事から、新国王となったコバルト王太子期待は大きい。


 しかしながら……

 民衆の人気は高かったが、貴族達からの支持は厳しい物となった。

 コバルトだけで無く、大臣となったヒューゴ達も若かった事もあって。


 平民に好き放題させた政府関係者への風当たりは強かった。


 貴族は宮殿にいる者だけが貴族では無い。

 領地には沢山の豪族がいる。

 失墜した国家を再興させるには一筋縄ではいかない。

 王家の財産も彼等に食い尽くされた事もあって。


 しかし……

 彼はシルフィード帝国を倣う事で、やがて頭角を表す事になって行く。


 それは……

 まだまだ先の話だが。




 ***




「 犬みたいだから止めてよ! 」

「 止めない 」

 レティは秘密の通路でアルベルトにロープで手首を繋がれた。


 天井の低い通路は、背の低いレティにピッタリ合わせた様な高さでスイスイと歩けるのに、アルベルトの手首に繋げられていては歩きにくい事から怒っているのだ。



「 レティ、お前が居なくなってアルがどれだけ心配したと思ってるんだ! 」

 ラウルがレティを叱る。


「 でも……これは酷いわ 」

「 お前を探しに行きたくても行けなかったアルの気持ちを考えてあげろよ 」

「 皆にも心配かけたんだから、大人しく繋がれときな! 」


 エドガーとレオナルドも……

 騎士達も皆がアルベルトの味方だった。


 それだけアルベルトにとっては辛い決断だった事を皆は理解していたのだ。



 ここは一本道なんだから迷子になるわけ無いわよ。

 レティはプンスカ怒っているが……

 アルベルトは嬉しそうで。


 歩いて行く暗闇の中で……

 縄をちょんちょんと引っ張りレティをストップさせて、近寄って頬にキスをした。



「 止めてよ。アルは臭いわ! 」

「 なっ!? 君が3回もあの香水を掛けたからだろ? 」

 何時も良い香りがすると言われていて……

 誰からも臭いと言われた事の無い皇子様はショックを受ける。


「 ……3回も掛けたから、あの邪悪なからアルを守れたのよね~ざまあだわ 」


『 肥溜め香水 』って凄いでしょ~と、ホホホとレティが自慢げに笑って。


 皇太子殿下に臭いと言う女はレティだけである。



 レティがいなければ……

 あの時どうなっていたかは分からない。


 レティの魔力を奪う能力は本物だった。

 アルベルトを守りたいが故に発動する能力。


 それ程俺の事を……

 このいとも可愛らしいマジックアーチャーが……

 愛しくてたまらない。



「 それでもやっぱりアルだけ特別臭いわ! 3回も掛けるん………… 」

「 ……… 」


 急にレティのお喋りが遮られて静かになった。



 皆は気になって仕方が無い。


 殿下~

 リティエラ様に何をしてるんですか~!?


 ラウルは……

 気を利かせて足早に歩いて行った。



 秘密の通路の帰りは、幸せオーラいっぱいで。



 そうして一行は……

 またまた長い旅の末に、シルフィード帝国の国境に無事に帰り着いたのだった。


 トンネルを出ると……

 谷には、ロバート騎士団団長が軍を率いて待機していた。



「 父上……いや、団長!? 」

 馬に乗り先頭を進んでいたグレイが固まった。


「 ロバート!? 」

 馬車から降りて来たアルベルトも。


「 おお……殿下……無事に戻られましたか…… 」

 ロバートと、後ろに控える軍隊が一斉にアルベルトの前に跪いた。



 ロナウド皇帝は……

 帰還してのアルベルトの報告次第では、タシアン王国に戦争をするつもりでいた。


 ロバート騎士団団長に使者として、タシアン王国に宣戦布告をさせる為に待機させていたのだった。



 戦争も辞さない覚悟のシルフィード帝国のロナウド皇帝だったが……

 タシアン王国の悪の根源であるザガード国王とドレイン卿が死亡し、アルベルト皇太子が無事にシルフィード帝国に帰還した事で……



 タシアン王国との一件は幕を閉じた。











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