第597話 いつかの約束
人が亡くなる場面があります。
ご注意下さい。
────────────────
ザガードの身体には、光、火、水、風、雷、そして魅了の魔力が融合された魔石が埋められていた。
これで本当に魔力使いになれたのかは分からないが。
ザガードは魔力が放出する事が出来た。
放出される魔力は災いの魔力と名付けられた。
災いの魔力が何なのかは分からない。
こんな魔力は世に存在しない魔力なのだから。
何の魔力か分からないから、災いの魔力と名付けられた訳で。
ガーゴイル討伐の時に……
ガーゴイルが出現した深い森に置かれていた災いの魔石は、ガーゴイルの数を恐ろしい程に増やした。
実は……
あの皆既日食の日は、災いの魔石はシルフィード帝国の魔獣の出現スポットの至る所に置かれていたのである。
結局……
魔石の効力が作動したのは、ガーゴイルが出現したあの平地だけで。
魔力が安定していないザガードの魔力が、魔石に融合したのはあの1個の魔石だったと言うわけだ。
それでも……
あれだけのガーゴイルが出現した。
レティの3度目の人生があったからこそ、前もっての準備が出来て対処出来たのだが……
あの討伐での死闘はそれこそ命懸けの戦いだった。
騎士達の軽い負傷だけで済んだ事は、奇跡だと言っても良いくらいで。
そしてレティは……
弓矢を射続けた事で肩は腫れ上がり何日も高熱が出たと言う負傷を追った。
アルベルトから貰った特別な手袋で手首と指先は守れたが。
タシアン王国としては……
シルフィード帝国に仕掛けた国家衰退の企ては、全て失敗をしたと言う事だ。
これは……
後からドレインの取り巻き達を尋問して分かった事である。
そんなザガードの身体は……
もう人間の身体では無かった。
身体に埋められた魔石の魔力で生かされているだけで。
レティに魔力を奪われた時に彼は思った。
「 やっと……死ねる 」
埋め込まれていた魅了の魔石の魔力が消滅したのだから。
しかし……
本来の魔力使いならば魔力切れで命を失う事に繋がるが。
ザガードは魔力の込められた魔石を身体に埋め込む事で、魔力使いになっただけだった事から、魔石に新たな魔力を融合すれば……
また、復活すると言う身体になっていたのだった。
いくら操られていても……
心の奥に眠る誠の心は決して消えない。
魅了の魔石を使って実験をしたグレイが……
主君であるアルベルトに涙を流しながら剣を向け、恋慕うレティには刃を向けれなかった事と同じで。
時折正気に戻る事もあったザガードは時を待った。
狂った自分に……
タイナーが約束を果たしてくれるその時を。
コバルトを逃がしたタイナーを処刑しなかったのもその約束の為。
牢屋に幽閉するだけに止めた。
幸運な事に……
政務の為にだけに、宰相タイナーを生かしていると思っているドレインは何も事を起こさなかった。
時は近い。
全てが動き出した。
悪い方にしか動かなかった時が……
良い方に動き出したのだ。
そして……
ザガードは時が来た事を悟った。
シルフィード帝国の皇太子が我が国に侵入したと聞いた時に。
ドラゴンを討伐し、自分達がシルフィード帝国に仕掛けた数々の悪行を全て払拭した、世界最強の皇子アルベルト皇太子。
彼がやって来た。
我が国に……
余を討伐する為に。
余の最愛の息子……
コバルトと共に。
ザガードは身体が震えた。
腐った者達しかいなかった自分の世界に……
光輝く眩しい2人が自分を見つめて立っている姿に。
そして……
この時ザガードは、シルフィード帝国の騎士達が攻撃して来ない事で理解した。
シルフィード皇帝に我が国を救ってくれる意がある事を。
有り難かった。
これでコバルトに王位を繋がせる事が出来ると。
この光輝く精悍な皇太子が……
コバルトと共に担ってくれる御代になるのだと信じた。
そう……
ザガードは他国を侵略して発展する様なやり方は、もう時代錯誤だと思っていた。
時代はもう変わっているのだと。
約束の時が来た。
タイナー!
早く余の側に来い。
コバルトに父親殺しの罪を背負わせたくは無い。
そして……
約束通りにタイナーがザガードの前に現れた。
勿論、レティはそんな約束があったなんて事は知らない。
しかし……
彼女はタイナーをザガードの元に連れて来た。
ザガードとドレインの2人が描かれた肖像画を蹴破って。
以前のこの場所には……
即位したばかりの国王と王妃の、2人の寄り添う姿絵が飾られていたのだった。
***
「 皇帝陛下が、どの様な意図で皇太子殿下を我が国に派遣なさったのかをその方は知っているか? 」
ジャック・ハルビンに牢屋の鍵を開けて貰った時に、タイナーはレティに聞いた。
レティは皇帝陛下の思惑を説明した。
本当は言うべきでは無いのですがと言いながら。
タシアン王国がシルフィード帝国に仕掛けた数々の事を、皇帝は知っている事。
宣戦布告をして戦争を仕掛ける寸前だった事。
コバルト王太子殿下が国王を処刑して、国王になる事を望んでいる事。
その為にアルベルト皇太子殿下を同行させた事。
それらの事を簡単に説明した。
タイナーは黙ってそれを聞いていた。
牢屋から出るなりレティに掛けられた『 肥溜め香水 』で、宮殿に来ると何時もぼんやりとしていた思考がハッキリとしていた。
知らなかった事とは故、まさかそんな事になっていようとは。
やはり……
ドレインがザガードの傍に来た時に止めるべきだったのだと。
「 あの時……おかしいと思ったのに……私は何も言わなかった…… 」
「 私の父なら……きっと命を賭してでも、陛下に苦言を呈したでしょうね 」
「 私の……父? 」
その時……
このマジックアーチャーが、宰相ウォリウォールの娘だと言う事を理解した。
シルフィード帝国の皇太子殿下の婚約者が宰相の娘だと言う事は聞いていた。
彼女が他国の王太子と決闘をして勝利したとんでもないお転婆令嬢だと言う事も。
そうか……
この令嬢が……
良かった。
殿下は良い人と巡り会えた。
そして……
臣下としての在り方を考えさせられた。
私は……
間違っていたのだな。
主君の赴くままに……
主君がやり易い様に動くのが宰相の務めだと思っていた。
そんな理念の元に主君に仕えて来た。
しかし……
時には主君が間違った道に行く事もある。
その時には身体を張ってでも止める事をしなければならないのが宰相。
そして……
それが出来るのが宰相と言う立場なのだと。
どうか……
私の息子ヒューゴが……
コバルト王太子殿下に対して……
そんな宰相になってくれる事を願う。
***
意識の無くなったザガードをタイナーは礼拝堂に運んだ。
王妃が崩御した際にザガードに寄って建てられた建物だ。
陛下はここに来たかった筈だ。
ドレインが来るまでは……
毎日の様に王妃殿下に会う為にここに来ていたのだから。
亡くなった王妃はタイナーの幼馴染みでもある。
宮殿で何時も3人で遊んだ仲だった。
「 王妃殿下……陛下をお連れしました 」
タイナーは意識の無いザガードを祭壇の上に乗せた。
その時……
微かにザガードの口が動いた。
「 約束を……果たせ…… 」
タイナーは……
ザガードの望み通りにその命を絶った。
最期まで主君に忠実な臣下である事を貫き通した。
「 あ……りが……と……う…… 」
「 陛下……私も直ぐに参ります 」
主君殺しを詫びる様にして……
タイナーは土下座をしたままに絶命した。
***
コバルトは……
タイナーの横に置かれていた遺書を皆に読んで聞かせていた。
時折涙で咽びながら。
自分も真相を知りたかったし、皆にも知って欲しかった。
愚かな王の最期を。
「 最後に……私が信念を持って陛下をお止めする事が出来なかった事が全ての元凶です。全ての責任は宰相タイナー・ト・ソラリスにあると国民に公表願います 」
水を打った様な静けさの中、コバルトは遺書を読み終えた。
レティのエグエグと言う嗚咽だけが辺りに響いていて。
国王に仕える宰相として……
最期の後始末をしたタイナー。
未来を託したコバルトに父親殺しをさせる訳にはいかないと、臣下であるタイナーが主君を殺した。
いくら約束だからと言って、そこには計り知れない葛藤があったに違いない。
横たわる主君ザガードの前で……
土下座をしたままに絶命した、タシアン王国の宰相タイナー・ト・ソラリス。
何と見事な最期。
タイナー宰相の息子であるヒューゴが、遺書と一緒に置いてあった王印の入った豪華な箱をコバルトに渡した。
シルフィード帝国では聖杯と聖剣だが……
タシアン王国では、王印が代々の国王に受け継がれて来た神器である。
そして……
タシアン王国の家臣達がコバルトの前で跪いた。
「 タシアン王国第32代国王陛下……我々はコバルト新国王に忠誠を誓います 」
タシアン王国に……
まだ22歳の若き国王が誕生した。
礼拝堂の窓からは……
キラキラと朝日が差し込んでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます